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潮風に靡いた彼女の黒髪が、僕の柔らかな場所を刺激した。
彼女を好きになる事はない──決してないだろうけど、彼女を抱きたいという気持ちは、恋でもなく愛でもないなら一体何だというのか。
「どうしたいって言われても」
彼女は笑っていた。僕の質問はそんなに愚問だったのか──男も女も同じで、みんな身勝手で、欲張りなだけだ。適当に合わせておけばいいのさと思う反面、その“欲”というものはどんな色をしているのか知りたい自分もいた。
「人生って短いよ。やりたい事をやりたいだけやねん」
「……」
「簡単に言うと、君には私だけを見て欲しい。私は出来ないけど」
彼女は僕を馬鹿にしている訳ではない。きっと、その“欲”に実直なんだろう。それと、それを受け入れるだろうという絶対的な自信が漲っているように見える。そんな我儘でさえ、私の美貌の前では通さずにはいられないはずだと──。
「……。やっぱり無理すかね。僕には」
「そう? 簡単やん。あの子の事は忘れて、私と大人の関係を築けばいいだけ」
彼女の言う“大人の関係”の先にあるものって何なんだろう。きっと、あの灰色の海に浮かぶビニール袋のように、汚く、邪魔な存在になり、処理するのも面倒になるのだろう。彼女は死ぬほど魅力的だが、僕はやっぱり彩乃がいい。いや、彩乃でなければ駄目なんだ。
「とりあえず、彩乃は諦められないです」
「やばいな。君」
「やばくはないですよ。七恵さんは超魅力的ですが、僕では無理す」
七恵は、鳩が豆鉄砲でうたれたような顔をしていた。想定外だったのか、僕の額に手を当てた。
「熱はないな。多少汗ばんでるけど」
僕は彼女の手を払いのけた。
「基本真面目なんですよ。ちょっと美意識が変なところはあるみたいですが」
「どういうこと? ブスが好きとか? いや、あの子可愛いかったしな」
「例えば、桜より葉桜の方が綺麗に思ったり」
「分かるっ! それめっちゃ分かるわ。その行きつけの喫茶店で詳しく聞かせて」
「分かるんすか? 七恵さんも結構変わり者ですね」
「よく言われる。ますます君が欲しくなってきたわ」
彼女には失礼かと思ったが、AVを見ている時の自分ってこんな目をしてそうと思った。