4、理由
日間2位ありがとうございます!
ロイシュタイン様にリードされ、躓くことなく人と人との間をすり抜けていく。
そして空いた空間まで辿り着き、どちらともなくステップを踏み出す。
今日は絶対人ならざるモノに意識を持っていかないぞ!…というのは無理なので、気付かれない程度に盗み見ることにしよう。
「メラレイア嬢、花束と手紙、ありがとうございました。すぐにお礼ができず申し訳ございません」
一瞬何を言われたか分からなかった。
もしかして、謝罪の意で送った花と手紙のことを言っているのだろうか。
しかしそれだと、私から直接お詫びこそすれ、ロイシュタイン様からお礼も謝罪もされる意味が分からない。
「その…何を贈ろうか悩んでしまって…。よろしければ、直接お礼をさせて頂けませんか」
「いいえ!お礼だなんて…その、先日の夜会で失礼をしてしまったお詫びなので…大したものではなく心苦しいですが」
「お詫び?」
今度はロイシュタイン様が、きょとんと目を瞬いた。
まるでそんなもの心当たりがないというように。
「目を合わせなかったり、ダンスの終わりでもまともにご挨拶できなかったりしたので…」
「…?まさかそんなことを気になさっていたのですか?いえ、馬鹿にしている訳ではなく。
もしかして…」
どうやら思っていた展開とだいぶ変わってきている。
同じくロイシュタイン様も何かがおかしいと感じているようで、考えるように視線が斜め下に落ちる。
その先を追ってみれば、ほとんどの人ならざるモノはいなくなっていた。
前回のようなヘマはしないよう、こっそりと様子を伺っていたのだが、人ならざるモノは影が薄れるように消えていった。振り落とされている感じではなかったのだ。
いや、その存在的に、ぴゅーんと振り落とされ飛んでいくよりも、すうっと消えていく方が体面が保てるのかもしれないが。
そこまでの考えが彼らにあるのかは謎だ。
「どのような理由であれ、私はあの花束を嬉しいと感じ、お礼をしたいと思いました。」
その言葉に、私は我に返る。
まっすぐとこちらを見つめるその綺麗な瞳に、ドキドキしてしまうのは不可抗力だと思いたい。
顔色も良くなってきているので、元々の美形を最大限に引き出しており、なんかもう一緒に踊っているのが申し訳なくなってくる。
「何がいいですか?髪飾りでも、ドレスでも、宝石でも、メラレイア嬢の希望のものを」
「いりません!」
ロイシュタイン様の言葉を遮るように断ると、驚いたように瞬きみるみるうちに悲しそうな表情になる。
あぁぁ…ここで断るのが正しいはずなのになんだこの罪悪感は!
「なにも、いりません。ロイシュタイン公爵とこうして一緒に踊ってお話出来るだけで、私は嬉しいです」
「……メラレイア嬢…しかし…」
「それでも何かして下さるというのなら、1つ質問をしてもよろしいですか?」
恐らく何を言っても、ロイシュタイン様は気が済まないのだろう。下手に断ると、それこそ宝石とか贈って来そうで怖い。
「もちろんです」
「ありがとうございます。では…なぜこの夜会に私達をお誘いくださったのですか?」
先日のことを咎める気がないのかもしれない。だがそれは想像であり願望だ。
泣き落とし…は無理かもしれないが、この後断罪するつもりなら少しでも心からの謝罪をし、軽くして頂くことは出来るかもしれない。
自分でまいた種は自分で回収するべきだ。
ロイシュタイン様は、なぜそんなことを?と言いたげに首をかしげた。
「…貴女の兄上、フェリクスと仲良くさせてもらっていましてね。久方ぶりに夜会を開く予定があったので誘ったのですよ」
それを聞いた途端、胸の中で渦巻いていたモヤモヤが弾けた。つまりお兄さまを目的とした招待状だったわけだ。
安心からか、口角が自然と上がるのが分かった。
「そうだったんですね、兄が喜びます」
「…メラレイア嬢は、夜会に招待された理由をどう考えていたのですか?」
ロイシュタイン様は怪訝そうな顔をするが、癇に障るとか不快という感情はない。
どちらかといえば、純粋に気になっているようだ。
話すべきか悩み、もうここは完璧に蟠りを無くしてしまおうと、話すことにした。
「その…先日の夜会のことを怒っておられるのかと思っていたのです」
