31、和解
誘導尋問というにはあまりにも確信めいた問いに、図らずも身体はギクリと揺れてしまう。
それを見たローザリア様の笑みは深くなった。悲愴でも怒りでもない、「ほらね、やっぱり」と言い当てたことを喜んでいるような笑みだ。
「私はね、私の事を愛してくれる人と結婚したいの」
「えっと……?」
「ヴィンセント様が私のことを愛してくれているならこのままでもよかったのだけれど、子供の頃遊んだ場所すら絞り出せないなんて薄情にもほどがあるわ」
ローザリア様は、風でなびいた髪を片手で払った。
「お父様とお母様はなんとしてでもヴィンセント様と結婚させたいらしいのだけれど、お互いに気持ちもないのにそこまで縋る必要はあるのかしらって」
「気持ちがない……のですか?」
「そうよ? ヴィンセント様はもちろんだけれど、私だってあの方に気持ちがあるわけではないの。私は殿方に人気があるし、愛してくれる方だってたくさんいるのに、愛してくれない人にこだわる理由はあって?」
その言葉に、嘘はない。花畑の中で妖精のように微笑むローザリア様は、彼女の言う通り引く手あまただろう。
またしても、噂に踊らされたということか。
とにもかくにも、ローザリア様はヴィンセント様との結婚をそこまで望んでいるわけではないということは理解出来た。ヴィンセント様の気持ちはまだ分からないけれど。
出来ることなら――出来ることなら、なに?
「あなた、ヴィンセント様のこと好きでしょう」
全くの無防備の状態に、突如飛んできた鋭い矢が突き刺さる。
「なんっ……」
とうとう言い当てられてしまい、顔に熱が集まるのが分かった。どうか、後ろにいるヴィンセント様には聞こえませんように、と心の中で祈る。
ローザリア様は、私の反応を見てコロリと笑った。
「あら、当たり?」
「カマかけたんですか⁉」
「社交界なんてそんなもんよ。でも、そう……」
目を伏せ、その目を開いて私を真っ直ぐに見つめた。
そして、申し訳なさそうに眉を下げる。
「お茶会では、試すような真似をしてごめんなさいね」
「い、いいえ。気にしておりません。ヴィンセント様が幸せになるのが一番ですし、それに」
突然飛んだ話題にややたじろぐが、お喋りはおしまいということだろう。ならば私も、同様に合わせるべきか。
言いかけた口を噤んで、きっとこれを言ってもローザリア様は怒らないという確信の元、また口を開いた。
「どんなお茶会であれ、誘っていただけて嬉しかったです」
ローザリア様は一度、ぱちくりと瞬きをした。そして、弾けるように笑い出す。
先ほどまでの侯爵令嬢然とした雰囲気ではない。彼女も普通の女の子なんだと感じさせられる反応に、ただただ驚くことしか出来ない。
しかし、パーティドレスのまま馬に乗って屋敷を抜け出したりするくらい驚きの行動をするお方だ。普段見ている姿と本当の姿はまた違うのかもしれない。
「ふっ……はは、あははは! 何されるか分かっているお茶会に誘われて嬉しいだなんて……っ! 貴女、相当変わってるわよ!」
それくらいでないと、ヴィンセント様の隣になんて到底居られないかしらね。と、独り言のように呟いた。
「……あの体質は、治ることがないと思ってたの。でも、貴方が現れた途端に見違えるように回復していったのには驚いたわ。今回だって、誰にも分からない場所だと思っていたのに貴方が一番に見つけた。……不思議な力でも持っているのかしらね」
「いえ……」
「その紫の瞳、とても珍しいでしょう」
「そう、ですね。不吉なものだと」
突然に自分のコンプレックスを指摘され、無意識に視線が下がる。
そんな私の反応を気にする様子もなく、ローザリア様は前だけを向いていた。
「珍しいから不吉、ねぇ。何処かの国では、紫の瞳は珍しいが故に高貴なものとして扱われることもあるんですって」
「え?」
「珍しいものには不思議な力が宿っている……そんな考えから、不吉なものを呼ぶだとか、上に立つべき者の証だとか言われているんじゃないかしら」
「不思議な力……」
あながち間違ってはいない。精霊を視ることが出来るのは、不思議な力と言って過言ないだろう。
しかし今ひとつ、ローザリア様の言いたいことが分からない。
少なくとも、紫色のこの瞳を侮辱しようとしているようには感じないけれど。そのつもりもないはずだ、多分。
「珍しいものをどう扱うかなんて、所詮は独自の文化に過ぎないってこと」
今度は私がぱちくりと目を瞬き息を飲む番だった。
ローザリア様は私の反応に満足したのか、振り返ってニヤリと口角を上げる。
「それに、不吉だなんだと言われているものが逆転していくのを見てみたい気持ちもあるのよ」
「逆転」
「さあ、その逆転劇を見るために、私も一芝居打たないとね」
「一芝居」
何かを企んでいるように、目の前の緑青の瞳が細められる。
わけの分からないままその言葉を復唱してみると、ローザリア様は両手で口をおさえて楽しそうに笑った。
「気にしないでちょうだい。いい加減戻らないとお父様とお母様が困ってしまうし、あなたの王子様も待ちくたびれているようですし」
そうして白銀のドレスの裾をふわりと浮かせて、ヴィンセント様の待つ方へと足を進めていく。
