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21、前夜祭



到底自分の部屋とは思えないような、豪華で広い室内に置かれた机に肘をつき、もう片方の手で2枚綴りの紙を持つ。

その紙の上に等間隔で文字を象る黒いインクに視線を滑らせていた。


おおよそ男性が書いたとは思われないような形の整った文字だが、反して内容はなかなかに酷い。

文字は人を表すとはよく言ったものだと思う。彼こそ、その言葉を体現している希少な人間ではないだろうか。

見た目だけは巷の令嬢を虜にする紳士であるが、内面は完璧公爵様に心を奪われ追いかける(ちょっと難ありの)少年なのだから。

令嬢方もドン引き案件である。


最初の二行に、体面を保つ程度に私への心配の言葉が並べられたあとは、ヴィンセント様についてのことのみが最後までぎっしりと書かれている。よくもまぁこんなに思いつくものだとは思う。

兄なのだから、もう少し私のことを気にかけてくれてもいいのではないか。

ヴィンセント様のお身体のこととか精霊のこととか文献のこととか、公爵邸に来てからは今までの生活と打って変わって洪水のような日々なのに。



そもそも、私に触れた時と精霊に触れた時の感覚が同じってどういうことなのだろう。

ユーリア様とお話をした時、私の霊力がヴィンセント様の霊力に何らかの影響を与えているのではないかと考察したが、もしかしたらあながち間違っていないのかもしれない。どちらかと言えば、そう考えた方が辻褄は合う。


精霊の力という程なのだから、精霊は霊力の塊のようなものだろう。私の霊力がヴィンセント様に何らかの形で影響を与えているのならば、同じく霊力を持つ精霊だって似たような現象が起こっている可能性が大いにある。

私に触れた時と精霊に触れた時の感覚が同じということにも納得が行く。


そこまで考えて、止めた。

物凄く見当違いなことに思考を飛ばしてしまっているのではないか。如何せん、このような推理みたいなことには慣れていない。

もう少し落ち着いて、まずはパズルのピース集めをして行かなければ。



一旦、何も考えなくていいお兄様のお手紙に戻ろう。お兄様が嫉妬で狂うくらい、ヴィンセント様のことをありったけ書いてあげてもいいかもしれない。

返事を書こうとしたところで、そういえばレターセットが切れていたことに気付く。

仕方がない。タイミングを見計らって街へ買い物に行くか、公爵邸に余っているものがあればいただくことにしよう。できるだけ普通のもので。


さてどちらにしようかと立ち上がったところで、ふと扉の外に耳を傾ける。



(騒がしいな······?)



こちらに来てからはあまり聞き慣れない、ザワザワとした騒がしさが流れてくる。常に静かな、落ち着いた雰囲気のある公爵邸だったので、もしかしたら外では普通ではないことが起こっているのかもしれない。

表面上は行儀見習いとして働いている身として、そんな一大事かもしれない時に、のんびりと兄からの狂気的な手紙へ苦笑いを零している場合ではない。優秀な使用人ばかりであるため、私が役に立てることは少ないかもしれないが、それでも数としては足しになるだろう。


手紙を封筒に戻し、引き出しの中に仕舞う。

そしてちょっと気合いを入れて、部屋から廊下に繋がる扉を開いた。

そこには殺伐とした表情をした使用人達が······なんてことはなく。いつも通り、それよりかは心做しか明るい雰囲気を纏っていた。

あまり使用人の方とお話するということは無いのだが、勇気を振り絞って近くを通った人に声をかけてみることにした。


「あの、何かあったのですか?」


扉から身体をぬっと出して、後ろ手に閉める。

同年代くらいであろう女性は、私のいきなりの登場に驚いた様子もなく、忙しなく動かしていた足を止めて僅かに私の方に足を向けた。

表情は動かず、いかにも仕事中だという姿勢が流石である。


「もうすぐ星祭りが開催される時期ですので、その準備をしております」


「星祭り···?」


聞き慣れないお祭りの名前に首を傾げると、彼女は信じられないというように軽く鼻を鳴らした。先程の登場には微動だにしなかったのに

···、そんなに有名なお祭りなのだろうか。

そのまま呆れて去ってしまうかと思ったが、どうやら詳しく説明をしてくれるようで、彼女は物を投げるように片手をぱっと上げた。

身体は完全にこちらを向いていた。


「この時期の夜は星が大変美しく見えますので、公爵領では感謝の意も込めて、毎年領民の皆様と一緒に盛大にお祭りを行うのです。私共はそれを、星祭りと呼んでおります」



端的で分かりやすい説明だ。

領民も参加し、普段落ち着いている使用人達もこんなにバタバタとするということは、かなり大きなお祭りなのだろう。


···いや、待て。聞いたことがあるような気がする。

もちろんお兄さまからだが。

あれはいつのことだっただろう。バタバタと足音を立てて帰ってきたと思ったら、とても表情を輝かせて私に語りかけたのだ。


『 ヴィンセント様の領地では夏頃にお祭りがあるんだ!なんでも領地以外からも人が集まる盛大なお祭りだ。メラレイア伯爵領の収穫祭もそんな風にできたらなぁ。

フィーも、大きな楽しいお祭り、大好きだろう?』


そんなことを言っていたような気がする。あれはもしかしたら星祭りのことを指していたのだろうか。

相変わらずのヴィンセント様節ではあるが、そんなに大きなお祭りがあるのかとワクワクした覚えがある。

最も、メラレイア伯爵領の収穫祭だって小さなお祭りでは無いのだが、かのロイシュタイン公爵領のお祭りと比べてしまえば、という話だ。



「私にも何か、お手伝いできることはありますか?」


「いいえ、その必要はございません。フィオナ様はどうぞゆっくりなさって、ロイシュタイン公爵領の星祭りをお楽しみください」



彼女はきっちりとした姿勢から頭を下げ、無駄な動きなくそのまま踵を返した。本当に手伝わせる気はないらしい。

ヴィンセント様やグレイスさんを始め、どうにもここの方々は私を客人として認識しているらしい。使用人に関しては、本当に客人だと聞いているのかもしれない。一度、「私は行儀見習いです」とでも言っておくべきか。



