最終話
それから、色々と案は出してみたのだが、どれもピンと来るものがないまま――浮かれてしまって、まともな案が出なかったともいう――今日を迎えてしまった。婚約パーティー兼、精霊を布教しようの会である。
ここで上手く布教できなければ、精霊の存在はまた雲隠れしてしまうだろうし、何よりユーリア様がどんな反応をするのか、恐ろしくて夜も眠れない。『ヴィンセント様の美しさで誤魔化そう作戦』が一番いいと思うのだが、本人は大反対である。困った。
ヴィンセント様にエスコートされて会場へと足を踏み入れれば、各々の盛り上がりも静まり、視線を一身に受ける事になる。名目上は婚約パーティーなので、半信半疑の人が多いのだろう。胡乱げな視線もそれなりにあるようだ。
しかし、私の目的は婚約を見せびらかす事ではない。胡乱な視線や嫌悪感丸出しの視線に負けないように、背筋をしっかり伸ばして、私なりの淑女の微笑みを浮かべて足を進めていく。やや遠巻きにされる中、静かに、しかしもの凄い勢いで迫ってくる人物がいた。
「フィー!」
「お兄さま!」
笑顔で迎え入れれば、お兄さまも笑顔で返してくれる。不思議とほっとする笑顔だ。
私とヴィンセント様が並んでいる姿を、まるで私が初めて人ならざるモノを認識したときのような目で見てくる。確かに、そのくらい異様な光景だというのは分かるけれども。
「ヴィンセント様、本日はお招きくださりありがとうございます」
「いや、よく来てくれた」
「しかし驚いたなぁ……婚約だの精霊だのと、フィーがそんなことに関わっていたとは」
「そうですよね……」
「悪い意味じゃない。むしろ精霊といわれて、納得がいくというか」
「え?」
お兄さまはヴィンセント様にチラと視線を投げ、もう一度私を見て、目を閉じた。
「まぁ、なんだ。幼い頃のフィーは、素直で可愛かったってことだな」
今は可愛くないみたいな言い方をする。精霊と幼い頃の私がどう関係するのか全く関係性が見えてこないが、お兄さまの表情から、それを明かす気はないのだろう。お兄さまはにこやかに笑って、私の頭を撫でた。
「俺のお役は御免かな」
寂しそうな、それでいて嬉しそうに微笑む。しかしそれも一瞬で、ぱっと表情が変わった。いつものお兄さまだ。
「それにしても、フィーがヴィンセント様と婚約とは、何かの間違いじゃないのか⁉」
「失礼な。ここで嘘をつくわけがないでしょう」
「だ、だって、それが本当だとしたら……ヴィ、ヴィンセント様は、俺の、お、義弟ということに、」
そんな事があっていいのか⁉ と頭を抱えて嘆くのだ。ヴィンセント様大好きお兄さまらしい反応かもしれない。
それよりも、本人を前に『ヴィンセント様大好き節』を披露してしまっているが大丈夫なのだろうか。そんなことで怒るような方でないことは重々承知しているのだが。そろりと視線を向けると、ヴィンセント様はくっくと喉を鳴らして笑っていた。
「そうなるな。末永くよろしく頼む、フェリクスおにいさま?」
「夢でも見ているんだろうか……夢に違いない……夢でないなら、もう死んでもいい……」
私でもふざけていると分かるような無邪気な言葉を投げかけられ、お兄さまは目に涙を浮かべて顔を覆う。そのまま倒れてしまいそうな勢いだが、人目の多い会場ではなんとか耐えたようだ。
次期伯爵としてどうなのかという状態になってしまったため、一度休憩室で落ち着いてくると、踵を返した。いつかのパーティーとは逆の立場になっている。途中で振り向いた表情がすがすがしかったのは、気のせいだろうか。
「フェリクスらしいですね」
「お兄さまがすみません……お恥ずかしい限りです……」
ヴィンセント様がまた喉を鳴らして笑うので、遠い目をするしかない。
「いえ、そういう意味ではなく。フィオナさんの事が、本当に大切なんでしょうね」
「? 私ではなく、ヴィンセント様のことかと」
「――あの時の交流パーティーの反応を見れば一目瞭然ですが……」
何時のことだろう。きょとんと見上げて再度促すが、嫣然とかわされるだけだった。男同士にしか分からないなんとやらなのか。
