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耳を劈くような蝉時雨が、一瞬遠くに感じた。
時が止まったのか──実際には有り得ない事だが、下を向いている彩乃を見て最大級の罪悪感が僕を襲った。
「とりあえず行こう!」
七恵は僕の腕を掴み、助手席のドアを開けた。
「……」
僕はもう一度振り返った。彩乃の事が気掛かりでどうにかなりそうだったから。そこには、彩乃の姿はなく、安奈は右手親指を下に向け、口元が『死ね!』と言っているように見えた。
「早く乗って」
七恵は助手席に乗るのを躊躇している僕を押し込んだ。
恐れていた事になってしまった。ある意味引き寄せたのかもしれない。そんな風になって欲しくないと思えば思うほど、現実にそうなってしまったという経験を何度かした事がある。今回も持って生まれた“間の悪さ”が綺麗に発動してしまった。
「ほんなら行くで」
「……」
静かすぎるエンジン音の中、学校を後にした。七恵が言うには、ここからは別行動らしい。レプと香織は、いつものラブホテルに直行らしい。七恵に同じ所に行こうと誘われたが、完全に思考がストップしてしまっていた。
「めっちゃ落ち込んでるやん」
「……間違いなく誤解されてるでしょ」
「めっちゃ可愛いやん。あの娘。競争率高そう」
全く持って人ごとのような口調に苛立ちを覚えた。あのシチュエーションを逆の立場で見せられたら、僕は石化しているだろう。それぐらいショックなはずだ。あくまでも、彼女が僕と同じ気持ちでいてくれていたらの話しではあるが──。
「まさか、ぶち壊しに来ました?」
「どうやろ。だって、君フリーやろ?」
「そうですけど……。この間も色々と相談に乗ってくれたから……」
「相談に乗ったら、恋愛対象から外れるん?」
「いや、そういう訳ではないのですが、あの時かなりお酒飲んではったし」
制服と水着の怪しすぎる会で知り合った女の言う事を鵜呑みにするほどウブではない。この人は完全に僕をおちょくっているんだろう。今日も、“学生時代に戻りたい症候群”で来ただけだろうとふんでいる。こんな綺麗な人が、こんな高級車に乗り回せる人が、金も名誉も、おまけに身長さえもない僕に惚れる訳がないのだから──。