少し小走りで去っていく後ろ姿を見届けた後、このまま部屋に戻るのも如何なことかと思う。邪魔にならない程度に、お祭りの準備の様子でも見に行こうか。

お兄さまもああ言う程だ、きっと準備から大掛かりに違いない。


ザワザワとする音に包まれながら、その音のする方へと足を運ぶ。


1階のホールまで来ると、騒がしさは肌で感じられるようになった。

普段はつんとした空気が漂うホールが、今はパーティー開始前のようなふわふわとした空気になっている。使用人と領民が混ざって、笑い合いながらお喋りしたり、一つの紙を見つめながら何か相談していたり、玄関は開け放たれて忙しなく出入りが行われている。


その中で一際目立つ存在を見つけた。玄関から差し込んだ光にキラキラと反射する白銀···と黒。吸い込まれるように足はその方向へと一直線に進み、ある程度近付いたところでその名を呼んだ。



「ヴィンセント様」



白銀はぱっと花を開き、次に麗しい顔を見せる。

声をかけた人物の姿を瞳に入れると、アメトリンの宝石は光をくるりと取り込んだ。



「フィオナ嬢、どうしてこちらに···」



言いかけて、ホールの状態に気付いたのか口を噤んだ。



「賑やかですみません、気が散ってしまいますね」


「いいえ、とても楽しそうだと思って。お邪魔でなければ、何かお手伝い出来ませんか?私もヴィンセント様のお役に立ちたいです。」



一瞬、空気が固まった。

予想外の申し出だったのか、はたまた言葉選びを間違えたのか。

光を取り込んだアメトリンは宙をなぞり、私の姿を映した。



「では、これからメイン会場の広場に行く予定なのですが、一緒に来ていただけますか?」


「え?はい、もちろんです」



それがなんの役に立つのだろう。全く浮かばなかったが、ヴィンセント様が言うのなら断る理由は無い。

言下に頷くと、ゆるりと瞳を細めて、手を差し出される。当然のように重ねる手は、随分と高級慣れしてしまったものだ。


導かれるままに玄関の外に足を踏み出せば、目の前には幌の付いた2輪の馬車が待っていた。きっとこれに乗って広場まで行くのだろう。

ヴィンセント様のエスコートで馬車に乗り込んだ。私の姿勢が整ったのを確認すると、ヴィンセント様は軽やかに鞭打ち、ガラガラと馬車を引き始める。

この馬車はヴィンセント様の所有物なのだろうから当然といえば当然だが、馬を操る姿も様になっている。速すぎず遅すぎず、滑らかな風が頬と髪を撫でる。


最近では見慣れた風景に、人々が荷物を持って行き交う。広場までの道でもお祭りムードであったが、広場に着けばお祭りムードなんてものではなく、既にお祭り状態だった。



「うわぁ···!」



人の賑やかさに対する「うわぁ」だったのか、精霊の多さに対する「うわぁ」だったのかは分からない。とにかく、つい声に出してしまうほど、聴覚的にも視覚的にも賑やかだった。

雰囲気に流されるように軽やかに飛び降り、そのまま半回転して広場の様子を視界に収めた。メラレイア伯爵領とはまた違った空気が肌を刺す。



「人も、精霊も、賑やかで、きっととても楽しいお祭りになりますね」



ヴィンセント様に話しかけるつもりで振り返ると、目的の人の隣にいつの間にか執事も立っていた。

グレイスさんは奇妙な話でも聞いた顔で、じっと私の顔を見た。気に障ることでも言っただろうかとたじろぐ私に、追い打ちをかけるように「ふぅ」と小さくため息を吐いた。私と主人の視線に気付いた彼は、「白状します」といったように両手を上げて、苦笑いをして首を窄めた。



「ほんとうに、毎年黒いモノがいるものですから、何か起こるんじゃないかといつも不安でしたよ。」



でも、精霊もこの賑やかさに便乗していたんですかね。

満足気に呟いて、「あちらの指示出しをしてきます」と、そのまま私の横をするりと抜け、広場の方へと歩いていった。

通り抜けた風を視線で追う間もなく、ヴィンセント様が前に立った。


─あ、嬉しそうな顔。


その理由を問うよりも、ヴィンセント様の口が動く方が早かった。



「星祭りは毎年行っていますが、あなたのおかげで、今年はまた違った姿が見られそうです」



今年はまた違った姿。

グレイスさんにとっては、黒いモノが精霊と分かったことだろう。

では、ヴィンセント様にとって、今年の違った姿とは何だろう。精霊が離れ、例年よりも身体が軽いことだろうか。それとも、別の何かがあるのだろうか。



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― 新着の感想 ―
[一言] グレイスさんも苦労してきたんだねー。 精霊が黒いモヤモヤしたモンなら確かに不穏だわなー。 さてさてお祭りー!
[良い点] 祭り きたじm・・・はおいといてw 精霊どもが蠢き・・・じゃなくて みんなで楽しみましょうねw [気になる点] 体調は万全な王子様 はっちゃけないかな [一言] 祭りだ!!!! りんご飴あ…
[一言] 祭?なら、騒ぐぜええええ!
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