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7、庭園


「メラレイア嬢、ようこそおいでくださいました」



立派な庭園まで案内され、迎えてくれたのはロイシュタイン様だった。


夜会の時に屋敷の立派さは拝見したが、庭園までは暗かったし見ることが出来ていなかった。

伯爵邸では考えられないほど、たくさんの薔薇が咲いている。しかも量は多くも、乱雑に植えられた感じではなくそれぞれがしっかり映えるように計算されて植えられている印象を受ける。

流石は公爵邸。



「お招きいただき、ありがとうございます。素敵なお庭ですね」


「お褒めいただき光栄です、庭師が喜びます。薔薇が見頃なので、是非案内させていただけませんか?」


「まぁ、喜んで」



差し出された手には、リスのようなちっちゃいモノがうろちょろしていた。今回はヘビもどきじゃないのね。

こっちの方が可愛くていいかと思いながら手を乗せ、ふと思う。


今までは、ダンスの時しかロイシュタイン様に触れる機会はなかった。だから、人ならざるモノは振り落とされて消える説を捨てきれずにいたが…ダンスをしない今回、もし人ならざるモノが消えたならば。

振り落とされているのではない、私が何かしらの影響を与えている以外に答えがなくなる。



「ヴィンセント様、フィオナ様、わたくしは後ろについておりますので、何かございましたらお呼びください」



付いてくるのか。

真後ろというわけではないけど、声の大きさによっては会話は聞こえそうな距離だ。


どうもこの執事の信頼を得るのは難しいらしい。



「あの…」


「はい?」



ロイシュタイン様の気まずそうな声が上からかかる。

肩の方へ登っていくリスを目で追いながら、そのままロイシュタイン様を見上げた。



「その…いつから、名前を呼ぶように…」



いつもと違い歯切れの悪いロイシュタイン様に首を傾げたが、視線が軽く後ろに向けられたことで察する。

執事が私のことを名前で呼んでいることが気になったのだろう。別に、仲良しこよしになった訳ではないので安心して欲しい。



「家名だとややこしいので名前で呼ぶように申したのですわ」


「ややこしい…ですか」



そういえば、ロイシュタイン様も私のことは家名で呼んでいた。そうなると、ここで名前で呼んでくれと言わないと今のは言い訳っぽくなってしまうのだろうか。

ほんとに、取り込もうとしたとかじゃないから安心して欲しいのだけれど。



「えぇ、そうなんです。なのでロイシュタイン公爵も、どうか私のことは名前で呼んでくださいな」


「そうですか…では、フィオナ嬢。私のこともヴィンセントと呼んでください」



おっとそう来たか。

ちらりと視線を後ろに向けてみたが、どこ吹く風といった感じなので大丈夫ということなのだろう。



「はい、ヴィンセント様」



ヴィンセント様は満足したように微笑み、執事は相変わらずの笑みを浮かべる。

そして私は、反対に微妙な顔になった。


リスをはじめとする人ならざるモノがとうとう消えたのだ。消えないでくれと念を込めていた足元のヒヨコすらも、跡形もなく消えてしまう。


つまり、ダンスで振り落とされてるのではない。

私が何らかの影響を与えているのだ。

…でも、なんだ?別に今まで人ならざるモノを消すとかそんな力が発動した記憶はない。触ろうとしたこともないが。


しかしヴィンセント様は、特に気にした様子もなく庭園を案内してくれる。

ロイシュタイン公爵家にしかない薔薇もあるそうで、説明をしていただいた白と赤のグラデーションの薔薇がとても綺麗だった。



「どうぞこちらへ」



そうして、ある程度庭園を巡り大きな薔薇のアーチをくぐると、中央に薔薇をメインとしたアレンジメントが置かれた円卓へと続いていた。

円卓の横にはカートが置いてあり、使用人であろう女性が、様々なお菓子といい香りのする紅茶を準備している。あのお菓子、最近話題のお店のものじゃないかしら…。



「フィオナ嬢、甘いものはお好きですか?王都から取り寄せた茶菓子をご用意しているのですが」


「す、好きです…」


