1-2
◆????
私が意識を取り戻すとそこはなにも無い真っ白な空間でした。
本当に何にもありません。
部屋を飾る調度品や小物はおろか壁や天井、床と言ったものまで見当たりませんでした。
私はその空間に浮いていました。
不思議な感覚です。
足には床を踏む感覚は無いというのに足を動かせばその場で歩くことができます。
私がその不思議な空間を堪能していると不意に空から声がかかりました。
「やあ、こんにちは。」
それは黒い毛並みと赤い瞳を持つ猫ででした。
その猫が空からゆっくりと下りてきます。
私の目の前まで来て再び口を開きます。
「聞こえなかったかな?こんにちは。」
「こ、こんにちは?」
挨拶されているのだと気が付いて慌てて答えます。
その様子を見て黒猫は「うんうん。」と頷いていました。
「さて、まずは自己紹介から行こうかな。僕のことはナイと呼んでくれ。このゲーム、リースリングでプレイヤーを導くAIさ。」
AI。
つまりは人工知能です。
確かに昨今の技術革新は目を見張るものがあります。
それでもこれほどまでに滑らかに会話する人工知能がいるとは思いませんでした。
「さて君の名前を聞いてもいいかな?」
ナイさんにそんな風に声をかけられて私は思考を戻します。
「はい。水瀬涼音と言います。」
「うん、涼音ちゃんだね。了解だ。早速だがここでは君にキャラクタークリエイトをしてもらう。意味は分かるかな?」
キャラクタークリエイト………つまりはゲーム内で私の代わりとなるアバターを作り出すということです。
それくらいはゲームを普段やらない私だって知っています。
………嘘です。
このゲームをやることになって調べました。
それでも素直にそれを伝える必要はありません。
「はい。アバターを作るということですよね?」
「そうだね。やることは大きく分けて5つ、キャラの名前を決める。キャラの種族を決める。キャラの職業を決める。キャラの外見を決める。そして初期のステータスポイントを割り振るだ。」
その辺も調べた通りでした。
私は理解していることを示すためにナイさんに頷き返しました。
それを見てナイさんは再び口を開きます。
「うん。1つずつ行こうか。まずはキャラの名前を決めよう。」
ナイさんがそう言うと私の目の前に仮想ウィンドウが表示されました。
どうやらこのウィンドウを使ってキャラクターの名前を入力するようです。
これは決めていました。
「………これで。」
「どれどれ?リンか良い名前だね。」
リン。
安直かもしれません。
それでも時間をかけるよりはいいかなと思います。
私が名前の入力を完了するとナイさんが再び口を開きました。
「次はキャラの種族を決めてもらうよ。」
そう言うと再び私の目の前にウィンドウが表示されました。
その画面には膨大な数の種族が表示されていました。
この中から選ぶのですか………。
「多い………。」
ついついそう愚痴てしまいます。
それを聞いたナイさんは嬉しそうに口を開きました。
「そうだね。多いね。リースリングの世界では種族とこの後選択する職業そのどちらもが膨大な数用意されている。その膨大な中から自分に合った組み合わせを確立し、スタイルを構築していくのさ。」
そう口にしながらナイさんは私の周りを飛んでいました。
ふわふわと浮きながらその言葉は続きます。
「最初に用意された選択肢は少ないとは言えそれでも十分オンリーワンなスタイルを生み出せるだけの種族と職業が用意されていると約束しよう。」
確かにその辺は公式のホームページにも書かれていました。
膨大な種族と職業。
その組み合わせで個人個人にオンリーワンなスタイルを………。
それがこのゲームのコンセプトなのだと思います。
私はそんなことを考えながらも目の前に表示された種族をじっくりと見ていました。
一番上にある人間、エルフやドワーフと言ったファンタジーらしい種族、さらにはゴブリン、コボルトと言った魔物系の種族まで色々な種族があります。
それらを1つずつ内容を確認していきます。
「十分に時間をかけてくれて大丈夫だよ。この世界では外よりも時間の進みが遅いんだから。」
そんなナイさんの言葉を聞き流しながら私は種族を吟味していきました。
一通り有名どころの種族を確認し終えたときでした。
「………あ、これ可愛い。」
「ん?どれだい?」
ナイさんが私の手元を覗き込むようにして近寄ってきました。
「え?」
ナイさんの素っ頓狂な声が聞こえた気がします。
私の手元のウィンドウにはスライムと書かれた種族が表示されていました。
「こ、これが可愛い?」
「え?可愛くないですか?」
「………。」
「………………。」
2人の間に静寂が訪れました。
いや、分かっています。
きっとナイさんはこれが可愛いと思えない、もしくは可愛いと思う感性が理解できないんでしょう?
