2-8
◆ツヴァイ 路地裏
私はツヴァイの路地裏でミケルさんの姿を探していました。
理由はもちろんミスリルで武器を作ってもらうためです。
「あ、いたいた。」
ミケルさんはいつもの場所に、これまたいつもの膝を抱えた姿で座っていました。
しかし、以前と違うところがありました。
それは見知らぬプレイヤーが一緒にいたことです。
1人は知っています。
ラインハルトさんでした。
しかしそれ以外に2人の魔物系プレイヤーが一緒にいたのです。
1人は魔術師のローブを着込んだ骸骨、所謂スケルトンと言う魔物なのでしょう。
そしてもう1人は大きな蜘蛛でした。
こちらは、ミケルさんと同様に露店を開いていることから生産職なのでしょうか?
私は彼らに近づき声をかけました。
「こんにちは。」
「ん?ああ、リンちゃんか。こんにちは。」
真っ先に反応したのはラインハルトさんでした。
彼はこちらを向いて丁寧にあいさつをします。
遅れてミケルさんも座ったままの姿で「こんにちは。」と口にしました。
「今日はどうしたんだい?」
「ミケルさんに用がありまして………。」
「僕にですか?何でしょうか?」
ミケルさんがそう口にし、私がそれに答えようとしたその時でした。
「それよりも私にも紹介してもらえないかしら。」
「そうですよ。私もそちらのお嬢さんのことは知らないのですから。」
大蜘蛛とスケルトンのプレイヤーから声が上がりました。
声から察すると大蜘蛛は女性、スケルトンは男性のようです。
私は彼らに向き直り口を開きました。
「すみません、挨拶が遅れました。改めて、初めまして私はリンと言います。種族はビッグスライムです。」
「これは丁寧ねありがとうね。私はサンドラ。見ての通り蜘蛛型の魔物、ポイズン・スパイダーよ。裁縫師をやっているわ。よろしくね。」
そう言って大蜘蛛の女性、サンドラさんは8本の足の内1本を私の方に差し出してきました。
私はスライムの体を細く伸ばしてその手をとります。
その様子を見てスケルトンの男性が口を開きました。
「私はハーロウと言います。死霊魔術師のエルダー・スケルトンです。普段はラインハルトと一緒にパーティを組んでいます。こちらもよろしくお願いいたします。」
そう言ってハーロウさんとも握手を交わします。
「もしよければ教えてください。リンさんは以前噂になっていたツヴァイの中央広場で決闘したスライムであっていますか?」
ハーロウさんは唐突にそう聞いてきました。
私が「え、えーっと。」と言いよどんでいるとラインハルトさんが口を開きました。
「そうだよ。彼女がそのスライムだ。」
「そうですか。いえ、そうですよね。スライムのような種族を選択している人がそう何人もいるとは思えませんから。」
ハーロウさんは考え込むようなしぐさをしながらそう言いました。
そして私の方に向き直り再び口を開きました。
「一応ご忠告いたします。以前あなたが誅した連中は魔物プレイヤーを専門とした質の悪いPKとして有名です。あなたにこっぴどくやられたことで懲りてくれるといいのですが、そうでない場合あなたの身に危険が及ぶ恐れがあります。ご注意ください。」
そう口にするハーロウさんの表情は真剣そのものでした。
だからこそ私も真剣にその言葉を受け取るのでした。
「ありがとうございます。ご忠告の通り身辺には注意いたします。」
私がそんなことを口にするとラインハルトさんが呆れたような声色で口を開きました。
「2人して重く考えすぎじゃないか?連中よりもリンちゃんの方が強い。それこそ不意打ちでもその差は埋められないだろうよ。そんな心配することでもないと思うよ。」
「そうは言いますが連中は変なコミュニティを持っています。魔物プレイヤーを狙ったPKを集めて狙われれば数の前に負けることだってあることでしょう。」
「いや、数を集めたところで同じだよ。攻略の前線にいるようなトッププレイヤーが集まる訳では無いのだから相手どるのは2流以下だ。それならいくら数が集まっても変わらないね。」
「あなたはずいぶんと彼女のことをかっているのですね。」
「まあ、決闘して実力を見ているからね。」
そんな風にハーロウさんとラインハルトさんが好き好きに話します。
私は一向に話を切り出せずにそわそわとしているとサンドラさんが助け舟を出してくれました。
「あなた達が言い合っていてもしょうがないでしょ?とりあえずリンちゃんはそのPKに注意する。それでこの話はお終いだよ。それで、リンちゃんはミケルに話があったのだっけ?」
そう言いながら私の方に向き直るサンドラさんに感謝しつつ私は口を開きました。
「はい。実はミケルさんにこれで武器を作ってほしくて………。」
そう言って私はミスリル鉱石を差し出しました。
それをミケルさんは受け取ってじっくりと観察します。
「え!?これは!?」
おどおどとした彼には珍しい大声で彼は驚きを表現しました。
その様子からただ事ではないと感じたのでしょう。
周りにいたラインハルトさんは口々に「どうしたの?」と彼に疑問を投げかけました。
「これミスリル鉱石なんだ。」
そうミケルさんが口にした瞬間辺りを静寂が包み込みました。
きっと皆の頭の中では同じ疑問が浮かんでいたのでしょう。
どうしてここにミスリル鉱石が?
