臆病スキル発動
食堂合コンがお開きになり、5時間目、6時間目は爆睡した。中間テストは赤点だらけの追試地獄だったのに、お構いなしに寝てしまっていた。大学になど行ける訳もないし、やりたい事もない。高3と言えば、人生の分岐点とかどうとか言われているが、この高校に入った瞬間からもうすでに負け組である事は理解している。今はみんなで東京に行き、江戸やんの恋の行方を見守る方が大切だ。と、その前に今日はこれから彩乃のバイト先に行き、電話番号を聞くという重要な任務が残っている。教えてくれるかは分からないが、聞いてみない事には何も始まらない。
僕は、一度家に戻って私服に着替え、彩乃のバイト先を目指した。そろそろ梅雨の季節なのに全く雨がふらない。それどころか、真夏並みの暑さがずっと続いていた。暗くなっても焼けたアスファルトから嫌な熱気を感じ、ゆっくりとチャリを漕いでいるのに額から汗が滲んでいた。ただ電話番号を聞くだけだが、久々に髪型や服装に気合いを入れている。ひょっとして彩乃の事が好きなんではないかと思ったが、今の自分にとって何故だかとても心地の良いものだった。
彩乃のバイトするコンビニの駐輪場に着いた。彩乃の自転車が1番左端に止まっていた。僕は乱れてるであろう髪型を整えて店内に入った。新しく買った黒のポロシャツの背中が店内の冷気でぞくっとした。かなり汗をかいていたが拭うものを何も持っていない。とりあえずハンカチを買おうと思ったが、コンビニでそういう類のものを買った事がない。彩乃に聞こうと思ったが、レジに彩乃の姿が見えない。レジにいたのは怠そうにしている長髪の優男一人だけだ。
「すいません。ハンカチあります?」
「……」
長髪野郎は無言でレジの奥の部屋に入っていった。あまりにも感じが悪いので、大きな声で、“すいません”と叫んだ。
「はいっ! あっ!」
奥の部屋から彩乃が出てきた。
「どうも。長髪の奴いてる?」
「うん。今ちょっと休憩入ったとこやわ」
「いや、ハンカチどこにあるか聞いたら無視されて」
彩乃は僕の耳元で囁いた。
「あの人、ちょっと変やねん。ごめんね。ハンカチいるの?」
「うん。汗を拭こうと思って」
「私の貸してあげるよ」
そう言うと、彩乃はスカイブルーの制服のポケットからピンクのハンカチを取り出した。