「フェリクスは素直じゃないと思った次第です」
「全く意味が分からないのですが……」
「お気になさらず。それよりも、今はもっとやるべき事があるのでは?」
「そうでした……! 精霊たちの布教をしなくては‼」
なんという大失態。周囲の視線におびえている場合ではない。このままお兄さまとヴィンセント様としか話さず終わりなんて事があれば、私に明日はない。主にユーリア様にやられる。
頬に両手を当て嘆くと、ヴィンセント様は微妙な顔をした。
「たまに貴女は、精霊と私のどっちが大切なのか分からなくなります」
「なにを面倒くさい彼女みたいなこと仰っているんですか……」
ヴィンセント様は、「面倒くさい……」と私の言葉を反芻し、少し傷付いたような表情をされる。言い方を間違えたかもしれない。
精霊のために奮闘したのは事実だが、元を辿ればもっと異なるところに着地する。
これは、精霊に対するお礼のようなものなのだ。
私を助けてくれてありがとう。私を、ヴィンセント様に出会わせてくれてありがとう。私は、ヴィンセント様と出会えて本当に幸せなんです。
どう伝えたら伝わるのだろうか。うまい言葉が見当たらない。
違うんですと、ヴィンセント様の袖口をつまんだ。
「精霊がいなければ、私はこんな素敵な方達と出会うことはなかったのだと思います」
それでも、なんとか伝えたい。
「だから、そのきっかけを作ってくれた精霊たちにはとても感謝しているんです」
じっと私の言葉を聞いてくださっているヴィンセント様の手を取った。
「同時に、こんな私を見つけだして、傍に置いて下さったヴィンセント様にも感謝してもしきれない気持ちです」
私は貴方の隣に相応しくあれていますか。貴方のお役に立てていますか。
本来ならば、住む場所が違うようなお方である。隣に立つことも、役に立つことも出来なかったに違いない。
でも、知ってしまった。その人のことを考えるだけで、どうしようもなく、胸が焦がされるような感情を。
「ヴィンセント様が、大切で、大好きで、愛しくて、仕方ないから」
顔が熱い。耳どころか、体全体までもが茹でられた海老のように赤くなっているのではなかろうか。その熱から逃げるように、水分は瞳へと溜まっていく。
「大切な人と出会わせてくれた精霊に、少しでも恩返しがしたいのです」
「そんなこと言われたら……可愛すぎて何も言えなくなるじゃないですか……」
ヴィンセント様は、堪えきれないというように顔を覆った。そんな反応をしてくれるのがなんだか嬉しくて、自然と口角が上がっていく。
「今なら、抱きしめても大丈夫ですよ」
精霊との約束も切れている。そっと両手を開いてみるが、ヴィンセント様は一向に動かない。なんだか、変な顔をしている。
もしかして、私は何か間違っただろうか。
「……元々こういう性格なのか……? 兄弟似たもの同士だと思っていたが、まさか真逆ということか……フェリクスがああなるのも納得いくというか」
「えっと、ヴィンセント様?」
なにやらぶつぶつと呟いている。人に聞かせる気はないようで、明後日の方向を向いてしまった。それも数秒の事で、私に向き直った時には普通の顔になっていた。
「後で思う存分抱きしめますので。今は仕事をしましょう」
「え? あ、はい、もちろんです」
「私たちのやり取りを見て、随分見方が変わったようですよ」
ヴィンセント様の視線を追うように周囲をぐるりと見回すと、会場に足を踏み入れたときには懐疑的な表情を浮かべていた人々は、少し顔を赤くして見定めるように眺めていた。柔らかい空気になったのは間違いないが、盛大な行き違いがあるように感じてしまうのは気のせいか。
兎にも角にも、こちらが動かない事にはものは進まない。まずは話せる相手を見つけようと、視線を投げてくる人々を吟味する。
「――あ」
見覚えのある人物を見つけた。向こうも気付いたようで、ためらいがちに視線を彷徨わせた後、意を決したように近付いてきた。ありがたいことである。
その令嬢は私たちの目の前までやってくると、深くお辞儀をした。発言を許すとヴィンセント様が声をかけると、頭を下げたまま言葉を継いだ。
