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「だから、今出て行くのはまずい」
江戸やんは黙って俯いていた。
「いや、確認するよ。現実を」
江戸やんは颯爽とコンビニの自動ドアから出て行った。彼の残り香が、何故だか僕の胸を締め付けて、まだ完璧に癒えていないあの恋の傷跡を刺激した。僕は江戸やんの後を追った。コンビニを出て、駅の方に彼の姿があった。僕は立ち竦んでいる彼の元に向かった。
「……江戸やん」
江戸やんが見つめる先を見た。背丈は江戸やんぐらいか。男前レベルでは、江戸やんの足元にも及んでいない。服装もヨレヨレの白い無地のシャツ。しかも、女と会う直前までエロ本を物色するような男だ。一体全体、奴の何処がいいんだとツッコミたくなった。
「……。近ちゃん、3秒で終わってしまったよ」
「……」
「呼び止める勇気がなかった。後ろ姿で彼女と分かったし、あんなに幸せそうなあいつを見るの久々で」
「……大丈夫か?」
「……想定内。想定していた中で、1番最悪のシナリオだったけどな」
確かに改札の切符売り場の2人は、これ以上ないぐらい幸せオーラに包まれているように見えた。仮に、僕が江戸やんの立場でも声は掛けられなかっただろう。やはり恋人は近くにいないと駄目なんだろう。離れてしまうと、寂しくて他の誰かに縋りたくなるものだ。もちろんそうでない恋もあるだろうが──。
「近ちゃん、よくこんな事を一人で耐えたね。マジ地獄じゃん」
「……」
江戸やんの彼女と男は、一目も気にせずベタベタしていた。当然、今日だけではなく、普段からそんな距離感で付き合っているんだろう。僕の場合は、男の車から出てきただけだったが、江戸やんのパターンは、相当辛いだろうなと思った。
「なんかさ、全身が痺れたみたいにならん?」
「なってる。鼻とか半端なく痺れてるよ」
「現場見た時さ、苦しくて殺されると思ったもん」
「今、それだわ。俺、死ぬのか?」
「死なへんよ。親友を死なせるかいな」
江戸やんは、初夏の香りがする東京の空を見上げていた。おそらく、涙が溢れ落ちないようにそうしているんだろうと思った。
「江戸やん、腹痛くなってきた。ちょっと便所借りてくるわ」
「……おっおう」
僕は江戸やんに嘘をついてコンビニのトイレに行った。彼が泣ける時間を稼ぐ為に──。