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僕はそれを遠慮なく受け取り、この後の予定を彩乃に聞いた。
「今日は10時まで。その後は何もないけど」
僕は店内の掛け時計を見た。まだ7時を少しまわったところだ。3時間近くもある。今ここで電話番号を聞いて帰るか、彩乃がバイトを終えるのを待つか、一瞬迷ったが待つ事にした。
「ごめんね。何処かでご飯でも食べて待ってて」
とりあえず何も買わずに外に出た。右手に持ったハンカチで額の汗を拭ったら、柔軟剤のいい香りが鼻の穴をスッと通った。何処かで嗅いだ事のある匂いだ。全く思い出せないが、何故か胸を締め付けた。
『何処かでご飯を食べて待ってて』と言われても、一緒に食べるつもりだったし、この辺の土地勘もほぼ無いと言っていいレベルだ。この間のファミレスか、リーくんの家ぐらいだが、みんなの後を着いて行っただけだし、全然覚えていない。僕は線路沿いを行くあてもなく走った。いきなりバイト先に来た事をどう思っているんだろうとか、あの長髪野郎と2人っきりでバイトなのかとか色々と考えながら走っていると、バスロータリーが見えてきた。僕はそのロータリーにある電話ボックスの横にチャリを止めて、横にある白いベンチに腰掛けた。
僕は、ズボンのポケットからくしゃくしゃになったタバコを取り出して火を付けた。空腹時に吸うタバコほどまずいものはないと知っていたが、なんとも手持ち無沙汰で仕方なくといった感じだ。
どうにも蒸し暑い夜だ──後ろの植栽部から、クビキリギスの鳴き声がジーッと響いている。結構な音量で聞こえてくるのは何匹もいるからだろう。ちょっと想像してみたら気持ち悪くなった。僕はへしゃげたタバコの吸殻を捨てる為、バス停まで歩いて行った。友達にもよく言われるのだが、変に真面目なところがある。別に聖人君子でもなんでもない、ただの煩悩多き高校生だ。今でも、振られたばかりなのにどうやって彩乃のふくよかな胸を触るかという事しか考えていない。電話番号はもちろん知りたいのだけれど、あわよくばと考えるのは、男の性というものであろう。だが、彩乃は恋人になりたいのではなく、はっきりと友達になってくれと言った。彼女の口から恋人になりたい訳ではないと言われてないが、その“友達”という台詞が、引っかかってしまって、僕の持つ攻撃力を萎えさせてしまっていた。