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僕はダンボールを一つ抱え、南口の改札付近へ向かった。大手デパートに隔てられた歩道橋を、江戸やんはダンボールを抱えてもう一度上り、東側へと降りて行った。レプは僕とは逆の北口の方へ向かって行った。
改札から色んな人が溢れ出てくる──僕の住む最寄り駅では考えられないほどだ。こんなにたくさんいるんだから、一瞬でテイッシュなど配り終わるだろうと思っていたが、これがなかなか上手くいかない。なにぶん初めてだから、最初の人にテイッシュを渡すのに少々時間が掛かってしまった。受け取ってもらえそうな人を選り好みしていたからだろう。あくまでも僕の基準でしかないが、とりあえず、男性より女性のほうが受け取ってもらえるんじゃないかと推測した。僕もそうだが、テイッシュどころか、ハンカチすら持っていない。江戸やんは持っていたけど、そんな奴は彼以外にいなかった。だから、目の前にテイッシュを突きつけられてもウザいだけだろうと。僕は女性ばかりにテイッシュを渡していった。取らざるをえないぐらい手元までテイッシュを近づけた。そうすると、意外にも受け取ってもらえた。たまに、おじさんなのか、おばさんなのか判断が微妙な人もいたが……。僕は久々に無の境地に近いゾーンにいた。ただテイッシュを配る事だけに専念した。彼女の事など1ミリも思い浮かんでこないほど。
「近ちゃん! 凄すぎやろ!」
レプの声で我にかえった。それまで、自分でも怖いぐらい集中していた。
「レプ、終わったんか?」
「李君が様子見てこいって言うからさ。もうダンボール空やんか!」
「もう? 気づかんかった……」
「とりあえず、ダンボール取ってくるわ。まだいっぱいあるわ」
「頼むわ。江戸やんはどう?」
「知らん。反対側やろ?」
「悪いけど様子見てきて」
「オーケー! お前のそういうとこ俺は好きや」
レプの言葉で何故だかまた心が楽になった。僕の中にあるズシリと重く黒い何かが削られていく感じだ。それにしても、レプは普通なら恥ずかしくて言えない台詞でもバンバン言う。おそらく、彼女にも、その時思った事をストレートに口にするんだろう。江戸やんに『友達になろう』と言った僕も負けてはいないが、彼には遠く及ばないと思った。