君に会いたい
何故、あそこまで深い話しを彼女としていたのか───まだ2回しか会っていないのに、親にも言えないような事をぶちまけてしまっていた。もちろん彩乃にも言えない。そんな自分にとって恥部とも言えるであろう話しを七恵にだと言えた。本音を言うと、後悔どころか晴れ晴れした気分になった。誰にも言えない事を、誰かに話したからではなく、他人は皆、平気なような顔をしながらも色んな闇を抱えて生きている。十人十色だろうが、七恵と僕はあまりにも同じカテゴリーで共感する部分も多く、傷の舐め合いではないが、分かり合えた気がしたから。でも、まさか地元の喫茶店で彼女と3時間も話すとは思ってもいなかった。
その後、彼女は学校まで送ってくれた。家まで送ると言われたが、自転車を学校の駐輪場に置きっ放しにしていた事に気づいた。家まで送ってもらったら、次の日に学校までバスで自転車を取りに行かなければならなくなっていた。
別れ間際、真っ黒の名刺を彼女からもらった。お店用とプライベート用があるらしく、プライベート用の方だと言っていた。彼女が黒のセダンで颯爽と走り去った後、僕はそれをまじまじと見た。そこには彼女の本名らしき名前が金色で書かれてあり、携帯電話と固定電話の番号が記されていた。
『羽豆幸恵』
もっと勉強をしておけば良かったと初めて後悔している。何故なら漢字が読めないからだ。“はねまめ”と読むのだろうか──いや、それは流石にないだろう。思わず公衆電話から電話して聞こうと思ったがやめた。あまりにもの馬鹿さ加減を露呈してしまうのもどうかと思ったからだ。正直、名刺はもらったが電話をする事はないだろう。彼女も言っていたように、深い関係にはならない方が身の為である事は僕も薄々感じていたから。
正門をくぐり、自分の自転車を取りに向かった。桜の木から蝉の鳴き声が響いている。春先に、この桜の木を眺めて憂鬱になっていた事を思い出した。女に振られ、始業式をなんとも言えない気怠さで迎えたあの時からもう3か月以上も経った。確か、お互いがまだ好きなら、思い出の場所で9月5日に会おうと元彼女は言っていた。今となっては遠い昔のように感じる。