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気がつけば彼女の住む街に着いていた。左手首にしていた黒のスポーツウオッチを見た。
『8時半か……』
居酒屋うちしおを出て1時間ほど経っていた。見慣れた駅前の風景だが何処か違って見えた。黒のママチャリをコンビニの脇にある公衆電話の前に止めて受話器を取った。
『……』
3か月ぐらい電話をかけていなかったが、悲しくなるほど番号を流れるように押していた。最後の“6”を押したら彼女に家につながる。そう思った瞬間、受話器を置いてしまった。突然、怖くなった。もし、運良く彼女が出たら今までのモヤモヤがリアルに変わる。僕のネガティヴな妄想が仮に全て当たっていたとして、それを受け止める事が出来るのだろうか──。
とりあえず公衆電話の横に座り込み、パーカーのフロントポケットからタバコを取り出して火をつけた。
『前に進みたいけど、怖いな……』
タバコを持つ右手が小刻みに震えていた。煙が目に入って少し染みた。
『苦しいわ。死ぬほど』
まだ半分以上残っているタバコを地面に擦りつけ、すぐ横にあったタバコの吸い殻入れに捨てた。
駅前は閑散としている──目の前に踏切があり、それを渡れば家に帰れる。逆にこの2車線の道路を南に下れば、すぐに道路沿いに彼女の家がある。
『行こうか、戻ろうか』
元々、何に対しても白黒はっきりさせたい、いや、はっきりさせてきたこれまでだ。今のこの煮え切らない状態は死ぬほど嫌なはずなのに、誰かを愛するという事はこんなにも人を変えてしまうのかと思うと、恐ろしくなった。
財布からじゃり銭を取り出して、右手親指の上に置いた。
『表なら帰る、裏なら家の前まで行き、彼女の部屋の明かりを確認する』
僕はそう決めて、10円玉を雲一つない夜空に弾いた。
それを両手で受け止め、ゆっくりと運命を確認した。
『裏……』
表が出る事に期待したが、腹をくくってチャリを漕いだ。もちろん、踏切とは逆の方向へ。
心臓がドクンドクンとこの疲れきった心を粉々にするかのように打ち付ける。あのカーブを大きく曲がれば、右手に直ぐ彼女の家が見えてくる──。
「えっ……」