それを示すかのように期待する視線を私に向ける4人のプレイヤー。
私はそれに答えるために口を開きました。
「それはツヴァイ近くの鉱山で採掘したものです。」
「それは無いよ。あの鉱山は錫、銅、鉄しか取れない。」
私のその言葉即座に否定したのはラインハルトさんでした。
彼は装備を整えるためにあの鉱山に何度も言ったのでしょう。
だからこそ断言するのでした。
「いえ、鉱山の深い所では銀、金、ミスリルもとることができます。」
私はラインハルトさんのその言葉を否定します。
それに対して皆考え込むようなしぐさをしました。
きっと彼らも行けるところまでは行っていたのでしょう。
そのうえで私が言った鉱石が手に入らないことを知っています。
だからこそ私はその言葉に補足するように再び口を開きました。
「あの鉱山の坑道を進んでいくと落盤で道が塞がっている場所にたどり着けますよね?」
「ああ、そうだな。そこが鉱山の最も奥に当たる。以前あの坑道を直してさらに奥に行こうとしたプレイヤーがいたが落盤をどかしてもさらに崩れてきてしまい断念していた。」
「そうなのですね。確かに落盤で道が塞がれていますが完全に壁になっているわけではなりません。僅かに隙間があるのです。スライムであればその隙間から奥へと進むことができました。」
「まさか!?」
「はい。そのまさかです。落盤でふさがれた道のさらに先に行ったところでこのミスリルが採掘できたのです。」
私の説明を聞いて彼らは驚きの声を上げました。
まさかそんな手段であの奥へと行くことができるとは思っていなかったのでしょう。
彼らの目は好奇心で輝いていました。
一部目の無い種族もいるがそんな雰囲気を醸し出していました。
「それで、落盤の先はミスリルの採掘場だけだったのか?」
ラインハルトさんが代表してそう聞いてきました。
「いえ、それだけではありませんでした。………、」
私は坑道の先で見たものを事細かに彼らに説明しました。
神代に作られた施設があったこと。
そのころの実験の成果。
そして瓶詰の脳となって生き残っていた人がいたこと。
最奥に置かれていた星神結晶について。
それらを聞いた彼らは皆驚きの表情を浮かべていました。
それも当然です。
まさかこんなゲームの序盤にほど近い場所でそんな壮大な施設があるとは思っていなかったのでしょう。
私だって最初知ったときは驚いたものです。
しかし、この話をしていてはいつまでたっても私の目的は果たせません。
私は彼らの驚きを無視してミケルさんに再度問いかけました。
「それで、ミケルさんそのミスリルで武器を作ってもらうことは可能でしょうか?」
「え、えーっと。はい。たぶんできると思います。ただし携帯炉では難しいので工房に一度戻る必要があります。」
「工房ですか?」
「ミケルと私はこの町で工房を借りているのよ。」
私の疑問に答えたのはサンドラさんでした。
「生産の中には専用の設備が必要なものが多々あるわ。それらは持ち運びができない大掛かりなものなのだから工房を用意してそこに設置してあるわ。」
「はい。今回の場合はミスリルを溶かすための製錬炉を使用するために工房に戻る必要があります。」
サンドラさんとミケルさんの説明を聞いて私は納得を示しました。
「分かりました。では、素材のミスリルはミケルさんにお渡しいたしますね。」
私はそう言うとインベントリを操作してミケルさんに持っていたミスリル鉱石をすべて渡した。
「こんなに採掘してきたのですか?」
またもミケルさんが驚きの声を上げました。
「ナイフを作るだけならこの100分の1でも十分ですよ。」
「そうなのですか?それなら余った分は差し上げます。」
「いやいや!こんな貴重なもの貰えないよ!買い取ります!」
私がなんということのない風にそんなことを言うとミケルさんは慌てて買い取ると固辞します。
