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昨日の電話で、彩乃は今日はバイトに入っていないとしきりに言っていた。彼女も、今日の事を気にしているんだろうと思った。いつもならバイトに入っている曜日だから、誰かと代わってもらったんだろう。
放課後、彼女に正直に話した。彩乃と付き合う前に、リーチから色々聞かされた事や、リーくんの家で話した事を全て。彼女は、僕の手を握り、『ありがとう』と言った。僕は、彩乃について来て欲しいと頼んだ。
「……分かった。正直、凄い悶々としてたから」
「ごめんな。正直に、彼女出来たからって言うわ」
「ありがとう。でも、よかった。正直者の彼氏で。ちょっと度が過ぎるけど」
「じゃあ、黙って行くべきやったか?」
「それは絶対嫌!」
僕は、彩乃の手を強く握り返した。
「でも、流石に2人でその場所に行くのは怖い」
「うん。見える所で待っててくれる?」
「それも何か嫌かな」
「何で?」
「相手がどんな人か知りたいけど、妄想が凄いリアルになりそうやし」
彩乃の言わんとしている事は理解出来る。僕も、彩乃の前の彼氏には会いたくはない。色々と比べてしまいそうだし、出来る事なら知らないままの方が楽だ。
「彩乃の前の彼氏、どんな人かは気になるけど、気にしないのだ!」
「宣言の仕方が面白い。ほんまに気になるの?」
「なるね。なるけど、気にしないのだ」
「『しないのだ』が面白い」
今朝、挨拶した時はどこかこわばったような表情だったから、笑っている彩乃を見て、不安にさせていたんだなと痛感した。そして、元彼女に答えを聞きに行く事がそれほど重要な事かと自問自答した。目の前に、自分には勿体ないぐらいの女がいる訳で。さらには、現場について来いと言った自分に対して、少し嫌悪感を抱いた。
「どうしたん?」
「……」
「やっぱりやり直したいの?」
「いや、馬鹿な事を言ったなって。もうどうでもいいわ」
「馬鹿な事って?」
「いや、ついて来てとか真顔で言った自分がキモい」
「キモくはないけど、そんな事頼まれたのは初めてかな」
「ごめんな。忘れてくれ」
「じゃあ、今日はどうするん?」
「彩乃と3時間ほどラブホ。そして飯食って帰る」
「いや、昨日散々したけど?」
「嫌なん?」
「まさか。同じ気持ち」
「エロいね。彩乃」
「君には負けます」
彩乃の笑顔が、僕のくだらないこだわりを破壊してくれた。そう、彼女の笑顔が全てだ。他の事なんてどうでもいい事なんだ。
「近ちゃんはん、聞こえましたで。ラブホがどうとか」
「たてよ、良い感じのエンディングなんだよ。早くお家に帰りたまえ」
「エンディングて何でんのん?」
「君は気にしなくていい」
「彩乃はん、苦労しまんな。お互いに」
たてイジリに腹を抱えて笑う彩乃を、これからもずっと守っていこうと決めた9月5日の放課後──。