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僕は周りを見渡し、誰もいない事を確認してから、用意しておいた黒のポロシャツに着替えた。江戸やんと同じで、汗とその匂いに病的なほど敏感だ。脇の下にフレグランスを少量付けて、買ってもらったばかりのママチャリで彩乃のバイト先に向かった。色々と誤解されているかもしれない。だが、それよりも何よりも彩乃の顔を見たかった。今日がバイトの日かどうかは分からないけど、1秒でも早く彩乃に会いたかった。
ママチャリを漕ぐスピードも、知らず知らずのうちに増していた。
背中が汗で滲んでいる感触──この世でもっとも不快なもので、また着替えたくなった。夕方とはいえ、まだまだ蒸し暑く、19時ぐらいでも外は明るい。何処かのコンビニで白いシャツを購入しようと思ったが、財布には2千円しか入っておらず、シャツを買ってしまうとバイト終わりに飯でもどうかと誘えなくなってしまう。
そんな事を考えているうちに、彩乃のバイト先に着いてしまった。駐輪場には、彩乃の自転車が置かれていて、ほっとしたが急に胸が苦しくなってきた。
柔らかく締め付ける感覚──ずっとこの痛みに包まれていたいと思うほど心地よい。
僕はぺしゃんこにしている紺の学生カバンから、ハンドタオルを取り出して上半身全体を拭いた。胸が苦しくなったと同時に汗が吹き出てきたからだ。どうもこの季節は好きになれない。
ハンドタオルを適当に丸めてカバンの中に入れた。すっきりはしないが、ここにいると汗が引くどころか、悲惨な状態になるので、店内に滑り込んだ。
「あっ……」
「おっおう」
入り口近くのコピー機の前に彩乃がいた。挨拶をしたがどこかよそよそしく感じた。
「……」
「今日、バイト何時あがり?」
「……10時まで」
「そうなんや。またどっかで待ってるわ。ご飯でもどうかなって」
「うん。でも、ちょっとお腹の調子が良くなくて」
「……また痛むの?」
「バイト来てからかな」
「分かった。ごめんな。急に来て」
僕は逃げるように店の外に出た。
店内との温度差だろうか──外はさっきより不快指数が上がっている気がした。疲れがどっと出た気がして、外に置かれてある灰皿の横に座り込んでしまった。