そんなに変でしょうか?
私がそんな疑問を浮かべているとナイさんが口を開きました。
「まあ、いいや。それで種族は何にするんだ?まさか可愛いからと言ってスライムにするとは言わないよね?」
「え?駄目でしょうか?」
「………正気かい?」
AIに正気を疑われてしまいました。
いや、そんな種族を最初に選択できる種族に混ぜないでくださいと言いたいです。
「リンのスライムのイメージを聞いてもいいかな?」
「ごめんなさい。ゲームってあんまりやりませんの。」
「そうか。一般的なスライムのイメージって言うのは弱いだ。RPGゲームの序盤に登場する弱い敵の代名詞がスライムなのさ。」
そうなんですね。
確かにお父さんがやっていた古いゲームではそんなのがいた気がします。
「リースリングでも同じでスライムのステータスは弱い。種族のステータスは基準となる人間が一律で10なのに対してスライムは半分以上の項目で10を下回る。合計値だって遠く及ばないんだ。」
ステータスって言うのはキャラクターの強さのことですよね?
それが低いと言うのはわかるがどの程度なのでしょうか?
「それってどれくらい低いのですか?」
「人間より1割は低い。」
「1割………。」
たしかにそれは低いですね。
ナイさんがこれだけ熱弁するのも頷けます。
「それだけじゃない。」
あら、どうやらそれだけではないらしいです。
まだスライムのネガティブキャンペーンは続くみたいです。
こんなに言われて、スライムはなんて不憫な種族なんでしょうか………。
「スライムの体は見ての通り人と大きく離れている。そのため普通に動かすことさえも難しいんだ。」
言われて私は再びウィンドウに目を向けます。
そこにはゼリー状の生物?が映し出されていました。
確かにその構造は人間と大きく異なります。
と言うか、生物としての構造から大きく外れていると思います。
これはどうやって動いているのでしょうか?
微生物の様に動くのでしょうか?
それともクラゲの様に動くのでしょうか?
謎は深まるばかりです。
「だから、最初にスライムを選択するのはお勧めしないよ。特にゲーム初心者ならなおさらだ。」
そう言ってナイさんは話をまとめました。
うん、スライムの弱さについてはよく分かりました。
そのうえで………。
「スライムにします。」
「………決めるのは君だ。僕はこれ以上、何も言わないよ。」
私の決定にナイさんは呆れるようにそう口にしました。
少し、悪いことをしたかもしれません。
それでもこの可愛らしさを目にしてしまっては衝動を抑えられなかったのです。
私は手元のウィンドウを操作してスライムを選択します。
すると、視界を真っ白な光が包み込み、次の瞬間には私の視界は低くなっていました。
いや、その視界はおかしかったのです。
何がとは言えません。
しかし世界がゆがんで見えるのです。
いや、違う?
これは視野が広がっています。
普段なら見えない自分の真後ろまでしっかりと見えます。
????。
何が起こったのかしら?
私が首を傾げているとナイさんがどこから取り出したのか鏡を手に持ち私の姿を映し出しました。
そこには先ほどのウィンドウで見たスライムの姿が映っていました。
そう、私はスライムになっていました。
凄いです。
変な感覚です。
手も足も無ければ目も口も無いそんな体が可笑しくてたまらなかったのです。
体を動かそうと意識するとそれに応じて体が変形します。
上手く変形して前に、後ろにと動きます。
そのように動いていると不意にナイさんから声がかかりました。
「上手いね。いや、本当に上手い。」
「何がでしょうか?」
「スライムの体を初めてでそれだけ動かせるのがすごいのさ。」
そう言われながらも私は体の動きを確認していきます。
薄く延ばしたり、細く延ばしたり、丸まったり、飛び跳ねたりしました。
そうやって感触を確かめていきます。
「んー、なんか反応が悪いですね。」
「どうかしたのかい?」
「いえ、動かそうという意思に対して体が動くまでの反応が悪い気がしまして。それに大雑把な動きは良いのですが細かな動きはできそうにありません。」
「それはDEXとAGIが低いからだね。細かな作業は器用さ、つまりDEXが高くないとできないよ。動きの速さも同じように敏捷、つまりAGIが高くないといけない。スライムはどちらの平均的な人間以下だからね。」
「なるほど。」
DEXとAGIですね。
確かステータスにそう言う項目があった気がします。
それを上げればいいのですか。
えっと、どうやってでしょう?