「ロイシュタイン公爵、メラレイア伯爵令嬢、この度はご婚約、おめでとうございます」
「……顔を上げてください。お久しぶりですね、えっと」
「ルネシアでございます、メラレイア伯爵令嬢」
丁寧な話し方とは裏腹に、表情はツンとしている。そう、いつかのお茶会で一緒になった、ゴテゴテの扇子を手に持っていたローザリア様の取り巻き一である。あのゴテゴテした扇子は今日はお持ちでないようだ。
「失礼しました、ルネシア様。他の方は?」
「招待されたのは私だけです。招いていただき、ありがとうございます。……あの二人も、もし来ていたら同じ言葉を伝えていたかと」
「フィオナさん、お知り合いですか?」
ヴィンセント様の言葉に、ルネシア様の顔が強ばる。まさか、あのときの事を恨んでいるとでも思っているのか。
「はい、ヴィンセント様。以前お茶会で仲良くしていただいたのです」
「そうでしたか。私の婚約者と仲良くしていただき、ありがとうございます」
「い、いえ! こちらこそ、その……」
美形の笑顔を真正面から受け、なんと言ったらいいか分からないようだった。かくいう私も、思わぬ婚約者宣言に横槍を食らったのだが。赤面している場合ではない。
ルネシア様もすぐに復活したらしく、目を細めて距離を詰めてきた。
「まさか、情けでもかけたつもりですか? 言いたいなら言えばいいじゃない。それくらいのことをしたって分かってるわよ」
「いいえ。だって、ルネシア様も他の方も、私の瞳については全く触れなかったじゃないですか」
罵りたいのなら、まずはそこを突くべきだった。けれど彼女たちは一度たりとも触れることをしなかった。嫌がらせと言うよりは忠告に近かったのだろう。紅茶をかけてきたのは単なる嫌がらせだっただろうが、あれは挑発した私も私なのでおあいこだ。
私の返答は予想外だったのか、愕然とした表情で口をぱくぱくと動かしていた。その後に、真っ赤に染まった。ヴィンセント様の笑顔を向けられたときとは違う、羞恥だ。
「そっ、そんなの……だって、そんなの、ただの個性じゃないの! 罵る理由にはならないじゃない……」
「そうですね」
「べ、別に祝いに来たわけじゃないわ。でも、ローザリア様はおめでとうとおっしゃっていたわ。だから私もそうするだけ」
「はい、ありがとうございます」
「いやな笑顔! それじゃあね! お幸せに‼」
そう言い捨てて、ルネシア様はスカートを翻した。祝う気はないと言いつつ、大きな声で「お幸せに」と叫んだのはわざとだろうか。
「随分と、元気なご令嬢でしたね」
「……そうですね」
自然と笑顔になってしまうのは仕方ないだろう。数少ない私の友人とでもしておこう。
ルネシア様とのやり取りのおかげで、周囲の気を引けたようだ。うずうずと声をかけたそうにしているご令嬢が、先ほどよりも近付いて私たちに熱い視線を投げてくれている。
どうぞ話しかけてくれと言わんばかりに、愛想を振りまく笑顔を浮かべてみる。そうすれば、様子を窺っていたご令嬢たちはパッと顔を輝かせて、いそいそと寄ってきて話しかけてくる。
基本的には賛辞の言葉が多く、嫌みのような事を言ってくる人物はいなかった。ヴィンセント様が隣にいるということもあるだろうが、それにしてもルネシア様含め敵意を向けてくる人はいない。流石は、ユーリア様が厳選した貴族なだけあるのだろうか。
そんなことを考えていると、きらめいた顔がずいっと近付いた。
「おふたりはどうやって結ばれましたの⁉」
そのご令嬢の言葉を皮切りに、水を得た魚のように他のご令嬢も次々に口を開く。待ってましたと言わんばかりだ。
「フェリクス様とヴィンセント様は仲がよろしかったようですからその繋がりで?」
「フィオナ様が一方的にアタックしたのではなくて?」
「ヴィンセント様の一目惚れ……それはないですね」
など様々な憶測が飛び交う。ちょっと最後の人失礼じゃないですか。
さてどう言おうかと、ヴィンセント様と首を傾げ合う。
