24、交渉
目の前には、恐ろしいほどに素敵な笑顔を浮かべた美しい青年と、大変見覚えのある紙がひらひらと揺れている。私の代弁者だ。
「で、この手紙の意味を聞きたいな」
「そのままの意味でございます」
場所は王城。精霊の話を聞いた時と同じ部屋、同じソファ、同じく目の前にユーリア様。違うことと言えば、ヴィンセント様とグレイス様がいないということくらい。
ユーリア様は、この状況を作り上げる原因となった私の手紙を、右手の人差し指と親指で挟んでぴらぴらと振る。胸を締め付けられる思いで書きあげた手紙なので、もっと大事に扱って頂きたい。
そんな思いは通じるはずもなく、二本の指で挟んだまま、文字が書いてある面を私に向ける。「早く説明しろ」ということだろう。元々、この手紙だけで理解して貰えるなんて思っていない。
気付かれないように机の下でぎゅっと握り拳を作り、ふ、と吐息を零した。大丈夫、私は出来る子。
「もしもヴィンセント様のお身体が完全に改善しないうちに、どなたかと婚約若しくは結婚することになれば、私の存在は不自然です。
信じる信じないは別にして、さわりだけでも知っておいて頂いた方がよろしいかと」
手紙の内容はもちろん、今後のヴィンセント様と私の立場に関してである。ヴィンセント様のためにも、なんとか精霊について王家から公表してくれないか、ざっくり纏めるとそんな感じのことをつらつらと書き記した。
私は真面目に考えて、考え抜いてのことだったのだが、なぜかユーリア様は奇怪なものでも見るかのような表情を私に向けてくる。
そんなに難しいことを言ってはいないはずなのに。
「ヴィンセントがそんなことを望んでいると?」
「ヴィンセント様のためだけではありません。まだ人間を見捨てないでくれている精霊のためにも、私たちと同じように苦しむ人のためにも」
視える私だから分かる。精霊はまだ人間と共にあろうとしてくれている。守ろうとしてくれた犬も、手紙の所まで案内してくれた小人も。何らかの形で、人間のために動こうとして、力になろうとしている。
(·····小人に関しては、ただ単に嫌がらせをしたかっただけかもしれないけれど)
それに加え、精霊が視える人はこの世に、もしかしたらこの国にもまだまだいるだろう。その人たちもきっと、他の人とは違うばかりに苦しんでいる。少しでも、この黒いモノの存在が知れたら。
違う。そんなのは綺麗事、言い訳だ。
私は、ヴィンセント様のために出来ることを出来る限りしたいのだ。夢を見せてくれた恩返しがしたい。
精霊のことを公表すれば、もしかしたら何か知っている人が情報をくれるかもしれない。探り探りの私達の状態に、打開策が見つかるかもしれない。ヴィンセント様が、普通に生活ができるようになるかもしれない。
その未来、点が集まって線になるように、最終的には私達のように苦しむ人の助けになるかもしれない。
全て、かもしれないの夢物語だけれど。
王太子を巻き込むのも如何なものかと思うが、この問題を解決するには王家が持っているあの書物が必要になってくる。王家がそれを公表する必要がないと言ってしまえばそれまでで、私にどうこうできる決定権はない。
かといって、こんな小娘ひとりが何か言ったところで誰も信用してくれるはずがない。国のトップ──王家の者──が発言して漸く、信憑性の可否を審議するようなスタートラインに立てるのだ。
私だって、王太子であるユーリア様が精霊だと言ったから、想像とは似ても似つかないあの人ならざるモノを精霊だと判断するに至ったに過ぎない。視えている私ですらそんな判断なのだから、視えない人ならば御伽噺でも聴くように流してしまうだろう。
「最古の歴史書だとだけでも公表していただきたいのです。正しい歴史を国民に伝えるのも、必要ではないでしょうか」
ユーリア様は、ただ静かに、私の心の奥底を見透かすように、じっと話を聞いている。
お忙しい王太子が、こんな小娘の話に聞く姿勢を取ってくれているだけでも有り難い。
「後世に伝える必要はない······そうやって判断して今日まで繰り返してきて、それでもヴィンセント様やグレイス様、私にはその書物の情報が必要でした。
今、また公表する必要はないと判断したとしてその未来、ヴィンセント様のような人が生まれても今度こそ何も手立てがなくなるかもしれません」
以前、ヴィンセント様が仰っていたことを忘れたわけではない。