「どうしたらいいでしょうか?」
「現時点の選択肢としては職業で上げるか、ステータスポイントの割り振りで上げるかの2択だね。ちょうどいいから職業の選択をしていこうか。」
ナイさんがそう言うと私の目の前にウィンドウが表示されました。
先ほどの種族同様に膨大な数の職業が表示されていました。
また、この中から適切なのを探さないといけないのかと億劫になります。
………少しさぼりましょうか?
「すみません。DEXとAGIが上がる職業ってどれでしょうか?」
「んー、一番条件に適しているのは盗賊だね。でも、盗賊はお勧めしないかな。なんて言ったって犯罪職な職業だからね。素直に斥候とかにしておくことをおススメするよ。」
ナイさんにそう言われて私は盗賊と斥候を見比べました。
盗賊はDEXとAGIに高い補正がかかる一方で他のステータスには一切の補正がかかりません。
一方で斥候はDEXとAGIにそこそこの補正がかかるが他のステータスにもいくらか補正がかかります。
これを見比べると盗賊は所謂特化型、斥候は汎用型と言えましょう。
「あの、犯罪職って何でしょうか?」
「そのままの意味さ。犯罪者を表す職業。その職業に就くこと自体は罪ではないがそれでもあらゆる公共機関で良い扱いをされなくなるね。」
「そうですか。」
んー、それさえなければ素直に盗賊の方が良いのですが。
迷います………。
これはどうしたものでしょうか………。
いや、すでにスライムなんて普通の人はやらない種族にしているんです。
ここは挑戦と思って突き進みましょう。
「盗賊にします。」
「………本当に君には呆れるばかりだよ。」
ナイさんから呆れた視線を受けながら私は盗賊を選択しました。
すると先ほどよりも体が軽くなったように感じます。
これが職業によるステータスの補正と言うやつでしょうか?
「はぁ、次はキャラクターの見た目なんだけど。残念ながらスライムの見た目に違いなんてない。」
「そうなんですか。色とか変えられるかなと思っていたのですが………。」
「スライムの色は種族によって違う。純粋なスライムはその薄い空色だね。」
言われて私は自分の体を見ます。
確かに言われた通りゼリー状の体は薄い空色をしていました。
私がそんな風に自分の体を見回しているとナイさんが再び口を開きました。
「最後は初期ステータスポイントの割り振りだ。最初は10ポイントある。これをステータス全8項目に割り振ってくれ。均等に割り振るも良し、どれか一つに割り振るも良し。十分に考えてやってくれたまえ。」
そう言われると再び目の前にウィンドウが表示されました。
そこには私の今のステータスが表示されていました。
このステータスポイントの割り振りは決めています。
職業と一緒です。
私はDEXとAGIに均等に割り振りました。
====================
名前 :リン / 累計レベル0
種族:スライム レベル0
職業:盗賊 レベル0
ステータス割振:
STR:3
ATK:6
VIT:28
DEF:16
INT:2
RES:12
DEX:11(1+5+5)
AGI:14(4+5+5)
ボーナスポイント余り:0ポイント
====================
「できました。」
私はそのステータスを確認して声を上げました。
「よし、ではこれで君のキャラクターは完成だ。個性的なキャラクターになったね。」
そう言われて私は再び自分の体を見回します。
その出来栄えに満足を示すとナイさんが口を開きました。
「では、これから君をリースリングの世界に送ろう。最初はアインと言う町、その中央広場に飛ばされることになる。何か質問はあるかい?」
「いえ、大丈夫です。」
「そうか。では、いい旅を。」
ナイさんがそう口にすると途端に周りを白い光りが包み込みました。
次に視界が戻るとそこは石畳が続くヨーロッパの古い町並みを思い起こさせる場所でした。
よろしければブックマーク登録と評価をお願いいたします<(_ _)>