いくら王家があの書物を開示してくれたからといって、私が精霊を視ることができて、ヴィンセント様がその精霊につかれていた……なんて信じる人は極わずかだろう。下手をしたら、王家と結託して何か企んでいるのでは、と疑われる可能性も出てくる。それよりもまず、精霊の存在を認識してもらうことが先決だろう。やはり、ヴィンセント様の美しさで誤魔化そう作戦はだめだろうか。
ふと、目の前に星空が広がった。
『おまじないとか言い伝えって、なんの信憑性もないのに不思議と信じてしまいたくなるのよね』
星祭りの時に出会った、女性の言葉が頭に流れる。
──あぁ、そうか。
信憑性があるとかないとか、そんなものはどうでもよくて。きっと、自分が信じたいか信じたくないかを基準にするのだ。
わくわくと目を輝かせるご令嬢方。それならば、取っておきの「おまじない」を教えてあげようじゃないか。私が実証済みの、効果は抜群のおまじない。……彼女達がそれを実行できるかどうかは別として。
私は姿勢を正して、ニッコリと微笑んだ。
この紫の瞳も、視界のあちらこちらに映る黒い精霊も、もう何も引け目を感じることはないのだから。ユーリア様が作ってくれた環境を、最大限に利用させてもらおう。
「ここだけの、お話なんですけどね――――」
◆
そうして、発表当初はやや敬遠されていた『歴史書』は、恋に恋する令嬢を初めとして『精霊信仰の御加護がある』という人から人への伝達で、瞬く間に広まることになったのだ。
風の噂によると、ローザリア様も一枚噛んでくれたとかなんとか。きっとこれが、彼女の言う『逆転劇』なのだろう。最初から最後までお世話になってしまっている気がするので、どこかのタイミングで是非お礼をさせていただきたい。
そう心に決めながら、私は隣に立つヴィンセント様の手元を覗き込んだ。ユーリア様からの手紙だ。『歴史書』の扱いについて事細かに書かれている。
「これで少しは、精霊たちも報われるでしょうか」
あの本に書いてあるような、精霊がまた見えるようになるほどの信仰心はもう生まれることはないと思う。信仰心を持ってもらって、皆が精霊を見れるようになればいいと考えて本の公表をお願いしたわけではない。
精霊の存在を信じる人は信じればいいと思うし、信じない人は信じなくていいと思う。ただ、精霊はいるかもしれないと思ってもらえるだけでも変わってくるだろう。こんな真っ黒な存在が精霊だなんて夢が崩されてしまうかもしれないし、ね。まぁ、見慣れてくればかわいいものだけれど。
紫の瞳を持つ者は精霊を視ることができるという部分は、少し変えて『紫の色を持つ者は精霊の力を受けやすい』というように意訳してもらった。嘘はついていないし、精霊を視ることができるなんて知らなくたっていい事だと思うのだ。あくまでも、紫の瞳は不吉なものでは無いということを知ってもらえればいい。
紫の瞳を持つというだけで、家族から捨てられてしまったり友人の出来ないような悲しい思いをする人が少なくなれば、それでいい。
「きっと、少しずつかもしれませんが、変わっていきますよ」
「はい」
おまじないを信じる者が増え、成就する者が増えたら、信仰という形に変化したら。このおまじないは言い伝えへと変わり、「歴史」として刻まれるのだろうか。
遠い遠い未来のことなんて、私には分かるはずもない。その未来で暮らす人々に託すしかないだろう。
「ヴィンセント様、私は今、とても幸せです」
ただひとつだけ言えるのは、これはおまじないや言い伝えなどではなく、確かに存在していた物語である。
これにて完結となります!最後までお付き合いいただきありがとうございます。
初めての投稿作品で、途中更新が停滞してしまったにもかかわらず、多くの方の目に止めていただき大変嬉しく思っております。
書籍のほうも、かなりの手直しを入れておりますので、また新しいフィオナとヴィンセントを楽しんでいただけるかと思います。(フェリクスも出てきます。)
また、こちらとは雰囲気打って変わりますが新連載も始める予定ですので、
よろしければお付き合いください。(来週あたりから考えてます。)
では、ここまで読んでいただき本当にありがとうございました!




