2-3
◆ツヴァイ 路地裏
「決闘しよう。」
そう言うラインハルトさんの顔を私はまじまじと見つめていました。
最初に感じた気持ちは驚きでした。
それはそうです。
いきなり決闘しようなんて言えるような間柄ではないのですから。
次に感じたのは不安でした。
何か気に障ることでも行ってしまったのではないでしょうか?
だから彼は決闘しようなんて言っているのではないでしょうか?
私は恐る恐る彼に聞きます。
「えっと、何で決闘なのでしょうか?」
「ん?ああ、ごめんごめん。急すぎたね。さっき、中央広場で騒ぎがあってね。なんでも決闘で3人組をぼこぼこにしたスライムがいると聞いたんだ。あれってリンちゃんでしょ?」
「………はい。」
「だから決闘しようと思ったのさ。」
彼のその話は理解できませんでした。
なんか理論が飛んでしまっているように感じるのは私だけでしょうか?
嫌そんなことないはずです。
だからこそ私はそれを指摘するために口を開きます。
「何でそこで決闘って話になるのですか?」
「強い人がいたら戦いたいじゃないか。」
思った以上に脳筋な答えが返ってきました。
そうか、単に戦いたいという理由だったのですね………。
私は粗相をしていなかったことに一先ずの安心を覚えます。
「私別に強くありませんよ。レベルだってラインハルトさんの方が高いと思います。」
「このゲームでレベルなんて強さの指標にはならないよ。プレイヤースキルでどうとでもなってしまうからね。」
「いやいや、そんなことは無いでしょう。」
「事実さ。さっき君が行った決闘だってそうだったんじゃないかな?」
言われて私は考えます。
確かに先ほど戦った3人組もこのツヴァイに慣れた感じがしました。
ならば私よりもレベルが高いのでしょう。
過去に戦ったプレイヤーだって誰1人として私より弱そうな人はいませんでした。
そんなプレイヤーに勝てたのはひとえに彼らのプレイヤースキルが私よりも低かったからです。
なるほど。
確かにラインハルトさんの言っていることも一理あるかもしれません。
「そうかもしれませんが、先ほどの決闘は相手が弱かっただけで………。」
「いや、決闘をしたという相手の方も聞いたけどツヴァイで活動しているプレイヤーでは平均的なプレイヤースキルを持っていたよ。むしろ少し高いくらいだ。」
なんだかんだ言って私の言葉を否定します。
このままいくと決闘するということで言いくるめられそうです。
でも、そもそも決闘する理由なんてないじゃないですか。
「わ、私には決闘する理由がありません。」
「さっきはしたのにか?」
「さっきと今では状況が違います。」
さっきは魔物系のプレイヤーを悪しく言う相手だったからこそ容赦しなかっただけです。
別に私だって好き好んで決闘しているわけではありません。
「そうなのか。どうしたら決闘してくれるかな?」
ラインハルトさんはどうしても私に決闘してほしいようです。
私はほとほと困り果ててミケルさんに視線を送りました。
彼は私の視線に気が付いたのか肩をすくめて首を横に振ります。
それは言外に「諦めろ。」と言っているようでありました。
「そうだ!」
私が言葉に詰まっているとラインハルトさんが元気よく声を上げました。
「リンちゃん何か欲しいものは無いか?決闘を受けてくれるならそれを上げよう。」
なんてことはないです。
ラインハルトさんの名案とは物で釣ろうということでした。
確かに彼の方が攻略が進んでいるだろうから私に渡せるものは多いでしょう。
でも、私は今のところ物に困ってはいませんでした。
私が何も答えていないとラインハルトさんは続けて言葉を口にしました。
「何なら貸し1つでもいいよ。」
「貸しですか?」
「ああ、リンちゃんが困っているときに無条件で手助けしてあげよう。」
私は考えます。
このタイプの人は口で言っても諦めてはくれないでしょう。
それよりは決闘1回してあげる方が時間的にも損失が少ないのではないでしょうか?