「先程もそのようなことを仰っていましたね。なぜそのように思ったのか教えて貰ってもいいですか?」
かなり失礼なことは承知であるが、ここまで言ってしまえば仕方のないこと。心の中で深呼吸して、先日の無礼を働いたこと、パーティーでの公開断罪の噂、招待状の噂などから謝罪をする結論に至ったことを伝えた。
それを聞いたロイシュタイン様は、大きく目を見開いた。まるで信じられないというように。
「た、確かに先代ではそのような事があったと聞いております。ですが、件の者がパーティーの食材に毒を盛ろうとしていたことから、その場で捕らえるしかなかったようです」
「それに、パーティーの招待状は気の合う者にのみ贈っているだけです。なぜそのような噂になっているのかは存じませんが…」
公開断罪の噂の元は思ったより物騒だった。ロイシュタイン様もさらりと話すあたり、そういう物騒なことは聞き慣れていたりするのだろうか。
招待状の噂に関しては、類は友を呼ぶということだろう。
お兄さま、よかったね。ロイシュタイン様に気が合うと思われてたみたいよ。泣いて喜ぶ兄の姿が想像にかたくない。
「ですが、そんな誤解をさせていたとは申し訳ございませんでした。」
「いいえ!噂に流されるのが悪かったのです。ロイシュタイン公爵がそのような方のはずありませんのに」
私がそう言うと、ロイシュタイン様は安心したように微笑んだ。
「ひとつ、訂正させてください」
「は、はい…」
なにを訂正される気だろう。
まさか、断罪するつもりはなくとも先日のことについては怒っておられるとか?招待状は間違えて送ってしまったとか?
「招待状を送った1番の理由は、メラレイア嬢ともっとお話がしたいと思ったからなんです」
「え…」
ド直球に言われ、顔が赤くなるのを抑えられない。
わかっている。おそらく原因は、人ならざるモノだ。先日私と踊って、身体に変化が起こったから。たまたまの偶然なのか、私だからなのか気になったのだろう。
そして今日私と踊ったことで、後者の可能性が高くなったと結論づけられたはずだ。
「無理強いするつもりはありませんが…メラレイア嬢さえよろしければ、もう一曲如何ですか?」
まさかそんなことを言われるとは思わなかった。前回と違いがっついてくる令嬢も少ないため、ダンスが終わったと同時に横から掻っ攫っていくパワフルな方はいないだろう。
どちらかといえば遠巻きに眺めて、後日周りに言いふらすような令嬢が多そうな気がする。
…どうしよう。
1度ダンスしてお話して、ロイシュタイン様に私を断罪するつもりがないことは分かった。それだけで十分だ。
1度のみならず2度もあのロイシュタイン様と踊り、更には2連続でお誘いを受けるとは。
どういう意図かは分からないが、…いや、分かるかもしれないけれど。その事情は私とロイシュタイン様にしか分からないことで、周りから見れば一介の伯爵令嬢に興味を示したと思われても仕方の無い状況だ。
「ありがとうございます、お誘い頂き光栄ですわ。ですが、少し疲れてしまったみたいで。この後は休憩室で休みたいと思っておりますの」
ロイシュタイン様はこの夜会の主役だ。
だから長い時間会場から席を外す訳にはいかない。
そして疲れて休憩室に行きたいという女性を無理やり引き止めるようなことを、紳士である彼はしないと踏んでの解答だ。
そしてそれは私の意図通りに進んだ。
「そうでしたか、気付かずにすみません」
「いいえ。ですがロイシュタイン公爵と踊るのはとても楽しいです。また機会があれば是非お願い致します」
誘ってくださったロイシュタイン様に、私なりに最大限の感謝の気持ちを込める。
そうすればロイシュタイン様の気分を害すことはなかったのか、微笑みを返された。
曲が終わり、お互いに一歩下がって礼をする。ほっと胸をなでおろしたのは、どうか気付かれていませんように。
「フェリクスの所まではお送りさせてください」
「ありがとうございます」
手を引かれてお兄さまのいる場所まで歩いていく。
お兄さまは私とロイシュタイン様の様子を見て、覚悟していたことにはならないと悟ったらしい。
顔色がとても良くなり、いつも通りの笑顔でロイシュタイン様とお話されていた。
誰だ、適当な噂流したのは。
貴族間の噂はだいぶ適当