『有益な情報が集まる可能性もありますが、同時に不利益な情報も出回る可能性があります。国民全体に公表するというコストをかけるには、リスクがあまりにも高すぎますから』
確かにその通りである。
ただ、リスクを恐れて真実を隠すことで、何になる。生まれるものは何もなく、失われるものばかりになってしまうではないか。
「情報が必要か必要でないか、真実か真実でないかを判断するのは、人それぞれだと思うのです。必要な人は拾い、必要でない人は捨てるでしょう。
リスクが高いのは重々承知しておりますが、どうか、お考えいただけないでしょうか」
スピーチ原稿を読むように坦々と言い切る。そうでないと、私の心臓は持たなくなってしまう。
一介の伯爵令嬢が王太子殿下に依頼なんて、下手したら不敬罪だ。それでも、視える者のみが感じなければならない苦痛を、ユーリア様が教えてくださった書物の有り難さを、私がどれだけ救われたかを、伝えたかった。
今の今まで黙って聞いていたユーリア様は腕を組み、人差し指で腕をタンと一回叩いた。私を見遣る瞳は鋭い。
「フィオナ嬢はそれでいいの?」
「え?」
思わぬ言葉に、首を傾げる。
それでいい、とはなんだろう。いいと思ったから、王太子殿下に手紙まで書いて、不敬覚悟でお話をさせていただいたというのに。
ヴィンセント様も救われて、私の知らぬ所で同じように困っている人も救われて、結果万々歳なのではないのか。
私にとっての良くないことなんて、思い浮かばないけれど。
「驚いた。自覚ないんだ」
驚いたと言う割に、全然驚いているように見えないのは何故だろう。どちらかと言えば、面白い遊びを思いついた子供のような無邪気な笑顔を浮かべている。
「精霊について知っているのは、今現在で僕とヴィンセントとグレイスと君の四人しかいない。
君の言うように、文献を公表して、例えば精霊の存在が受け入れられるようになって、研究が進むとする。
そうなれば、唯一だった君の存在の意義はなくなる。ヴィンセントの隣に必ずしも君がいる必要はなくなるんだよ」
何を言われたのか、意味を噛み砕いて理解するより先に、ユーリア様は悲しそうに目を伏せた。
「·····君は、今まで沢山の苦労をしてきたのだろうね。もう少し、自分の欲に忠実になってもいいと思うんだけど」
「仰っている意味がよく·····」
「君のその自己犠牲の精神には恐れ入ったって話だよ」
さっぱり分からない。
ただ、もう言うことは言い切ったのか、これ以上話す気はないようで、相変わらずの笑顔で話を切られる。
「わかった。とにかくあの文献については、もう一度よく考えてみるよ」
必ず、という約束は出来ないが。とユーリア様は付け加える。
一介の伯爵令嬢のお願いを聞くための建前が必要だったのか、心からそう思っての発言だったのかは神のみぞ知る、だろう。けれど間違いなく、ユーリア様の言葉は私の心に深く深く突き刺さった。
可視化できるなら、大出血での瀕死状態だ。
こんな私でも、ヴィンセント様の助けになれることがあるならばと思っていた。けれどあくまで、どんな形であれ、どれほど間隔が開こうが、精霊を遠ざけることができるのは私だけ。私はそのために、ヴィンセント様の隣にいることができるのだと、当然のように思っていたのかもしれない。
だからこそ、もしヴィンセント様に婚約者ができたら状況説明をして隣に置いていただく必要があると思った。書物を公表して精霊の存在が知れれば、もっと精霊について知ることができて、今のように触れてなければならない間隔が開けばヴィンセント様は普通に『近い』 生活ができるようになると思っていた。
全部、ヴィンセント様の隣にいる未来しか見ていなかったのだ。まさか、私のこの力が必要なくなるなんて考えには、まるで至っていなかった。
いつの間にか、憎んでいたはずのこの力は、私だけの特別なものだと、信じて疑わなかったのだ。あまりにも嘆かわしいことだ。
呆然とする私に、ユーリア様は手を叩いた。これで終わりという合図だろう。
「どうするか決まったらこちらから連絡しよう」
「ありがとうございます」
その言葉に、頷くことしかできない。
退室を促されるのかと思ったが、ユーリア様は何かを思い出すように視線を仰いだ。
お久しぶりです。
これから一週間に一回くらいのペースで上げていきたいなぁと思ってます。
最後までお付き合いいただけたら幸いです。