ならば………。
「じゃあ、それでいいですよ。」
「本当かい!?」
「はい。ただしルールは全損以外でお願いします。」
「もちろんだとも。」
そう言ってラインハルトさんは剣を抜いて数歩下がります。
「ここでやるんですか?」
「ああ。リンちゃんもここで戦えるだろう?」
「私は大丈夫ですがラインハルトさんの得物はこういった路地裏は不得意ではないですか?」
「確かにそうかもしれないがいいんだ。戦闘とはいつも自分の得意な状況で行えるものではないからね。」
そう言って剣を振るいます。
私は彼のその動きを見て問題ないことを知ると決闘の申請を送りました。
ラインハルトさんがそれを承諾し決闘開始のカウントダウンが始まります。
ちゃっかり遠くに離れていたミケルさんが見守る中私とラインハルトさんはお互いの得物を構えました。
………3。
………2。
………1。
………0。
カウントが0になりシステムが始まりを知らせるもどちらも動きませんでした。
いや、ラインハルトさんは分かりませんが私は動けなかったのです。
下手に動けば切られることが目に見えていました。
ラインハルトさんの構えには隙が無かったのです。
これがプレイヤースキルの差と言うやつですか感心するのでした。
確かに今まで戦ってきたプレイヤーと一線を画すだけの力の差がありました。
それでもただ負けるのは嫌でした。
私は目を見開いてラインハルトさんに動きが無いか注視していました。
少しでも綻びがあれば飛びかかろう。
そう意気込んでラインハルトさんを観察していたのでした。
その時、ラインハルトさんが動きました。
ゆっくりとした所作ではあったが剣を上段に構えだしました。
くっ!!
踏み込めません。
一見してゆっくりと剣を持ち上げているだけなのに隙が無いのです。
私の動きに注意して目を離そうとしません。
もしも動けばすぐさまその剣を私目掛けて振り下ろすだろうことは想像に難くありませんでした。
そうこうしている間にラインハルトさんが上段の構えを取りました。
その瞬間………。
「くっ!!」
ラインハルトさんが1歩大きく前に踏み込みました。
私は遅れないようにとっさに後ろに飛びます。
間一髪、私が先ほどまでいた場所にラインハルトさんの剣が振るわれました。
この隙に攻撃を………。
私はナイフを手にもって距離を詰めようと地面を蹴りました。
いや、駄目です!!
直感が囁きました。
今行ったら切られます。
私はとっさに地を蹴る方向を変えました。
前では無く横に飛びます。
その瞬間、返す刃でさらに踏み込んだ一撃を放ったラインハルトさんの剣が私の横をすり抜けました。
間一髪でした。
しかし、チャンスでもあります。
私は路地の壁を蹴ってラインハルトさんの右肩に張り付きました。
この位置ならば容易に攻撃されることはありません。
私はナイフを振るいます。
しかし、ナイフではリビング・アイアンメイルに効果的な攻撃をすることはできません。
私の攻撃はわずかに鎧を傷つけただけでした。
しかし、それでもダメージは入っているはずです。
私はすかさず2撃、3撃と攻撃を繰り返します。
そうこうしている間にラインハルトさんも事態を把握しました。
左手を剣から放し、私を引きはがそうとします。
私はとっさに飛んでその手を避けます。
そして今度は左肩に乗って同じように攻撃をします。
やはり効果的な攻撃はできませんでした。
ならば………。
私は【縮小化】スキルを解除して本来の大きさに戻ります。
それによりラインハルトさんの肉体はスライムのゼリー状の肉体に飲み込まれていきました。
アンデッド故、窒息死させることはできません。
だからこそこのまま圧死させます。
私は全身に力を込めてラインハルトさんの体を潰そうと試みました。
ギシギシときしむ音が聞こえます。
その音を聞いて私はこの攻撃方法が有効であると確信を得ました。
ラインハルトさんが動きにくそうにしながらもスライムの体の中でもがきます。
私はそれを確認しながらさらに力を入れていきます。
そんな時だった、不意にラインハルトさんが剣を上段に構えました。
私はラインハルトさんを飲み込んでいます。
つまりは密着している状態なのです。
こんな状態では剣できることはできないはずです。
それなのになぜ剣を構えたのですか?
