2、招待状
「フィー!フィオナ!!」
小鳥達がさえずりを始める気持ちのいい朝。
いつもは聞かないお兄さまの、叫びにも近い私の名を呼ぶ声がする。
うるさいなぁ…と、その声を遮るように布団を頭まで被る。
「お前!何したんだ!!」
あろう事か、入室の許可なく部屋の扉が勢いよく音を立てて開けられた。侍女よ、止めてくれなかったのか。
仕方なく布団から頭半分だけ出して、凄い形相をしているお兄さまを見る。
「お兄さま、家族とはいえレディの部屋よ。無許可で入るのは如何なものかと思うわ」
「む?確かにそうだな…すまな…違う!そんな話をしてる場合じゃないんだ!」
1人でノリツッコミをしたかと思うと、そのままツカツカとベッドまで寄ってきて私の布団を思い切り剥いだ。
ちょっと!なにするの!!
布団を剥いだお兄さまを恨みがましく見るが、それに対抗するようにお兄さまも私を睨んでくる。
「もう一度聞くぞ、フィー。お前は、ヴィンセント様に、何をした?」
言い聞かせるように、しかし叱るように、ゆっくりと低い声で私に問いかける。
「ヴィンセント様?何もしてな……」
そこで私の言葉ははたと止まる。
ヴィンセント様?それは、ヴィンセント・ロイシュタイン様のことか?
彼と関わったのは、数日前の夜会のほんの一瞬で…。
お兄さまは、じとりと私を見下ろしながら懐から綺麗な封筒を取り出した。
それはもう、伯爵家より格上の方達が使うような真っ白で、だけれど端々にお花の箔押しがされた綺麗な封筒。
「…ヴィンセント・ロイシュタイン様から、夜会の招待状がお前と俺に届いてる」
「へぇ、ロイシュタイン様から夜会の招待状…は?……なぜ!?」
お兄さまの言葉を復唱し、意味を理解した私は覚醒する。
あのロイシュタイン公爵家から、夜会の招待状が来ただと?
というのも貴族主催の夜会は、基本的に昔から付き合いがある家や、爵位の近い家を誘うことが多い。
しかしロイシュタイン公爵家主催のパーティーは、付き合いや爵位などは関係なく、ロイシュタイン様が認めた優秀な者を誘うのだという、貴族の間では専ら有名な噂である。
美女を送り込もうが、金を積んで招待を打診しようがばっさり断られる。逆に、爵位の低い男爵家でも優秀と認められれば招待を受けることが出来る。つまりロイシュタイン公爵家のパーティーに誘われるということは貴族の中で非常に名誉なことなのだ。
さて、ではメラレイア伯爵家はどうか。
伯爵家の中でもまぁ中の上くらいにはいるかな、という立ち位置。優秀かと問われれば、不出来ではないがロイシュタイン家主催の夜会に誘われるほど素晴らしい功績は残していない。
そういうことだ。
「まぁ、俺はヴィンセント様とはそれなりに?そこそこ?仲良くさせて貰っていると思うが?
まだ夜会に招待されるほどではないはずだ!」
言い方がなんか癇に障るが、要約すると手応えはないということだろう。
お兄さまはロイシュタイン様と歳が近く、夜会などの集まりで会話をすることが多いとよく自慢している。
が、話を聞く限りお兄さまの一方通行片思いなんだろうなぁというのは想像にかたくない。
「「………………」」
無言で見つめ合う。
言いたいことはお互い同じだろう。
直近でロイシュタイン様と関わったのは私。この招待状は私に宛てられている可能性が高い。
しかし、あの一瞬の出来事でロイシュタイン様に認められるような功績を残した可能性はゼロに近い。
つまり……
「フィー、知ってるか?先代のロイシュタイン公爵家では、とある貴族が公爵様を冒涜したとして、夜会で公開断罪を受けたという噂がある」
怖いこと言わないで欲しい。
「で、でもほら、ロイシュタイン様って婚約者もいない独身でしょ?見初められたってことも…」
「フィー、知ってるか?ロイシュタイン様はあの美貌。美女なんて囲い放題だし、なんなら王女様ですら色目を使っているらしい。しかしフィーの言うように婚約者はいないし結婚もしていない。
それにもし、万が一、見初められたとしたら夜会から数日も空いてから来るか?」
だから怖いこと言わないで欲しい。
「ないとは思うが一応聞いておく。ヴィンセント様相手に、フィーお得意の何かついてますよ、は言ってないよな?」
「い、言ってはいない」
「………けど?」
お兄さまの視線が痛い。
続きを聞きたいような聞きたくないような声色で、答えを促される。その視線に負けて、ぼそっと呟く。
「ロイシュタイン様からご挨拶頂いたのに後ずさって目を合わせなかったり、ダンスも誘って頂いたのによそ見してました……」
いくら人ならざるモノに慣れたからといって、あれだけのモノがついてたら、どう足掻いても凝視してしまう。
お兄さまだって、パーティー会場にいきなり猿山が現れたら絶対見ちゃうでしょ。しかもその猿山が自分に向かってきたら後ずさるでしょ。それと同じよ。とは口に出さないけれど。
深い深いため息が2人から零れる。
決まったようなものだった。
「家族以外と接する時は気を付けろと、あれほど言ったじゃないか…!」
「で、でも!お兄さまの言う通り私の行為に対して怒っているならば、私だけ招待したらよろしいじゃないですか!!」
「考えてみろ。いくら無礼を働いたからって、女性1人を追及したら外聞悪いだろうが」
今度こそ私達は撃沈した。
そんなことで怒るような人には見えなかったんだけどな…。
だがお兄さまの言う通り、夜会に招待される程見初められるようなこともしていない。
「そういえば、お父様とお母様は何をしているの?」
ふと、この招待状に対してお兄さましか騒いでいないことに気付く。
お父さまとお母さまの焦った声は聞こえない。案外、騒いでいるのはお兄さまだけで、両親はなんでもないように感じているのかもしれない。
「……あまりのショックで、1階の広間で頭を抱えたまま動かないでいるよ」
重症だった。
お兄さまがおります。
※補足
家族はフィオナの視えるに対して「また何か変なこと言ってるよー」程度の認識です。本当に視えているとは思ってません。