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七恵のお気に入りスポットに30分ぐらいいただろうか──学校付近に戻ってきた。彼女のリクエスト通り、行きつけの喫茶店に案内した。高級車が入っていくにはタイトな路地だ。
「ここです」
「ええわ。こういう店減ってきてるしな」
彼女は難なく路地をすり抜け、店前に高級車を止めた。
「車大丈夫すかね?」
「大丈夫やろ。通れるよ。私やったら余裕。文句言われたら移動するし」
お構いなしのようだ。偏見かもしれないが、お金持ちは自分が世界の中心と思っているのか──。
僕は鈍い鐘の音がする扉を開いた。
「マスター、相変わらず暇そうやね」
「おっ! 来てくれたんや。ていうか、またどえらいべっぴん連れてるやないか!」
「はじめまして。車、大丈夫かしら?」
「大丈夫大丈夫。人すらあんまり通らないから。何処でも座ってください」
マスターの顔がいつもに増して締まりがなく見える。マスターでなくても誰でもそうなるだろう。こんな田舎の喫茶店にはまず来ないであろう人種なのだから。
僕はいつも座るゲーム機のテーブルに案内した。
「めっちゃ懐かしいやん。ヤバイ」
「僕はいつもこの席です」
「もう一周まわって最先端やわ」
彼女も僕と同じで、少しズレた人なのかもしれない。普通、新地のホステスさんをこういう類の店にデートで連れて行こうという発想にはならない。いや、あってはならないだろう。僕の提案ではなく、自ら来たいと言った彼女は、間違いなく“変わり者”だ。
「何飲みます? 七恵さんがいつも飲んでるような果汁たっぷりジュースはないですよ」
「誰がそんなん毎日飲んでんねんな。逆に舌に残る気がして嫌やわ」
思わず笑ってしまった。意外と庶民なんだと思った。
「何か可愛いすね」
「なっ何よ、不意打ちやわ」
彼女は照れたのか、右手の平を団扇代わりにして顔を扇いでいた。
「じゃあ、僕が決めていいすか?」
「うん。そんなん好き」
「そんなん好きなんや。マスター、アイスレモネード2つ」
「あいよ。甘めのやつな」
「よろしく」
彼女が僕の顔を見てニヤニヤしている。その顔は先程まで見せていた大人の雰囲気ではなく、同級生と言ってしまうと言い過ぎかもしれないが、凄く幼く見えた。