17、齟齬
ゴトゴトと揺れる馬車の中、私はどうしようかと身を固くしていた。
公爵家への交通手段として、ロイシュタイン家から馬車を出して迎えに来てくれると伺っていた。以前公爵家へ招かれた際にも伯爵家まで迎えを出してくれていたので、そこに特段疑問を抱くことはなかった。
またグレイス様か他の使用人を使いに出すのかなとか、迎えに来てくれた使用人の方と仲良くなれるかなとかそんなことを頭の片隅で考えていた。
なのに、だ。
迎えの馬車から姿を現したのは、なんとロイシュタイン公爵家の当主様だった。
まさかヴィンセント様直々に迎えに来るなど誰が予想しただろうか。あまりの輝かしさに、両親は卒倒しかけるわお兄さまは相変わらずの眼差しで見つめるわでなかなかの騒動だった。
そんな我が家の騒がしさに引くでもなく、それどころかにこやかに挨拶をしてくれたのでヴィンセント様には頭が上がらない。
「···申し訳ございません。迎えを出していただいた上に、ヴィンセント様にいらしていただくなんて···」
「いえ、こちらの都合に無理矢理付き合わせてしまっているのです。これくらいさせて下さい」
ヴィンセント様と話すのは、王城以来になる。
しかもあの時はそのままお開きとなり、ヴィンセント様とグレイス様はユーリア様に捕まってしまったため私1人で帰ることとなったのだ。お前はもう用済みだというようににこやかに笑顔で手を振られたのは地味に傷ついた。
えぇ、えぇ、分かっていますよ。私はあくまでもヴィンセント様のお身体を改善するためだけの存在ですよ。でももうちょっとこう···仲間意識的なものが芽生えてもよかったのではないですかね···。
王太子や公爵相手にそういう考えは出過ぎたことなのかもしれない。
そんな私のどうでもいい心境よりも、本来ならば真っ先にヴィンセント様に伝えなければならないことがある。
私は膝の上で軽く指を組んだ。
「ありがとうございます···。それに、もうひとつお詫びしなければならないことが」
「···精霊のことですか?」
まさに言おうとしていたことを当てられてしまい、俯く。
私だったら、きっと怒る。怒るに至らなくとも、「なんで言ってくれなかったの!?」くらいは思っていただろう。
人ならざるモノが視えていて、その影響を受けているであろうことを予想していて、困っていることも知っているにも関わらず、なんにも知らない風に接せられてたら。
ユーリア様の言うように、その人のためだとか、そういう考えは完全に知る人の裁量になってしまうけれど···。
良い悪いはあるんだろうけれど、少なからず思うところは出てくるだろう。
「私は、フィオナ嬢は間違っていなかったと思います」
「え?」
思わぬ言葉に顔をあげれば、精霊をたくさんくっつけた綺麗なお顔が、叱られた後の子供をあやすような柔らかな表情でこちらを見ていた。
なんともミスマッチなような、しかしそれでいて様になっているような、ヴィンセント様ならではの芸当だ。
「他の人には見えないものが視える世界をフィオナ嬢は1人で生きてきたのでしょう。その苦労は、精霊が見えない私には一生知ることの出来ないものだと思います。不安も多かっただろうに打ち明けてくれた···それだけで十分です」
一息置いて、透き通るような美しいアメトリンの瞳が私の姿を真っ直ぐに映した。
「でもフィオナ嬢は、更には私の力にもなってくれるという」
私も私で、吸い込まれるようにその美しい瞳に釘付けになってしまう。
美しい瞳がゆるりと細められ、安心させるように、組んだ私の手の上にヴィンセント様の大きな手が被さった。
「だから私は、フィオナ嬢の勇気に恥じぬよう、精一杯貴女に尽くすつもりです。今後この屋敷で過ごしていく上で不都合があれば、遠慮なく伝えてください」
その言葉に、何度も目をパチパチと瞬いてしまう。
お優しいヴィンセント様のことだから、実際はどう思っていようとお許しを下さるのは想像できた。しかし、私の数々の行動までを肯定してくれるとは思わなかったのだ。
─この方は、どこまで出来た方なのだろう。
ヴィンセント様だって、原因の分からない体調不良でずっと悩んできただろうに。何が起こるか分からない恐怖だって抱いたことがあっただろうに。
込み上げてくる熱いものを堪えるように、きゅっと唇に力を込める。
「ありがとう···ございます、ヴィンセント様の寛大なお心に感謝致します。ですが、私は行儀見習いの身ですので。むしろ遠慮なく私のことを使ってください」
私はその優しさに報いることができるのだろうか。
せめて役に立てるように頑張ろうと思ったのだが、なぜだか腑に落ちないような顔をされてしまう。
「···ひとつ、確認したいことがあるのですが」
「はい」
「あの時、私の言葉を遮ったのは精霊の事があったからですか?」
急な話の転換に、反応が遅れる。
あの時とはいつの時だろうとやや頭を捻るが、私がヴィンセント様の言葉を遮った事なんて1度しかない。
ミランジュから帰ったあの時だ。
やはり気にされていたようで、申し訳ない気持ちになる。
「そうです。どんな理由であれ、言葉を遮るなど不行儀でした。申し訳ございません」
「フィオナ嬢の事情を考えずに一方的に言ったのは私です。
─しかし、そうですか···」
ヴィンセント様はそれっきり考え込むように黙ってしまう。その様子からして、あの行為について怒っているわけではなさそうだ。
そうなると、私に対する感情の間違いについて考えられているのかもしれない。
しばらく無言の空間が続いて、どうしようか悩んだ挙句声をかけてみることにした。
「なにか、お気に触ることでも···?」
「あぁ、いえ─ただ···なかなかに悩ましい問題だ、と思いまして」
確かに、精霊が離れていくことで起こった身体の変化を恋と勘違いしてしまい、しかもその相手が引きこもりの貰い手のない令嬢だったなんて悩ましい問題ではある。
しかし安心して欲しい。私は、「責任取ってくれ」とか「あの時はそう言っていたじゃないか」とかそんな面倒くさい彼女のようなことを言うつもりはない。
そういう意味も込めて、「左様ですね。胸中お察しします」とだけお伝えしておいた。




