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何度もポケベルで時間を確認した。1分1秒がやけに長く感じるが、とても心地良い時間である。
背中に汗が流れ落ちていくのを感じた。前も後ろも汗でビショビショに濡れている。
こんな状態で彩乃に告白しなければいけないのか──。何処か銭湯にでも行き、さっぱりしたかったが、ここを一歩たりとも動いてはいけないと言われた。僕の住んでいる街からここまで1時間はかかる。電話を切ってから、まだ20分ほどしか経っていない。後40分もこの場所で待たなければいけない。おそらく、彩乃が到着する頃には、このポロシャツは絞れるほど汗まみれになっている事だろう。
汗の匂いは大丈夫だろうか? 髪型は崩れていないだろうか? 短いから分かりにくいかもしれないが、チリチリの所謂“アホ毛”は出ていないだろうか。そんなどうでもよい事が、死ぬほど重要だと真剣に思っている高3の夏。
この暑さと緊張で喉がカラカラになっていた。僕は、一緒に飲もうと思って買ったスポーツドリンクをレジ袋から取り出して、一気に飲み干した。身体に染みこんでいくのが分かるぐらい水分を欲していた。そして、重要な事をすっかり忘れていた。もしかすると、キスとか場合によってはするかもしれない。僕は、右手のひらに息を吹きかけて口臭を確認した。飲んだばかりのスポーツドリンクの匂いが少ししただけだったが、用心の為にコンビニに入り、ミント系のガムを買った。そして、直ぐに封を開けてガムを噛んだ。口の中でミントの爽やかな香りと甘みが広がり、口臭問題は即効で解決した。
再度、ポケベルで時間を確認した。そろそろ1時間が経つ。彩乃はどこから現れるんだろうか。駐輪場がある方からくるはずだが、それは僕がここに来る時の順路であって、彼女は地元民だから、裏道など使ってくるかもしれない。僕は賭けをしてみた。付き合う事は確定だが、直ぐに別れるかもしれないし、長く付き合って結婚するかもしれない。
もしも駐輪場の方から現れたら、末長く一緒にいられる──。
もしも僕の背後から現れたら、残念ながら直ぐに別れてしまう──。僕は、駐輪場から彩乃が現れるのを祈るように待っていた。
「ごっごめんなさいっ! 待った?」