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33、幸せの紫

 それからほどなくして、ユーリア様から『書物を公開することにした』との連絡があった。


「どういう心境のご変化で?」

「やだなぁ。最初から僕は、公表しないとは言っていなかったよ」


 よくもまぁ、とは思うが、確かにユーリア様は『公表しない』とは言っていない。公表する気はあまりない寄りの『考える』と言ったのだ。

 結果的には、私の望んだとおりになったのでいいのだけれど。


「まぁ、そうだね……。実を言うと、ヴィンセントの体調さえなんとかなればそれでおしまいでよかったんだけど」


 ユーリア様は視線を宙へ彷徨わせ、戻ってくる。


「話を聞く限りは、精霊は人間に対してノータッチなんだろう? それがもし、お互いに干渉できるようになったら? 精霊が出来るのは些事なことかもしれないけど、それだって人知を超えた力に違いはない。上手いこと、持ちつ持たれつの関係に出来ればきっとより良い生活が送れるようになると思うんだ」

「それは……」


持ちつ持たれつ。人間にとってもメリットがあり、精霊にとってもメリットがある、そんな関係をユーリア様は想像しているのだろう。

精霊の姿が見えない人間がほんどを占める中、それはかなり難易度が高いと思う。しかし、決して不可能な事でもないのだ。

一番近いのは、ローザリア様が行方不明になったとき。

私は、ローザリア様を探しだしたかった。一方精霊は、私に邪魔されることなくヴィンセント様の側にいたかった。

このメリットが一致したから、お互いの交渉成立となったのだ。


「その為には、圧倒的に情報が足りないからね」


今の時点で、人間から精霊に与えられるものは何もない。

もしも様々な場所から情報が集まり、精霊の生体や意思疎通の図り方などが分かるようになれば。

これがもしも、沢山の人が可能になったら。


それこそ私の望んでいた、過去と同じ――いや、それ以上の関係性を築いていけるのではないか。完璧な共存である。


「ちなみに、僕がやるのはここまでだ。信じるのも信じないのも国民の自由だからね」

「それはそうですが……では一体どうなさるおつもりで」


そこまで言いかけて、ヴィンセント様が言葉を飲んだ。言ってはいけない言葉を放ってしまったと後悔しているようだ。

恐らく、目の前の人物が不気味に口角を上げていることに気付いたからだろう。


王太子に対して失礼かもしれないが、なんだかろくなことにならない気がする。ヴィンセント様もそれを感じ取って、口を閉ざしたに違いない。


「その為に君たちを呼んだんじゃないか。王家は最古の歴史書を発見し、公表するに至った。その書物について、公表する以前からロイシュタイン公爵家が絡んでいた可能性は否定しない」

「はぁ……」

「あれ? 二人とも、浮かない顔だね。つまり、こういう事だよ」


 こんなに楽しいことはないというような笑顔を浮かべたユーリア様は、机の真ん中に真っ白な紙――手紙だろうか――を滑らすように置いた。

私たちは顔を見合わせたあと、恐る恐るそれを覗き込む。


「君たち二人の婚約パーティーを用意したんだ。それなりに発言力のある貴族を多く呼んである。そこでこう、上手いことやって欲しいな」

「上手いことって……また殿下は無茶をおっしゃる」

「え、気にするところ、そこなんですか? そもそも婚約パーティーがおかしくないですか?」


 真っ当な質問だったと思うのだが、二人の反応からして不正解だったらしい。全くもってなにが不正解なのかは分からないが。私は「えーと」と声を詰まらせる。

 必死に笑いを噛み殺すユーリア様と、何故か一人納得をするヴィンセント様。まさか二人からのいたずらか何かだったのだろうか。


「なるほど。確かにきちんとは言葉にしていませんでしたね」

「見かけによらず先っ走るよねぇ」


 やはり全く分からない。目を白黒させていると、ユーリア様は立ち上がってしまう。これ以上は付き合ってられるかと、呆れた表情を浮かべているように見えるのは気のせいか。


「あとは君たちの仕事だ。僕がここまでやってやったんだから、ヘマはしないように。この部屋をしばらく貸してあげるから作戦会議でもしたらいい」


 それじゃあ、と片手を上げて、ユーリア様は部屋を出て行ってしまい、私とヴィンセント様の二人が残されてしまう。作戦会議か、そうか。


「フィオナ嬢」

「はい! えっと、どうしましょうか?」


 パーティーでの作戦会議の事で頭が埋まっていた私は、名前を呼ばれて元気よく返事をする。まさかヴィンセント様は、もう何かいいアイディアでも浮かんだのだろうか。流石である。


 そう思ったのだが、ぱちくりと目を瞬いているあたり、私の予想は違っていたらしい。なんだか恥ずかしい。肩をすくめると、ヴィンセント様はやや緊張したような面持ちで立ち上がった。その動きをきょとんと目で追うしかない私の横に、まるで王子様のように跪いた。


 ――何事⁉


 慌てて立ち上がろうとした私よりも、ヴィンセント様の方が早かった。右手が掬い取られている。


「本当は、もう少しロマンチックな場所でしたかったのですが」


 一体何の話なのか。誰もがその視線を一身に受けたいと願う美しい瞳が、今私だけを映している。心臓が大きく打つのは、自然の摂理だと思う。

身体を固くする私を安心させるように、ふわりと微笑んだ。そして、薬指に冷たい感触。驚いて視線を下ろせば、私の薬指には豆粒ほどの深い深い紫色の宝石が光っていた。指輪だ。


「これ――」

「きちんと伝えていなかったので。フィオナさん、これからも、どうか私の隣にいてください。必ず、幸せにします。受け取っていただけますか?」


 指の上に鎮座した私の瞳と同じ色の宝石が、シャンデリアの光を取り込んで煌々と輝く。この指輪の意味が分からないほど、私は馬鹿ではない。大嫌いだったはずの紫色が、こんなにも美しく見えるものか。

 目一杯の笑顔で、両手を広げてヴィンセント様に抱きついた。


 答えはもちろん――


「喜んで……!」



次回、最終話になります。

更新は、12月25日です。(特にクリスマスとは関係ない話ですが、なんとなく)

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