8、婚約者候補
「そういえば、フィオナ様は最近ヴィンセント様と仲がよろしいとのお噂を耳にするのですけれど、本当ですか?」
「いえ···」
敵意の篭もった視線がぐさぐさと刺さる。
私はただ今、ご令嬢方と楽しい楽しいお茶会中である。
天気はどうだとか最近流行りのものはなんだとか、当たり障りのない会話をしていたのから一転。
恐らくこのお茶会の本題であるものを話題に持ってきたのがこの方、ローザリア・アデレイド侯爵令嬢だ。金色のサラサラした髪とちょっとツリ目がちの緑青の瞳を持った、それはそれは美しい方である。
彼女だけでなく3人のご令嬢もいるが、彼女達はローザリア様の取り巻きみたいなものだろう。
このお茶会の招待状はローザリア様からきていた。
まさか侯爵家の招待を蹴るわけにもいかず、参加することにしたのだが。
困った…と、誤魔化すように紅茶を口に含む。
それもそうだ、王家主催の夜会でロイシュタイン公爵と踊り、さらにはあのロイシュタイン公爵主催の夜会に招待され一緒に踊り、挙句の果てにはロイシュタイン公爵家にご招待されちゃったのだ。
噂を耳にするどころか、目にした人も多いに違いない。そして噂ではなく事実だと踏んで、彼女達は私をお茶会に誘うに至ったのだろう。
···三日後に、ヴィンセント様と王都に出かけて今話題のミランジュで新作ケーキを食べる予定があると言ったら、彼女達はどんな反応をするだろうか。見つからないことを祈るしかない。
「···まさか、お付き合いをされているなんてこと、ありませんわよね?」
羽がゴテゴテついた扇子で口元を隠し、じろりと私の様子を伺ってくる取り巻き1。
私はにっこりと淑女の笑みで返す。
「お兄さまが仲が良いので、ついでに気にかけてもらってるだけですわ」
「ふふ···そうよね。ローザリア様は、ロイシュタイン公爵の婚約者候補筆頭だと言われているのですから。貴方なんかに現を抜かすはずがありませんね」
次に口を開いたのは、トルネードの巻き髪が目につく取り巻き2。
その情報初めて知りました。まさかヴィンセント様に良い人がいたなんて···!
ならばミランジュも私ではなくローザリア様を誘えば良かったものを。意外とシャイなのかしら。
無言になったのをどう解釈したのか、ツインテールに真ピンクのドレスの取り巻き3が嘲笑う。
「ご存知なかったのですかぁ?貴族令嬢の中では割と有名だったと思うのですけれどぉ」
喋り方が鼻につく。
友人少なくて悪かったですね。
「まぁまぁ皆さんその辺に。あんなに素敵なヴィンセント様ですもの。夢見てしまうのは仕方の無いことですよ」
別に夢見てないですけど。黒いモノいっぱいでバリバリ現実を見せられているのですが。
ヴィンセント様に嫁入りするということは、必然的にあの異常な量の人ならざるものとも一緒に過ごすことになるのだが大丈夫だろうか。
ヴィンセント様ですらあんな感じなのに、ローザリア様のようなか弱い令嬢があそこに飛び込んだら、生気奪われたりしそうなんだけど。
そんな考えを、取り巻き達の甲高い声で打ち消される。
「ローザリア様、なんてお優しいのでしょう!」
「こんなぽっと出の令嬢がロイシュタイン様の周りをうろちょろするのをお許しになるなんて!」
「どうしてロイシュタイン様のいい人なんて噂が出たんでしょうねぇ?」
そんな噂が出てたのか。
流石は噂好きの貴族達である。
馬鹿にしたような視線に囲まれ、平和に冷静にという気持ちが崩れる。私だって一方的に言われ続ければ腹が立つ。別に好きでこれだけ一緒にいる訳では無い。
·····ケーキに関しては完全に私に非があるが。
私は扇子を口元に持ってきて、こてりと首を傾げた。
「あらまあ、ではこのようなぽっと出の令嬢をお茶会に誘うのではなく、ヴィンセント様をお誘いになるよう進言なさった方が宜しかったのでは?」
「んなっ···!」
私の言葉に反応したのはごてごての扇子を持った令嬢だった。
私を罵る目的というよりも真偽を伺うようなローザリア様の様子からしても、私とヴィンセント様の噂を吹き込んだのは取り巻き達なのだろう。
彼女達が私のことを罵りたい、嫌味のひとつでも言ってやりたいという意思で。
「自身の興味で、敵意のない敵を陥れる事しか考えられず主人の足止めをするよりも、宝へと主人を導く方を優先するべきでしたわね」
一応助言のつもりで言ったのだが、馬鹿にされていると思ったのだろう、トルネード令嬢は顔を真っ赤にさせた。まぁ、若干馬鹿にしてなくもないが。
そんなことを考えていて、ツインテール令嬢の動きに気づくのが遅れた。
ーーーガシャンッ
「あらぁ、ごめんあそばせぇ。手が滑ってしまっいましたわぁ」
私は目を瞬いた。
何かしらされるのは予想していた。それこそ、紅茶をぶっかけられるくらいは。
そのため、汚れてもいいよう何度か着たことのあるドレスを身にまとってきた。化粧も薄くした。
だから驚いたのはカップを倒され紅茶をかけられた事じゃない。
まるで私を守るかのように、人ならざるモノが動いたのだ。
テーブルの上から零れたので、犬型をしたモノが代わりに受けるということは無かった。だけど確かに、カップが倒れた瞬間この犬は素早く私とツインテール令嬢の間に入ってきた。
この際、私を守ろうとしたのか、紅茶を飲みたかったのかはどうでもいい。ただ、私の様子を伺うように見る彼には、恐らく何らかの意思がある。
取り巻き達のクスクスと笑う声を無視し、ローザリア様ににっこり微笑んだ。
「ローザリア様、このようなお見苦しい姿をお見せして申し訳ございません。会の途中でたいへん心苦しいですが、本日はここで失礼させていただきます」
取り巻き達は私を罵るのに満足しただろうし、ローザリア様も事実確認ができただろう。これ以上の目的はこのお茶会にはない。
引き止める言葉もなかったので、立ち上がりゆっくりと礼をしてその場を後にした。
私はただただ、動揺していた。
情を移してはいけないのに。ないものとして生きていかなきゃいけないのに。
あの犬の目が、頭から離れないのだ。