10、約会
私の目の前には噂でしか聞いたことのない、輝くケーキケーキケーキ!
こんな幸せがあっていいんだろうか!
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ミランジュに来る前、ヴィンセント様が伯爵邸まで迎えに来たとき、私の姿を見てまず一言「素敵ですね」と言ってくれた。それは、お兄さまとエマの作戦通りになったと言えるだろう。
しかし私からすれば、家族以外から褒められることに慣れていないので穴があるなら早急に埋まりたい状態だった。
さらにミランジュに着いたとき、長い行列が出来ていたため注目を集めないかドキドキしていた。しかし、視察ということで予約されていたのかすんなりと入ることが出来た上、案内された席は個室になっていて、周りの目が全く気にならない。
これならば目撃者もそんなにいないだろう。
二人きりの空間が自然と作られてしまうが、私の場合はヴィンセント様に付いた黒いモノが沢山いるので安心?である。
そして目の前に色とりどりのケーキが置かれてしまえば、それまでの気になっていたことなど吹っ飛ぶわけで。
お皿の上に並べられたケーキを堪能中である。
天国はここにあった。
嬉嬉として用意されたケーキを半分ほど食べたところで、コンコンと壁を叩かれる音がして店員が入ってくる。
「こちらが、新作のケーキになります」
目の前にコトンと置かれたのは、ドーム型のケーキ?と小さなポットのようなものだった。
ケーキの表面はツヤツヤしたチョコレート色で、金粉がかかっているものの女性をターゲットとするミランジュにしてはだいぶシンプルである。
首を傾げると、店の者はその反応は予想通りというように微笑んだ。そして、隣に置かれた小さなポットを手で示す。
「こちらをかけてお召し上がりください」
「かける···?」
ケーキに何かをかけて漸く完成ということなのだろうか。
言われた通りポットを持つと、何故か温かい。
もうここは度胸だと、円を書くようにゆっくりとという助言の元、ドーム型のケーキにポットの中身をゆっくりとかける。
するとどうだろうか!
「まぁ!」
ポットからは温められたホワイトチョコレートが流れ出てくる。それがドーム型のチョコレートにかかると、ドーム型が中心から広がるようにトロリと溶けていくのだ。
それだけでも驚きなのに、ドームの中からは、ピューレが飾られたお花畑を連想させるようなショートケーキが現れる。その周りには小さなハート型の何かが散りばめられていた。
なんっって、幻想的なのかしら!
「ヴィンセント様!ご覧になりまして!?中からほら、可愛らしいケーキが!!とても素敵ですわ!」
感動のあまり、ヴィンセント様にもつい共感を求めてしまったのだが。
ヴィンセント様は話を振られるとは思っていなかったのか、私の様子にぱちくりと目を瞬かせていた。
そこでふと我に返る。1人ではしゃいで、更にはヴィンセント様に共感を求めてしまうなんて、私はなんてことを···?
急に恥ずかしくなって、ポットを置いて両手で顔を包む。
「すみません···私ったら、つい······」
「ふ···ふふっ、いえ···っ、あまりにも可愛らしくて···ふ···はははっ」
上品に笑うことはあっても、声を上げて笑うヴィンセント様は珍しい、というか初めて見る。今度は私がぱちくりと目を瞬かせる番だった。
しかし、何を言われたのかだんだんと理解してしまい、また顔に熱が集まる。
「そんなに喜んでもらえるなんて、やはりあなたを連れてきてよかった」
もう何も言えない。
私が黙って俯くと、ヴィンセント様は店員と何言か交わした後に下がらせる。
「召し上がらないのですか?チョコレートが柔らかいうちに食べるのがおすすめらしいですよ」
そう言われてしまえば、食べるしかない。
というか、これが本命で来たのだ。食べない訳にはいかない。いただきます、と、まだ緊張で震える手でフォークを手に取る。
まずはこのハート型のものを食べてみよう。
とろけたチョコレートに絡ませて、口の中に入れる。
(!!)
その瞬間、想像していた食感とは違う感覚が襲う。外はサクッと中はふわっとしている。
おそらく、スポンジ生地の周りを色の着いた砂糖で固めるかしてあるのだろう。
ハート型は食感を楽しむためのもので、それにチョコレートを絡ませることで味も食感も新しくしている。
流石はミランジュ···!女性の好みを抑えているわ!
ケーキに行く前にもう一個と、ハート型にチョコレートを絡ませたところでふと視線を感じる。
恐る恐る視線を上げれば、微笑むヴィンセント様と人ならざるモノがじーっとこちらを見ていた。
正直、ケーキに夢中になっていて、ヴィンセント様の存在を若干忘れていた。
現実に戻されたことで一つ気付いたことがある。このケーキは、私たちに一つだけ持ってこられている。つまり、ヴィンセント様側にこのケーキはないわけで。
サーッと血の気が引く。
まさか、ヴィンセント様を差し置いて私だけこのケーキを楽しんでいるなんて···!せめてなんか、こう、かける言葉があったでしょう!
「す、すみません···先にいただいてしまって···あの、どうぞ···」
平常な私ならば、こんな行動は取っていないだろう。ただこの時の私は罪悪感と焦りに襲われ、なんとかこの場を切り抜けようとすることで頭がいっぱいだった。
切り抜けられる行動かと問われれば、否だろう。
そう、何を思ったのか、私はフォークに取ったままだったハート型のお菓子をヴィンセント様の方に差し出したのだ。
「·········いただいていいのですか?」
「も、もちろんです。むしろ私だけ楽しんでしまって、申し訳ございません···」
私の言葉に返すことなく、ヴィンセント様の顔が私の差し出したフォークに近付く。
(あれ···?)
さらりと零れる髪を耳にかけながら、チョコレートのかかったハート型のお菓子を口に含んだ。
びっくりして固まる私を他所に、ヴィンセント様はもぐもぐと口を動かしつつ、口の端についてしまったチョコレートをペロリと舐めた。
「なるほど、不思議な食感ですね。見た目との差がまた、客を喜ばせそうです」
そう感想を零した後、未だにフォークを持って固まる私ににこりと微笑んだ。
「私も楽しいですよ。どうぞお気になさらず、好きなだけ召し上がってください」
いや、ヴィンセント様は全く気にした風ではないが、これは所謂恋人がする行動では···!?
もしかして私の知識が間違ってるの!?
ヴィンセント様と人ならざるモノの視線を感じながら、私はハート型のお菓子をケーキをもくもくと口に運んでいった。せっかくのケーキの味は、あまり分からなかった。
···好きなだけと言われたので、もちろん全部平らげたが。
意外と大食い