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外の蒸し暑さが嘘みたいな店内──僕はレジの最後尾に並んだ。ここにはいない彩乃の事を目を閉じて想像してみた。レジを打つ彩乃、さっき開けた冷蔵庫に飲み物を補充している彩乃、コピー機のインクを替えている彩乃、トイレの中に貼られている清掃点検表に自分の名前の印鑑を押す彩乃、あくまでも想像だが、鮮明に僕の心に浮かんだ。
「すいません。どうぞ」
「ごっごめんなさい」
妄想の世界にどっぷり浸かり過ぎていて、前の2人のお会計が済んでいる事に気づかなかった。僕はレジ袋を受け取り外に出た。深すぎる妄想のせいで、バイトの人に、彩乃のシフトを聞く事を忘れてしまった。
タバコの灰皿の横に公衆電話がある。僕は、江戸やんのポケベルを鳴らして、しばらく待っていた。タバコを一本吸い終わったぐらいに右ポケットが震えた。おそらく江戸やんだろう。僕は、黒色のポケベルを取り出して確認した。ディスプレイには、江戸やんの自宅の電話番号が表記されていた。僕は、公衆電話から江戸やんの自宅に電話を入れた。
「近ちゃん? 今何処?」
「江戸やん、今彩乃のバイト先前にある公衆電話」
「マジか……。ちょっちょっと電話代わるから」
「もしもし、近本君?」
代わった相手は安奈だった。
「今日告白するって言ってたから、待機しててん」
「マジでか。ありがとう。バイト入ってなかってん」
「近本君が、今日告白する事を彩乃には言えないからさ」
「うん」
「連絡係ぐらいしか出来ないけど」
江戸やんと話し合って、僕が会えなかった場合にポケベルで連絡を取れるように待機してくれていたようだ。江戸やんは僕の性格をよく理解してくれている。今日、告白する事を信じていないと出来ない事だ。連絡が取れない事を想定して、力を貸してくれる仲間がいる事の幸福。僕も必ず彼らのピンチに駆けつけようと心に誓った。
「安奈、ありがとうな」
「いいねん。とりあえず、彩乃を呼び出すから」
「ありがとう」
僕は燻んだ緑色の受話器を置いた。投入した100円は返ってこないが、お金では買えないものをもらった気がした。とりあえず、安奈からの連絡を待つしかない。バイトではないという事は自宅なのか、それとも誰か別の友達と遊びに行っているのか、あるいは、いや、考えるのはやめよう。必ず、今日会えるはずだから。