5、執事
煌びやかな会場と比べ、廊下はランプはついているものの薄暗かった。
当然人ならざるモノもいるので、ちょっとホラーである。
「如何なさいましたか?」
噂とロイシュタイン様に翻弄され疲れた私は、お兄さまに別室の休憩室に行く旨を伝えて会場を後にした。
そうしてしばらく廊下を歩いていると、後ろから声がかかる。普通にびっくりした。
恐る恐る振り返れば、眼鏡をかけた燕尾服の男性が、ランプを持って柔和な笑みを浮かべて立っていた。
「少し…疲れてしまって、休憩室に行こうかと」
「おや、そうでしたか。では、ご案内致しましょう」
男性は笑みを崩すことなく、休憩室があるだろう方向へ綺麗に揃えた指先を向けた。
ロイシュタイン公爵家の夜会に、変な人はいないだろう。いないだろうが、見ず知らずの男性をやや警戒し体が固くなるのは仕方ないと思う。
そんな私の様子に気づいたのか、男性は「すみません」と呟いた。
「わたくしは、ヴィンセント・ロイシュタイン様の執事にございます。この屋敷の勝手は存じておりますのでご安心ください、フィオナ・メラレイア様。」
「なんで名前…」
「存じ上げておりますよ。ロイシュタイン家に、素性のしれない者を入れるわけにはいきませんから。あぁ、どうか気分を悪くなさらないでくださいね」
疑うようでしたら、会場に戻り主人に確認して頂いても構いませんと続ける男性に、ゆるゆると首を振った。
態度や話し方、距離のとり方がしっかりしている。恐らく彼の言う通り、執事とかなのだろう。しかもそれなりに地位のある。
「いいえ、疑って申し訳ございませんでした。案内していただいても?」
「もちろんでございます。どうぞこちらへ」
ニコニコとずっと笑みを浮かべる執事の斜め後ろを付いていく。
この人がロイシュタイン様の執事というのはちょっと意外だ。もう少しこう、真面目というか表情筋が動かなそうな人を想像していた。悪い意味ではなく。
「我が主主催の夜会はいかがですか?お気に召して頂けていたら嬉しいのですが」
「えぇ、とても素敵な夜会で大変気に入りましたわ。最初の方は緊張していてあまり覚えていないのですけれど…」
「緊張なさっていたのですか?我が主はお優しい方ですから、上手く場を取り持ってくれますよ」
「今日身を持って知りましたわ…。噂というのは本当に当てにならないものです」
「噂…ですか」
根も葉もない噂のせいで、招待状を貰ってから今日まで、とても生きた心地がしなかったというのに。そんな恨みがぐるぐると身体を巡っていたことから、つい口から零れてしまった。
しまった、と思った時にはもう遅い。
暗くてよく見えないが、訝しげにこちらを見ているのは空気で分かった。
「どのような噂かお伺いしてもよろしいですか?」
有無を言わせないぞと言うような執事の笑顔に、顔を歪ませる。
こうして私は、ロイシュタイン様に対して無礼を重ねるのだった。
「あっはははは!そうでしたか、そんな噂が…笑ってしまい…すみませ…ふふっ」
私は折れて、事の経緯を話すと執事は大爆笑した。
ロイシュタイン様同様、揃いも揃ってお人好しらしい。
「つまり、あのお花や手紙は謝罪の意味だった、ということですね?」
まだ笑い足りないのか、肩を震わせている。
「そうです」
「あの辺りは色々と立て込んでおりまして、手紙のひとつしか返せず申し訳ございませんでした。主人は夜会で直接お礼をしようとされていたのですよ」
確かにヴィンセント様は、なにかお礼をと仰っていた。宝石をとか言い出した時はどうしようかと思ったが。
「しかしそんな勘違いから来たものだったとは…てっきり…いえ、なんでもございません。ふふっ」
笑いすぎだと思う。
私の視線に気付いたのか、執事は誤魔化すように咳払いをして、また視線を前に投げた。
「では、お礼と共にお詫びも用意せねばいけませんね。なにがいいですか?」
「いいえ、いりません。ロイシュタイン公爵にもそのようにお伝えしています」
「貰えるものは貰っておいた方がいいですよ。ああ見えてもお金は腐るほど持っていますから」
ああ見えてもというかどう見てもだと思う、とは突っ込まない方がいいのだろうか。
それに…と、今までの軽快な話し方とは打って変わって、真面目な声色に変わる。
はてと首を傾げると、ゆっくりでも進んでいた足がピタリと止まり。執事は体ごとぐるりと振り返った。
「我が主が生まれつき身体が弱いのはご存知ですか?」
「…ロイシュタイン公爵は、お身体が弱いんですか?」
身体が弱い、確かにそう噂はされている。しかしそれは常に顔色が悪いということから、他の貴族が勝手に想像しているだけだ。
そしてその理由は恐らく、あれだけ纏わりついている人ならざるモノではないかと勝手に推測していた。
「いいえ?顔色は常に悪いですが、不思議なことに身体は至って健康そのものなんですよ」
「そうですか」
「更に不思議なことがもう1つ」
言うのと同時に、人差し指を真っ直ぐに立てて胸のあたりに持ってくる。
「メラレイア様と踊っていると、生まれてこの方感じたことのないほど、体調が良くなるというのです。
まさかと思い遠目から今日の様子を伺っておりましたが、確かに顔色が良くなっていました。
長いこと主人の傍に仕えていますが、あんなに顔色のいい主人は初めて見ましたよ。なにかご存知ではないですか?」
笑顔から覗く探るような眼差しに、私は無意識に後ずさる。何かを疑られている。
今日のことといい、先日の夜会の時といい。ロイシュタイン様と踊っていると、何故か彼にあれほどついていたモノはきれいさっぱりいなくなっていた。
最初はダンスで振り落とされたのかと思っていたが、今日の様子をみるとどうやらそうではない気もしてくる。
私がなんらかの影響を与えている可能性も浮上してくるが、ダンスで振り落とされる説は最後まで捨てずにいきたいところだ。
「…こんなこと聞いても、分かるはずないですよね。不躾な事を申し上げました、すみません」
「い、いいえ…」
「こちらが休憩室になります。どうぞ」
立ち止まったのは、休憩室に着いたからだったのか。
ギィ…と重厚な音を立てて開かれた部屋は、暗い廊下から一転明るくなっていて目を細める。
1歩踏み出すと、後ろからまた声がかかった。
「理由はなんであれ、我が主は花束をたいへん気に入られておりました。近々、お礼に伺いますのでよろしくお願い致します」
「あの、本当に結構で…」
「次回は…いえ、次回も、メラレイア様の非礼を糾弾しようなどの意図はございませんのでご安心を。」
断りの言葉を遮られた上、「次回も」を強く強調して念を押された。
相変わらずのニッコリ笑顔で、口がひくつくのが分かった。
「では、また後ほど。外に我が屋敷の使用人をつけておきますので、何かございましたらお呼びください」
恭しく礼をして、執事は静かに扉を閉める。
こうして、私のドキドキ断罪パーティー(仮)は有難いことに不発に終わった。
断罪されなくて良かったが、これはこれで何かが違う気がするのだ。
私と人ならざるモノしかいない広い部屋のソファに腰をかけ、頭を抱えたのだった。