それを見ていたラインハルトさんから声が上がりました。
「じゃあ、そのミスリルの一部は僕に買い取らせてくれないか?」
「ラインハルトさんがですか?………ああ、自身の装備のためですね。」
「そうだね。」
「ええ、もちろん大丈夫ですよ。」
私のその返答にラインハルトさんは嬉しそうな声を上げました。
攻略の前線で活躍するラインハルトさんにとってもミスリルは珍しいものだったのです。
いや、珍しいなんてものじゃないかもしれません。
今まで出てこなかった金属なのです。
それは是非とも欲することでしょう。
私がそんなことを考えているとラインハルトさんが再び口を開きました。
「と言うことだから、ミケル。悪いんだけど僕のロングソードもミスリルで作ってもらえるか?」
「分かったよ。じゃあ、工房に場所を移そうか。」
ミケルさんにそう言われて私たちは彼の工房へと向かうのでした。
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「そう言えば。」
ミケルさんの工房で彼の作業を待っている間に不意にラインハルトさんがそう話を切り出してきました。
「イベントの話は知っているかい?」
「イベントですか?」
「ああ、公式のホームページで告知がされていたよ。今からちょうど1か月後に第1回イベントを行うらしい。内容はいまだ公開されていないけどね。」
「そうなんですね。」
そう言いながら私はイベントのことを考えます。
いったいどんなイベントになるのか、今から楽しみでした。
願わくば友人たちと和気あいあいとできるイベントだと良いなと思うのでした。
そんな話をしているとミケルさんが作業を終えて戻ってきました。
「こんな感じでどうでしょうか?」
彼はそう言って私とラインハルトさんに出来上がった武器を受け渡します。
私はその武器を確認しました。
刃渡りや握りは今までのナイフと同じであるがその刃の煌きは間違いなくミスリルが使われていると思わせるには十分な迫力を持っていました。
ウィンドウを表示して能力値も確認します。
鉄のナイフの倍以上の性能を持っていました。
私はその性能の高さに喜び勇みました。
それはラインハルトさんのロングソードの方も同じだったようです。
彼も私同様に嬉しそうな雰囲気が全身から感じられます。
「ありがとうございます。素晴らしい出来です。」
「こちらもありがとう。気に入ったよ。」
私とラインハルトさんはそう言ってミケルさんにお礼を言いました。
ミケルさんは少し照れながらもそのお礼を受け取るのでした。
「リンちゃん、一緒に試し切りに行かないか?」
ラインハルトさんがミケルさんに代金を支払っているときに私にそう言ってきました。
「試し切りですか?」
私は首を傾げながらその言葉を聞き返していました。
ラインハルトさんはこちらに向き直り口を開きます。
「そうさ。これからフィールドに出て武器の性能を確認するのはどうかな?」
「良いですよ。ハーロウさんも一緒に行かれますか?」
「んー、そうだね。私も一緒に行こうかな。ミスリルの武器と言うのも気になるしね。」
「じゃあ、さっそく行こう。」
ラインハルトさんがそう言うと私たち3人はともにミケルさんの工房を離れフィールドへと向かうのでした。
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フィールドへ向かう途中、ツヴァイの町で私は知人の姿を見かけました。
それは法衣を着たレイスのユキさん、そして火の玉姿のカガリさんでした。
私は2人に声をかけます。
「ユキさん?カガリさん?」
2人はこちらの声を聞いて振り向きました。
その表情はどこか影が差していました。
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