私はその行いに理解が及びませんでした。
しかし、離れれば危険であることに間違いはありません。
私は締め付ける力をさらに強くします。
ギシギシと嫌な音が響く中、ラインハルトさんが剣を勢いよく振り下ろしました。
その瞬間………。
全身に衝撃が走りました。
その衝撃は強く、私はラインハルトさんから引きはがされ吹き飛ばされてしまったのです。
地面に着地して何が起こったのか確認します。
視界の端に移る私のHPは大きく減っていました。
攻撃されたです。
まさかあの状態から攻撃されるとは思っていなかった私はラインハルトさんのその動きを見ていませんでした。
ラインハルトさんは再び上段の構えを取り私目掛けて剣を振るいました。
その距離は目測で10mは離れていたでしょう。
当然剣が届くような距離ではありません。
しかし、数舜ののちに私は衝撃を受けます。
これはまさしく剣で切られた感触でした。
スライムの体のおかげで痛覚とは無縁なことを喜びます。
もしも痛みがあればみっともなく叫んでいたことでしょう。
そんな考えをしながらも先ほどのラインハルトさんの攻撃に思考を向けます。
しかし、何が起きたのかは全く分かりませんでした。
距離は間違いなく離れています。
それなのに攻撃を受けたのです。
何かのスキルでしょうか?
私がそんな考えをしている間にラインハルトさんはまたも剣を振るいました。
とっさによけようとするもビッグスライムの巨体ではこの細い路地裏で逃げ道はありませんでした。
私はその攻撃を体で受けてしまいます。
すると、システムメッセージが私の負けを知らせました。
今の攻撃で既定のダメージを受けてしまったようです。
「はぁ。」
私はため息をついて再び【縮小化】を使います。
ラインハルトさんの方も剣を収めてこちらに近寄ってきました。
「いい試合だったね。ありがとう。」
「あ、はい。ありがとうございます。」
先ほどまでの痺れるような空気は霧散して人の良い声でそう言ってきたラインハルトさんに私もお礼を告げます。
「突然大きさが変わったけどあれはスキルかい?」
「はい。【縮小化】と言うスキルで普段は小さくなっています。大きくなったのはそのスキルを解除したからです。」
「なるほど。確かに最初自己紹介の時にビッグスライムだって言っていたね。」
ラインハルトさんは納得したのか「うんうん。」と頷いていました。
そんな彼に質問するため私も口を開きます。
「私からも聞いていいですか?」
「なにかな?」
「私を引き離した攻撃と距離が離れているにもかかわらず攻撃できたのはスキルですか?」
「ああ。両方とも同じスキルだ。「職業:剣聖」のスキルで【破衝剣】という。剣の衝撃を任意の方向に飛ばすことができるのさ。この任意の方向と言うのは直線的でなくてもいい。最初の1回は自分の体目掛けて拡散するように飛ばしたのさ。」
なるほどその衝撃によって私は引きはがされたのですね。
2回目以降は単純に攻撃を真っ直ぐ飛ばしたのですね。。
それにしても………。
「剣聖って強そうな職業ですけどレベルいくつなんですか?」
「職業レベルは20、種族は21だよ。」
まさかの答えが返ってきました。
レベル41って殆どトッププレイヤーじゃないですか………。
それは強いわけです。
私が感心しているとラインハルトさんが再び口を開きました。
「それにしてもリンちゃんは本当にプレイヤースキルが高いね。」
「そうですか?」
「ああ。あんなに素早く的確に動ける人はそうはいないよ。」
言われて少し嬉しくなります。
トッププレイヤーにそんな風に褒めてもらえるのは純粋に嬉しかったのです。
でも、油断は良くありません。
実際今だって勝てなかったのですから。
私よりも強いプレイヤーはたくさんいるのでしょう。
この先プレイヤーと戦う時も油断せずにいこうと決意するのでありました。
その後、ミケルさんとラインハルトさんとフレンド登録をして私はその場を後にしました。
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