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14、御伽噺

─悪魔や魔物の可能性も視野に入れてたから、精霊についてとことん掘り下げていたわけではないんだけどね···



と前置きをして、色がくすんでしまっているとても古そうな本をテーブルの上に置いた。

静かな空間に、本が置かれる音がやけに大きく響く。



「精霊···そう呼ばれるものが存在していたのは、何百年、下手したら千年以上も前のことなんだ。」



千年以上。あまりにも遠い年月に、その当時の人達がどのような生活をしていたのか、どんな景色だったのかが全く想像つかない。


ヴィンセント様に至っては、何故急にそのような話が始まったのか分かっていないようだった。



(···ユーリア様、先に教えてあげたらよかったのでは。)



けれどそんなヴィンセント様を全く気にすることないようにユーリア様は、少しでも強く触れたなら壊れてしまいそうなボロボロの本を、産まれたての赤ん坊にでも触れるような柔らかな手つきで繙いた。


開かれたページを、ユーリア様の隣に座るグレイス様、正面に座る私とヴィンセント様が覗き込む。



(これ···)



開いたページに書かれた文字は、現在使われているものではなくて何が書いてあるのかさっぱりわからなかったが、私はもう片方のページに描かれた絵に釘付けになる。思わず「あ」と声をあげそうになった。


ヒヨコに犬に小人に、スライムのようなモノに。

それは私が普段からよく視る人ならざるモノの姿に酷似していた。

話の流れからしても、精霊を描いたものなのだろう。

「これが···」と小さく呟くグレイス様とヴィンセント様は、見たことはなくともこれが精霊だということは察せられたらしい。



「この頃は、精霊と人間が共存する時代だった」



心地よい声が、歌詠みが物語を語るように言葉を紡いでいく。

現実の話なのに、どこか遠い世界の昔の御伽噺でも聞いているような気分になる。



読めない文字を、ユーリア様の細い綺麗な指が悠々となぞる。



「人間は精霊を認識していたし、精霊も人間を認識していた。だから人間は精霊を信仰し、精霊もそれに応えていた。」



気付かなければ「そうなんだ」と聞き過ごしてしまいそうな程当然のように語られたが、私の耳には力強く聞こえた。


─認識していた。


当時の人間は、例外なく精霊を見ることができていたという事。



「精霊は信仰する人間に対して、力を分けてちょっと元気にしたり、悩んでいることに対して背中を押したり、秘密の場所に連れて行ったりだとか、手助けのようなものをしていたらしい」


「······ちっちゃい」



思わず零れてしまった言葉だったが、グレイス様とヴィンセント様も同じことを思ったのか、小さく頷く。やはり彼らも、物語上の精霊が“精霊”としてのイメージが強いようだ。


ユーリア様は「そうだね」というように微笑んだ。



「確かに、よくある物語の精霊と比べてしまえば驚くほど些々たることだ。けれど、そう思えるのは今だからであって、その当時は精霊の力は人智を超えた─それこそ奇跡の力だったんだ」



─しかし時が経つにつれ、精霊を見る者はほぼいなくなり、信仰する者もいなくなった。



「なぜ、精霊を見るものがいなくなったのでしょう···」



動物や植物と同じく当たり前のように存在し、当たり前のように見ていたのにも関わらず、なぜ見ることが出来なくなったのか。

奇跡の力だと信仰していたのに、なぜ信仰しなくなったのか。

何か大きな、その当たり前の状況が変わるような出来事が起こったのだろうか。

いろんな可能性が、くるくると巡る。



「これは僕の完全な予想だけど、人間が独立して生きていく術を得ていったからだと思ってる」



きょとんと首を傾げた。

人間が独立─つまり進化することと精霊が見えなくなることに共通点はないように思うが···。

その疑問に対して補足をされる。



「精霊の力は間違いなく人智を超えたものだったけれど、人間の努力でなんとか代替えできるものでもあるんだ。」



疲れた人をちょっと元気にするなら、それに効く薬草を見つけて煎じて飲めばいい。


悩んでいることで前に進めないなら、ある程度決まった道を作って確実な未来を予測出来るようにしてしまえばいい。


未開の地に行きたいなら、自身を守るものを作り、開拓する道具を作り、伝達する術を考えればいい。



─そうして人間が努力し発達するに連れて、精霊の力は必要なくなり、信仰する必要も無くなってきたんじゃないかな。



「そもそも、神に近い存在の精霊と有象無象の人間とでは、住む領域が違う。それを“信仰”することで辛うじて繋いていたようなものだ。

信仰しなくなればどうなるかなんて、想像に難くないだろう?」



信仰していたことで精霊を見ることが出来ていたのなら、信仰しなくなればもちろん精霊を見ることはできなくなる。


つまり─人間が先に精霊を切り捨てた。


自分たちで何とかできるからと、今まで頼っていた精霊の力を、共存していた精霊の存在を、あっさりと捨てたのだ。


それは私に大きな衝撃を与えた。


お茶会の時の犬が、人の後をついて行っていた小人が、ヴィンセント様の足元に必死にしがみつくヒヨコが─脳裏を過ぎる。


彼らはまだ、人間を捨ててはいないのに。

きっとまだ、共にあろうとしてくれているのに。


(···いや、私も同じだ。彼らの存在を無いものにしようとしてた。)


精霊の存在を知らなかったとはいえ、だ。



「精霊の存在は、書物に書かれているということですよね?にも関わらずなぜ、今まで誰もその存在を知らなかったのでしょうか」


「人間が、精霊の存在を未来に語り継ぐに値しないと判断したから。」



ユーリア様はきっぱりと言い、本の縁をそっと撫でた。



「王家は歴史が長いから、辛うじてその頃の書物が残っていたんだろう。幸か不幸か、その頃の文字も教育に組み込まれていたけれど···人目も触れないような奥底に仕舞われていた。

─こんな文献、そう何冊も現在まで残っていることはないと思う」



今では読むことの出来ない古い文字。それしかないのは、誰も後世のために翻訳することがなかったから。

ユーリア様がそれを見つけ出して、なんとか解読してくれたのは奇跡のようなことなのだろう。



私が黙ってしまうと、ふと隣の空気が僅かに動いた。



「精霊···そんなものが実際に存在していたと?」



訝しげに、戸惑ったように訊ねるのはヴィンセント様だ。


実際に視えている私ですら精霊の存在を疑ったのだから、何も視えていない上に急な話だったヴィンセント様にとってその反応は当然だった。

全ての話を聞いた後で、やはり疑問はそこに辿り着く···いや、戻ってくるのだろう。


しかし、ユーリア様は待ってましたというように楽しそうに息をこぼした。

···まさかこの反応を見るために、いきなり精霊の話に入ったわけじゃないよね。



「過去形じゃない、現在形だ」


「······は?」


「言っただろう?ヴィンセント、君の身体に関わる話だ、と」



呆然としたようにユーリア様の言葉を咀嚼した後、どこかの答えに落ち着いたのかキョロキョロと辺りを見渡した。



···思ってない。その姿がめちゃくちゃ可愛いとか、断じて思ってない。

ちょっとキュンとかしてない。


緩みそうな顔を両手で覆い、必死に隠した。




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