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◆ツヴァイ 路地裏
ガラの悪い3人組のプレイヤーとの決闘に勝利した私はツヴァイの路地裏に来ていました。
決闘騒ぎで盛り上がってしまったギャラリーから逃げるためです。
そんな路地裏に見慣れない種族のキャラクターがいました。
それは鈍い光沢を放つ肌を持った巨漢の人型モンスターです。
所謂ゴーレムと呼ばれるものなのでしょう。
そんなゴーレムが路地裏で膝を抱えて座っていました。
足元には剣やナイフ、槍などの武器が置かれていることから露店なのでしょうか?
私はその光景に興味が湧いて彼あるいは彼女に近づき声をかけました。
「すみません。」
「は、はい。」
声からすると若い男のようです。
彼は声の主を探そうときょろきょろと周りを見回しました。
しかし、ゴーレムの巨体では、座っていてもスライムの姿を見つけることはできませんでした。
私はそんな光景が可笑しく思えて不意に笑いが漏れてしまいます。
「ふふふ。こっちですよ。下です。」
「え、下?わっ!!」
私の声を聞いて下を向いたゴーレムの彼は大げさなくらいに飛び跳ねて驚きました。
そんなに驚かなくてもいいのにと思いながら私は彼の心配をします。
「大丈夫ですか?」
「は、はい。」
彼は落ち着きを取り戻して再び膝を抱えて座りました。
彼の姿勢が戻ったことを確認した私は口を開きます。
「私はリンと言います。見ての通りスライムです。」
「あ、はい。僕はミケルと言います。ブロンズゴーレムの鍛冶師です。」
ブロンズ。
なるほどこの少し茶色がかかった鈍色の体は青銅なのですね。
そんなことを考えていると彼から声がかかりました。
「あの、何か御用ですか?」
そう言われて考えます。
最初声をかけたのは単に興味があっただけですが、見たところ武器を売っているみたいだしここで装備の相談をしてもいいかもしれません。
そう思うと私は自然と言葉を発していました。
「ここは武器露店であっていますか?」
「いえ、武器以外も取り扱っていますよ。今は武器しかありませんが注文があれば作れます。」
なるほど武器以外も取り扱っているのですね。
それはそれで好都合でした。
彼の話し方から丁寧な性格みたいだし私の悩みについて相談してみましょう。
「今、装備について悩んでいるのですが相談にのってもらえませんか?」
「えっと、僕でよければ。」
「私は見ての通りスライムなのですがスライムでも使える武器や防具ってありますか?」
私はアインの町でもいくつか武器屋や防具屋を見て回りました。
そこでわかったのはほとんどの装備がスライムでは使えないということです。
特に防具に関してはアインの町の防具屋で売っている防具はすべて使えませんでした。
だからこそスライムが使える防具が無いかその道のプロに話を聞きたかったのです。
「えっと、少し長くなりますがいいですか?」
「はい、大丈夫です。」
私がそう答えると彼は少し考え込んでから口を開きました。
「まず、防具について説明します。プレイヤーの種族ごとに大きく分けて2つに分けられます。人間種のプレイヤーと魔物種のプレイヤーです。このうち魔物種のプレイヤーはさらに3つに分けられます。人型の種族、人型ではないが定形の種族、不定形の種族です。」
確かに今まで見た魔物も彼の行った分類に分けることができます。
ユキさんのレイスのように人型の種族、私のスライムやカガリさんの鬼火は不定形の種族でしょうか?
定形の種族って何なのでしょう?
フィールドで見た兎や狼がそうなのでしょうか?
私がそんな疑問を思い浮かべている間も彼の説明は続きます。
「この3パターンの内人型の種族については人間と同じ装備が使えます。NPCが売っている装備も人型用なのでこれが使えるのはこのパターンのみになります。」
確かに私がアインの町の防具屋で見た装備は人用の物ばかりでした。
あれは人型の魔物しか使えないというのも納得できます。
「次に人型ではないが定形の体を持つ種族については専用の装備を作ることで防具を装備することができます。これは個別に鍛冶師や裁縫師に依頼しないといけません。」
なるほど。
別に存在しないというわけではないのですね。
作ろうと思えば作ることができるのね。
スライムもそうだと良いのですが………。
「最後に不定形の種族については防具はありません。」
「え?」
簡潔に言う彼の言葉に私は驚きを隠せませんでした。
防具は無いのですか?
