9、雑談
あのめんどくさいお茶会から三日後の今日は、ヴィンセント様と新作ケーキを食べに行く日。
思考は完全に甘味の方に飛んでおり、服装は地味目のワンピースでいいかと適当に選んでいたところ、部屋の扉がノックされる。
「フィー、入っていいか?」
お兄さまだった。ここ最近は無断で勢いよく入ってきていたので、ノックをして様子を伺ったことに感動する。
「大丈夫ですわ、お兄さ」
「入るぞ」
しかし早い。言い終わる前にガチャリと扉が開けられる。
紳士の振る舞いはどうした。こんなんでも外ではきちんと紳士をやっていて、そこそこ女性に人気があるというのだから驚きだ。
そして次に、私の姿を見て眉をひそめた。それも紳士として失格だと思うんだけど。
「今日はヴィンセント様と出かけるのだよな?」
「そうですけど···なぜご存知で」
「その格好はなんだ!あのヴィンセント様の隣に立つのだからもっとマシな格好をしろ!ありがたいと思え!」
私の質問は無視された。いやほんとなんで知ってるの。
そしてお兄さまのヴィンセント様節も相変わらずである。もういっそ私の代わりに行ってくれても構わないのよ。
「でもお兄さま、ヴィンセント様と令嬢が2人で出かけてるなんて知られれば忽ちに噂は広がりますわ。地味な格好でできるだけ町に溶け込みませんと」
「何を言っている?ヴィンセント様のご尊顔ならば、どんな格好でも目立つに決まっているだろう?」
「ぐっ」
正論がぐさりと刺さる。
「それに皆、ヴィンセント様に夢中で隣のお前など霞程度にしか見てないだろ」
ぐさり。
「地味な格好だろうがオシャレな格好だろうが周りからしたら変わらん」
お兄さま、私に対して本当に失礼ではありませんこと?もう私のライフはゼロである。
項垂れる私に、はぁとため息を吐く。
「だが、ヴィンセント様はお前をちゃんと見てくださるはずだ。だから、目いっぱいのお洒落をしろ。男は、自分のために着飾ってくれたら嬉しいもんだ」
「お兄さま···」
下げて下げて下げて上げるタイプですね。
いや、どちらかといえばこれはヴィンセント様への絶対的な信頼から来る言葉とも言えなくもないが。
「ということだ、エマ、頼んだぞ」
「かしこまりました」
お兄さまの後ろからさっと出てくるエマ。
だから私の侍女取り込むのやめて欲しい。
お兄さまが部屋を出ていき、エマが支度を始める。
「フィオナ様は、最近ロイシュタイン公爵と仲がよろしいのですね」
「仲がいいわけじゃないと思うけど···。エマがそんな雑談入れてくるの珍しいね」
私の知るエマは、主人の支度中にお喋りをするようなタイプではない。私が話しかければ必要最低限は返ってくるけど。
しかも、異性の話題なんて。
「フィオナ様も、そろそろ婚約のお話などでてもおかしくないと思いまして」
「こ、婚約!?」
まさかの展開にびっくりして振り向いてしまい、前を向いてくださいと怒られてしまう。
言われてみれば、デビュタントを果たして暫く経っている私のような年齢ならば婚約者がいてもおかしくない。
しかし、私は人ならざるモノが視えることで周りからは不審な目で見られ、あまり家から出ることなく過ごしてきたものだから婚約などの話は上がらないまま来た。それに、そんなこと考えたこともなかった。
「私は嬉しゅうございますよ。ロイシュタイン公爵ならば、きっと幸せにしてくださいます」
「そんなんじゃないの!ほんとに!」
ヴィンセント様には、婚約者候補といわれるローザリア様がいるのだ。
それに、ヴィンセント様からしたら私は多分あれ。魔除けみたいな、効果の強いお守りみたいな。
触れていないと効果を発揮しないとは、気付いているのか気付いていないのか分からないけれど、傍に置いておけば体調が良くなる便利な存在となっているに違いない。
「では、フィオナ様はロイシュタイン公爵のことをどう思っていらっしゃるのですか?」
「どう···って······」
そういえば、考えたこともなかったかもしれない。
綺麗な顔をしているとは思う。ただそれだけ。
あとは、周りにいる人ならざるモノに意識を持っていかれ過ぎていた。
出来ましたと、ぽんと肩を叩かれる。
「私はフィオナ様の幸せを願っておりますよ」
私のお気に入りのワンピース、お気に入りの髪飾り。気合い入れすぎなような気もするが···。
エマの気遣いを無下にすることもないだろう。
「ありがとう、エマ」
ちょうどお迎えの馬車が来る音がしたため、スカートを軽く叩いて背筋をしゃんと伸ばした。