彼女の中にどのような感情の動きがあったのか分からないが、ピンと背筋を伸ばして何の迷いもなく歩く姿が、とても輝いて見えた。ローザリア様は、間違いなく誰もが憧れるような令嬢の鏡だと思わせられるのだ。
そして、私はローザリア様の馬に乗せてもらい、ヴィンセント様は犬型の精霊とともに侯爵邸へと戻ると、玄関ホールで侯爵夫妻がウロウロと落ち着きなく待っていた。ヴィンセント様に連れられたローザリア様を視界に入れるなり、ほっとしたような表情と喜びの表情を浮かべて駆け寄ってくる。
「あぁ、無事だったのね! 公爵閣下、娘がご迷惑をおかけして本当に申し訳ございませんでした。探し出していただき、なんとお礼を言ったらいいか……」
「いえ……」
ヴィンセント様は、困ったような表情を浮かべて私を見た。おそらく、言うべきかどうか悩んでいるのだろう。
私は小さく何度も首を振る。これは、ヴィンセント様が見つけ出したということにしてよいと思う。実際に探し出してくれたのは犬型の精霊であるし、そこまでたどり着くための馬を出してくれたのは彼だ。あくまでもその橋渡しをしただけで、私が見つけ出したなどと豪語出来ないし、侯爵夫妻も納得しないだろう。
ここは、ヴィンセント様が探し出したとしておいた方がおさまりが良い。
(誤魔化せないとしたら――)
侯爵夫妻の横に控えた女性に視線を移した。
ローザリア様は、ヴィンセント様が見つけたわけではないと知っているはずだ。彼女が何か言ってしまえば、私が変な令嬢であるということをさらに印象付けることが出来るはずだが。
顎に手を充て、ただ静かにこの様子を眺めているだけだった。
「お疲れでしょう。あまり時間はありませんが、少しでもお休みになってください。こちらへどうぞ」
夫人は思い出したように、近くの部屋へと促す。
完全にヴィンセント様にしか向いていない動きにどうしようかとその様子を眺めていたが、ローザリア様が声をかけてくださる。付いていくのも気まずいが、かといってあの場に残されても困るので、結局一緒することになった。
ひとつのテーブルを、侯爵夫妻、ローザリア様、ヴィンセント様、私という、なんとも言い難い組み合わせで囲む。着席してすぐさま紅茶が用意されたが、ここまで楽しむ余裕のないお茶というのもなかなか経験出来ないだろう。香りからしても、いい茶葉を使っているはずなのに、どうしても手を伸ばすことができない。
ローザリア様だけは、優雅にその紅茶を口にしているが。
せっかく出していただいたのだから飲みたいと思う気持ちと、空気を読んで硬直しているべきか葛藤していると、ヴィンセント様が徐に口を開いた。
「パーティーの前に、お話しておきたいことがあります」
この空気の中でも発言をすれば締まるような、ヴィンセント様は紛れもない公爵閣下なのだと身をもって分からせられる瞬間だった。
私も侯爵夫妻も、ローザリア様も、口を引き結んでヴィンセント様に注目をする。
「以前からお話に上がっていた、ローザリア嬢との婚約の話についてですが――」
ヴィンセント様はちらりと私を見た。
なぜ、私を見るのだろうか。この件に関して、私が連れてこられた理由も不明なままだ。
「書簡でも申し上げた通り、お断りさせていただきたいのです」
私の耳は、いつからおかしくなったのだろうか。
書簡? もう既に、何かしらの形で断りの連絡を入れていたということ?
寸刻の沈黙を破ったのは、侯爵夫人だった。
「まさか、そのおん……メラレイア伯爵令嬢が関係してるなどと、おっしゃりませんよね……?」
おかしくなったのは、私の耳だけではなかったらしい。それとも耳が悪いのではなく、まさか本当にヴィンセント様が放った言葉だったのだろうか。
侯爵夫人はわなわなと唇を震わせ、込み上げてくる怒りを必死に抑えているようだ。
ヴィンセント様は肯定も否定も口にしなかったが、つまりそういうことなのだろう。アデレイド侯爵夫妻も、ロイシュタイン公爵の意のある所を汲み取ったらしかった。
どちらかが口を開けば均衡が崩れてしまいそうな空気感で、それを破ったのは甲高い透き通った声だった。
「全くその通りですわ、お父様、お母様! まさか私を、他の女に懸想しているような男と結婚させようだなんて思ってませんよね?」
「ろ、ローザリア……? でもお前、ヴィンセント様と」
「私が? 彼に? まさか……! 私はお父様とお母様のような恋愛結婚をしたいのです」
胸に手を当て、やや俯き加減に目を潤ませる。
ローザリア様の表情はコロコロと変わり、思わず惹き込まれてしまう。これが彼女の言う、『一芝居』だろうか。だとしたら、文句の付けようがない、完璧な女優である。
侯爵夫妻は、そんな娘の言葉と表情に驚きを隠せないようだった。夫妻で目を合わせたあと、わっとローザリア様を抱いた。
「ごめんね、ローザリア……。私は貴女が公爵閣下と一緒になることが幸せになれることだと思ってたのよ。貴女の気持ちも考えず……」
「公爵閣下、ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。どうか、ローザリアとの婚約の話はなかったことに」
「えぇ、それは、はい」
親子の感動の和解の瞬間だったのだろうか。
ヴィンセント様は、釈然としない表情でその様子を眺めていた。