「えっと、スライムは不定形の魔物であってますか?」
「はい。」
「じゃあ、まとめると私は防具を装備できないということで良いですか?」
「ごめんなさい。そうなります。」
うーん。
半ば予想はしていたがまさか本当に装備できないとは思いませんでした。
まあ、でも仕方ないですね。
私は気を取り直して武器の話を聞きます。
「じゃあ、防具は諦めます。武器の話を聞いてもいいでしょうか?」
「はい。武器に関してはよほど特殊なもの以外はスライムでも使用することができます。」
「うん。それは何となくわかります。今もナイフを使っています。」
「はい。使えない装備と言うのが例えば拳闘士のガントレットのように防具としても使用されるもの、あとは大剣のようにスライムのSTRでは持ち上げられないものが当たります。」
ああ、そう言えば装備のことを調べているときに見た気がします。
装備の要求STRってやつですね。
つまりは要求STRが足りなかったからアインの町で見た装備の殆どは装備できなかったのでしょうか。
でもそれなら………。
「レベルが上がってSTRが上がればその辺の装備も使えるようになりますか?」
「はい、使えるようになりますよ。」
それを聞いて一安心しました。
いや、今の時点ではナイフ以外を使うつもりはありません。
しかし、後々の選択肢が限られてしまうのとそうでないのでは大きな違いがあります。
それが良い方に転んだと考えると少し嬉しかったのです。
「なるほど。よくわかりました。ありがとうございます。」
私がお礼を言うと彼は笑みを浮かべながら「どういたしまして。」と答えました。
ゴーレムの表情なんて分から無いんですけど………。
「ついでに装備を新調したいのですがナイフを見せてもらってもいいですか?」
「はい。ナイフはこれが今作れる最高の物になります。」
彼がそう言って見せてきたナイフは鉄製のナイフでした。
刃渡りは今使っているナイフと同じく15cmほどです。
握りやつばの長さもほとんど変わりません。
これなら特に違和感なく使用することができるでしょう。
「今作れる最高の物と言うのはこの町でと言うことでしょうか?それともミケルさんの技量でと言うことでしょうか?」
「えっと、どちらの意味でもです。この町でとれる最高の金属が鉄になります。その鉄で作った物の中で今できる最高品質がそれになります。」
「なるほど。じゃあ、これを下さい。」
「えっと、一応最高の物なので結構高いですよ?」
ミケルさんは心配そうにそう言いました。
まあ、こんな質問をしてしまった以上初心者だと思われているのでしょう。
事実その通りではあるのですが………。
しかし、度重なる決闘によってお金は結構持っています。
だからこそ私は自信満々に口を開きます。
「大丈夫です。」
「そうですか?じゃあ………。」
私はミケルに代金を渡し、鉄のナイフを受け取りました。
新しいナイフを手にして私は自然と笑みが浮かびます。
ミケルの方も商品が売れて嬉しそうにしていました。
「そう言えば、何でこんなところで露店を開いているのでしょうか?」
ナイフをしまい私はふとした疑問をミケルに聞きました。
「あ、それは………。」
ミケルさんは私の質問にどう回答していいか分からず言いよどみます。
どことなく暗い雰囲気がすることからあんまり良いことではないみたいです。
私は心してミケルさんの言葉を待ちました。
「あの僕は魔物系なので、それで………。」
おずおずとした雰囲気でミケルさんが語りだしました。
私はそれを静かに聞き入ります。
「中央広場とかですと妨害に合ったりしてしまうのです。なので、離れた場所で店を開いています。」
魔物系プレイヤーだから。
ここでも聞くそのフレーズは私の中で怒りの炎を強くします。
アインの町でも聞きました。
先ほどツヴァイの中央広場でもそれで絡まれました。
何処にいてもつきまとうその言葉に怒りを燃やさずにはいられませんでした。
「いいの?」
「え?」
「ミケルさんはそれでいいの?魔物系だからって迫害されたまま逃げていていいの?」
私はミケルさんに食って掛かるようにしてそう聞いていました。
「あ、あの。僕は………。」
ミケルさんは言いよどみます。
それもそうです。
ミケルさんが悪いわけではありません。
しかし、私のその言葉はミケルのことを責める様でした。
「ごめんなさい。少し熱くなってしまいました。」
私がそう言うと2人の間に沈黙が訪れました。
そんな時でした………。
「あれ?ミケルのお店に新顔がいる。」
そんな声が背中から聞こえました。
振り向くとそこには全身鎧のプレイヤーがいました。
鎧を装備しているプレイヤーはそこそこ見るけど全身鎧は珍しいですね。
私がそんなことを考えているとその鎧のプレイヤーは再び声を上げました。
「えっと、その見た目はスライムだよね?プレイヤー?」
その質問は私に対してのものでした。
私は彼の質問に答えるため口を開きました。
「はい、プレイヤーです。私はリンと言います。種族はビッグスライムです。」
「あ、そうなんだ。僕はラインハルト。種族はリビング・アイアンメイルね。」
彼はそう言うと鎧の頭を外しました。
中身は空っぽでした。
リビング・メイルと言えばRPGでは所謂アンデッドに分類する魔物です。
彼も魔物系のプレイヤーだったのです。
私が驚きながら彼の姿を見ているとミケルさんが声をかけました。
「ラインハルトさんは今日は何の用ですか?」
「ん?ああ、武器の修復をお願いしようと思ってね。」
彼はそう言うと腰にしていたロングソードをミケルさんに手渡しました。
ミケルさんは「分かりました。」と一言口にするとその場で砥石を取り出して武器を研ぎ出しました。
そんな彼の作業を見ながらラインハルトさんが口を開きます。
「リンちゃんはここに武器を買いに来たの?」
「はい。」
「ここのこと誰に聞いた?」
「誰にとはどういうことでしょうか?」
「いや、ここってわかりにくい場所にあるでしょ?だから他のプレイヤーに聞いてやってきたのかなって思ったんだけど………その様子だと違うのかな?」
彼は首を傾げながらそう聞いてきました。
確かに彼の言う通り主要な通りを使っていればこの場所を見つけることは不可能だったでしょう。
今回はたまたま私がそう言った通りを避けていたから見つけることができたのです。
それを素直に口にします。
「はい。少し騒動に巻き込まれまして大通りを避けていたら見つけました。」
「騒動?………ああ、なるほどね。」
彼は何かに納得したように頷きました。
そんな時不意にミケルさんから声が上がります。
「はい、できたよ。」
どうやら私とラインハルトさんが変な会話をしている間に彼の武器の修復が終わったようです。
ラインハルトさんは代金を支払って武器を受け取りました。
と言うか、私はもう用事も済んだのだし態々待っている必要なかったのではないでしょうか?
「じゃあ、私はこれで………。」
「あ、ちょっと待って。」
私がその場を離れようとするとラインハルトさんから声がかかります。
私は向き直り彼の言葉を待ちました。
「リンちゃん、決闘しよう。」
「………はい?」
その言葉は私の予想外のものでした。
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