「それはよかった。では、お茶にしましょう」



執事が椅子を引いてくれたので、そこに腰をかける。そして円卓を挟んだ反対側にヴィンセント様が座った。

立派な薔薇庭園を眺めながらお茶とは、素敵すぎる。


静かな時間の中、コポコポと紅茶を入れる音と共に漂ってくる香りに心が安らぐ。お皿にいくつかのお菓子が取り分けられ、使用人はお辞儀をして後ろに下がった。


視線を前に向ければ、懲りずに現れヴィンセント様にくっついている人ならざるモノ。

…もしかして私が彼らに嫌われているのか?



ヴィンセント様がカップに手をつけたのを見て、私も紅茶を口に含む。

(すっごい高級な味がする…!)とは口に出さないが、滅多に飲めないような珍しい茶葉が使われているようだ。


ほっと一息吐いて、次にチョコレートやクリームで可愛くデコレーションされたマフィンを手に取る。やはりこれは、令嬢の間で話題のお店のものだ…。見た目はもちろん、味もたいへん美味しいのだと夜会などで耳にする。

そのためお店には連日、遣わされた使用人や令嬢達が並び、購入するのには2時間超えなどざらにあるという。カフェも隣接しているが、待ち時間はお察しである。

確か名前はミランジュといったか。


そんな感じなので私は1度も手にしたことがなく、まさかこんなところでお目にかかるとは。

できるだけがっついて見えないように、ゆっくり口に入れるとふわりとカカオの香りが鼻を抜ける。口当たりのいい生地の中からは、カスタードがとろりと流れてくる。

これは話題になるわけだ…!絶対女の子の好きな味!!



「ふふっ」



マフィンに感動していると、前から笑い声がする。もちろんヴィンセント様で。



「すみません、あまりに美味しそうに食べるものですから。よろしければ私の分も食べますか?」


「い、いいえ!とても美味しかったものですから…お見苦しい所をおみせしました。…これ、ミランジュのお店のものですよね?」


「えぇ、そうです。よくご存知ですね」


「令嬢達の間では有名ですもの。私も1度食べてみたいと思っていたのです」



女性の流行にも精通しているとは、さすがヴィンセント・ロイシュタイン公爵である。

残りを口に含むと、後ろの方に控えていた執事が口を開いた。



「では、ミランジュのカフェにもご興味がおありですか?」


「え、えぇ…できれば1度足を運んでみたいのですけれど」



予約も常に満席、並ぼうにもいつお店に入れるかわからない状態じゃあ、ミランジュでカフェなど夢のまた夢だろう。



「おや、それはよかった。実は来週そちらに行く予定があるのですが、男二人では参考にならないのではないかと思っておりまして。フィオナ様、わたくしの代わりにいかがですか?ねぇ、ヴィンセント様」



ヴィンセント様に尋ねたということは、男二人はもしかしなくともヴィンセント様と執事のことだろう。

その執事の代わりということは、ヴィンセント様と私になるということで。人目のつかないここならまだしも、人が多く集まる所で女性と一緒なのはヴィンセント様も嫌なんじゃないかな…と思ったが、当の本人はナイスアイデアといったように強く頷いた。



「そうだな、女性の意見があったほうがいい。フィオナ嬢、来週のご予定はおありですか?」



ない。それにミランジュのカフェはとても魅力的だ。しかし、これ以上ヴィンセント様と一緒にいるのは良くない気がする。世間体的に。

私が言い淀んでいると、執事が言葉を足した。



「実は、ミランジュにはロイシュタイン公爵家からも出資しておりましてね。その視察の予定だったのです。お客様は女性が多いですから、男のわたくしよりもフィオナ様の方がよりお客様に近い目線で見ていただけると思うのですが」



それは、私じゃなくても女性を誘えば喜んで飛びついてくると思うのだけれど。

執事は悪魔の如く追い打ちをかけてくる。



「未発売の新作ケーキの試食もできますよ」

「行きます」



考える間もなく答えてしまった、私の意思の弱さと食い意地を恨みたい。








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