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彼は、スカイブルーの半袖ワイシャツを黒のジーンズの中に入れていた。ベルトはワイン色の合成皮っぽく、バックルは手のひらに収まりきらないほどの大きさで、金色で“Victory ”と彫られていた。
「たてよ。君はあれかね、服装でも笑いを取りたいのかね」
「えっ? いや、お出かけ用でっせ」
「お出かけ用て。学校の女子に見られたら死ぬど」
「何かおかしいでっしゃろか」
人それぞれである。女性の好みと同じように、ファッションセンスも千差万別だ。僕がとやかくいう事ではない。とやかくいう事ではないが、明らかに変だ。
「話しは変わるが、今日の趣旨をまだ聞かされてないぞ。たてよ」
「着いたら分かりまんがな。多分、喜んでいただける自信はありまっせ」
「女? 今は到底そんな気分にはなれんぞ」
「いやいや、お楽しみという事で」
連絡通路を渡り、デパートの2階の入り口に着いた。その脇に階段があり、降りて行くと高架下に構える飲み屋が賑やかに夜の街を色取っていた。
「ここでんねん」
「“うちしお”?」
階段を降りて、20メートルほど歩いただろうか──古民家のような造りの居酒屋うちしお。店先にわざとアンティーク調に仕上げられた水車があった。
「知り合いでもいてるんか?」
「それは入ってからのお楽しみ」
そういうと、たては横開きの木の扉を開けた。
「いらっしゃい!」
威勢の良い声が店内に響いた。僕はたての背中に隠れるようにして中に入った。
「久しぶりやの! ちっかん!」
聞き覚えのある声だ──僕の事を“ちっかん”と呼ぶ奴は限られている。
「リーチやん! 久しぶりやん!」
「去年の暮れに会ったっきりや」
木彫りのカウンターの向こうに、ねじり鉢巻きをしたリーチがいた。彼とは、幼稚園からの幼なじみである。本名は“堀内敬”。僕が付けた訳ではないが、昔から“リーチ”と呼ばれている。去年の暮れに、お互いの彼女を呼び、ダブルデートをしたのを最後に音信不通となっていた。
「ここでバイトしてたんや」
「今年からな。ちょっと痩せたか?」
「色々あってな」
「とりあえず、そこ座れや」
L字型のカウンターと、良い味出してるテーブル席が3つ、テーブル席は全て埋まっており、リーチが焼き鳥を焼いている前の席に腰掛けた。