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『ちょっと汗臭くない?』
彼女の誕生日プレゼントに指輪を買う為、ガテン系の日雇いバイトをしていたらしい。バイト終わりに、今すぐ会いたいと言われ、飛んで行ったら開口一番にそう言われたそうだ。それ以来、自分の匂いに病的なほど敏感になり、香水等でカモフラージュするようになったと江戸やんは言っていた。別に悪気はなかったと思うが、その言葉が江戸やんを深く傷つけたのは事実だ。僕も、そんなつもりはなくても、どこかで誰かを傷つけているかもしれない──。
「彼女の家って、かなりここから近いって言ってたな」
「そう。1分ぐらい」
「マジか? もはやこの駅の構内に住んでるぐらいやないか」
トイレを出て、東口の階段を降りる前に江戸やんは半開きの窓を全開にした。
「あれだよ」
僕は窓から首を出した。
「あれって、あの茶色の建物?」
「うん。1分じゃね?」
「近すぎて怖い」
階段を降りて、2つしかない改札を出た目の前のマンションを見上げた。一階はコンビニになっていて、古くもなく、新しくもない、ごくごく普通の建物だ。これだけ近いと終電や始発の音がうるさそうで、逆に住みにくそうに思える。
「何階に住んでるん?」
「2階」
江戸やんは左手の高級そうな腕時計を見ていた。僕が付けていると、お父さんのを黙って持ってきたみたいになりそうだが、彼のその仕草は本当にカッコ良くて様になっていた。
「近ちゃん、コンビニでパンでも買わない?」
「腹減ったしな。タバコも買うわ」
僕等は大阪にも沢山ある某コンビニに入った。店内は、大学生ぐらいのチャラチャラした客が、エロ本コーナーで立ち読みしていた。僕はそれを横目で見ながら冷蔵庫を開けた。
「江戸やん、ブラックか?」
「うん」
すぐ横にあるトイレの鏡で、江戸やんは身だしなみをチェックしていた。どんだけ鏡見るんだと突っ込もうと思ったが、僕が彼なら一日中見ているであろう。
僕は、ブラックの缶コーヒーと、アイスココアを取り出してレジに向かった。一瞬、エロ本コーナーの彼と目が合ったが、そのまま会計を済ませて外に出た。