2人の孤独
「は?」
店員に名前を呼ばれた。僕は店員をまじまじと見た。
「えっと、背の高いクラスメートさん!」
いけすかない女3人組のメンバーで、ちょっと毛色が違うなというのでよく覚えていた。
「ショック……。まだ名前も覚えてもらってないとか」
「名前は……。ごめん。でも、背が高いから覚えていたよ」
「背が高いからとか微妙。でも、存在は覚えてくれてたんやね。高橋彩乃です。出来たら覚えておいて」
「うん。わかった。えっと……」
「高橋彩乃ね。近本君、天然?」
「名前知らない人多いよ。仲間でもあだ名しか覚えてない」
「面白すぎるんやけど。近本君、時間ある?」
ダラダラと話していたが、後ろの客の“早くしろ“オーラが半端なかったので、適当に返事をして店を出た。外から一度振り返って彼女を見た。彼女は接客しながらも、僕の方を見て小さく手を振ってくれた。
とりあえず、駐輪スペースで烏龍茶をがぶ飲みした。失恋しようがお腹は減るとか良く聞くが、僕は全く減らない。だが、自分の女が他の男とイチャついていた所を見ても喉は渇くんだと思った。ついさっき見た映像が何故だか随分と前のように感じた。自分のほっぺをつねるまでもなく、あれは紛れもない現実だ。恋人確定の証拠を掴んでもどうする事も出来ない。今なら確実に家にいるから、電話して問い詰めようかと考えたが、傷口に塩を塗るような事もしたくない。何より、彼女の口から彼の事を一行も聞きたくなかったからだ。
僕は汗ばんでいた手首が気持ち悪く、スポーツウオッチを外してパーカーの袖で拭いた。時計はもう少しで11時になるところだ。あの忌々しい現場を離れたのは確か9時過ぎだった。よくよく考えてみると、2時間近くチャリを漕いでいた事になる。
僕はパーカーのフロントポケットからタバコを取り出して火をつけた。烏龍茶にタバコは合わないなと思いながらも、残りの烏龍茶を飲み干した。たかだか烏龍茶を飲んだだけで少し生き返った気がした。心の痛みが癒えた訳ではないが、少し冷静になったのかもしれない。心の何処かではすでに終わっていたんだと。踏ん切りを付ける為にも今日の事は逆に良かったのかもしれない。簡単に割り切れるものじゃないけど、白黒ははっきりしたのだから。