出会い
ようやく冒頭部分まで。
これからも継続的に投稿していきたいと思います。
「…さすがにコップ投げるのはやりすぎたか」
我ながら阿呆なことをしたと反省する。
そりゃいきなりコップ投げるようなバカと組もうなんて奴はいないだろう。むしろあいつが冷静に話をしてくれただけマシだ。
ファミレスを出て、家に向かうまでの道中。頭に上っていた血はゆっくりと下降し、まともな思考をようやく取り戻す。
…薄々わかっていたのだ。おれが切られることは。
今日はあいつからおれを呼び出した。スキル測定をした後は初めてのことだ。
それがクソみたいな真似だ、とは言わないし言えない。
立場が逆ならおれが関係を断ち切っていたはずだ。
おれ達はそれぐらい本気で冒険者になろうと考えていたんだから。
「とりあえず受験の準備すっかな…。あー、もっと勉強しとけばなぁ」
ぐちぐちと独り言をつぶやく。
もちろん無意識じゃない。自分自身に言い聞かせるためだ。
わかっちゃいるんだ、おれが冒険者に向いていないってことは。
もちろん、スキルがないからって理由だけじゃない。現に社会人になるまで何かしらのスキルを身につけて冒険者になったなんて人間もいくらでもいる。
問題なのは、ここまでろくな努力をしてこなかった危機感のなさだ。
今から本気で勉強、あるは鍛錬をしてスキルを身につけても、おそらくはそれを極めることは出来ない。
何かをはじめるのに遅いはなくとも、極めるのに遅いってのは絶対にあるのだ。
そういうリスクをまるで計算もせずに暢気に妄想に浸っていた自分が本気でバカだと思った。
部活だってもっとまじめに取り組んでおけば、なにかしらのスキルが身についていたかもしれない。朝練の走り込みや筋トレ。少なくともフィジカル面でのスキルは絶対についていないとおかしいはずなのに。
…ああ、でも確かに手を抜いていたっけな。周りのやつらも同じようにやってたからついつい。
「結局自業自得なんだよなぁ」
三年間部活をやりきったとマホちゃんは言ったが、その結果何も身につけることは出来なかった。
それもまたおれ自身にとっては見たくない現実ってやつなのだ。
「ん? あれ?」
不意に、足が止まった。
何かがおかしいと思った。普段から何度も通っている道だからこそ、ちょっとしたことに目端が利くようになる。
どこどこに新しい店が出来たとか、どこどこの店が閉まったとか。あるいは新しい家がたったとか、家がなくなったとか。
些細な変化は話の種になる。
だから、その時足を止めたのもその程度の認識でしかなかった。
ゆっくりと周囲を見渡し、その違和感を見つけて、
「うそ、だろ?」
頭の中が真っ白になった。
いくらなんでも出来すぎている。
住宅街の一角、その町の住民であれば一度は通ったことのある裏道。
そこに、あるはずのない地下へと続く階段があった。
*
ひんやりとした風が頬を撫でる。
初夏の日差しにはあり得ないそれは明らかに目の前の階段から流れてきたものだ。
近くで見れば、その異様さがよくわかる。
痛んだコンクリートにぽっかりと空いた穴は長方形の形をしていて、下に伸びる通路の両壁には等間隔で灯りが設置されている。階段は真っ白で、まるで傷一つついていない。
人工物のように見えて、明らかにおかしい物体。
それこそがダンジョンの入り口だと確信した。実物を見るのは初めてだが、授業やネットで見たそれととても似ている。
「…ありえねえだろ、マジで」
緊張で声が上擦った。
思わず口元を押さえたが、近くには誰もいない。それも違和感の一種だと気づいたが、ド級の異常を前にしてどうでもいいと割り切った。
いや、マジでどんなタイミングだよ。
まさかあれだけ行きたくて仕方がなかったダンジョンが目の前に現れるなんて思いもしなかった。
いや、そもそもなんでこんなとこに?
「これ、出来立てだよな…? まだ誰も見つけてない未登録の」
コンクリートに這い蹲ってのぞき込む。
階段は思いの外浅いようだ。
奥の方になにやら模様が書き込まれた扉があり、そこが本当のダンジョンの入り口になっているのだろう。
とにもかくにも、おれはダンジョン見つけてしまったのだ。
なら、
「あー、ここで通報してもおれのものになったりしないよな」
考えるべきなのはこの先の展開である。
ダンジョンの発見者には報奨金がでる。といっても近年は税金の無駄遣いとかで十万だかそこらになったとテレビか何かで言っていた。
所有権は驚いたことに土地の所有者ではなく国の物になる。おもしろいのは周辺の土地や建物も強制的に買い上げされるとかで何度も裁判沙汰になったらしい。
けど最近だとその類のことをなくすために法律も改正されたはずだ。
名称までは覚えていないけど。
「…あとは、自分で選べってことだよな」
整理しよう。
おれはスキルがないからダンジョンに入れない。
目の前には未発見のダンジョン。
このまま通報しても手にはいるのは十万だけ。
ならすべきことは一つだ。
それに、
「スライムとかゴブリンとかなら、なんといけるか?」
今の現状を打破するためにも、それが最適なんだ。
立ち上がり、一度深呼吸をする。
リュックをおろそうかと迷ったが、ベルトの長さを調節して背中に密着させた。中身がろくに入っていないから違和感も感じない。
一歩踏み出す。
靴底越しに硬い感触がしたがそれだけだ。おれはそのまま二歩、三歩と降りていく。
鼓動がどんどん早くなっている。思わず駆け下りたくなったが、それ以上の緊張感で足が上手く前に進まない。
「…落ち着け、落ち着けおれ」
何の準備もなくダンジョンに挑む。
そんな馬鹿な話は聞いたことがないが、けれど、おれにとっては挑まないことの方があり得なかった。
スキルとは後天的にも得ることが出来る。
それを最初に証明したのはダンジョン発見初期頃の探索者だ。
ダンジョンに潜った後、探索者の多くがそれまで保有していなかったスキルの発現に成功している。
その原因は未だに判明していないが、発現した人間の多くに共通していることがある。
モンスターを倒したこと。
おれも、モンスターを倒せばスキルに目覚めるかもしれない。
「しれない、じゃなくてやるんだっつーの」
呼吸が浅い。
一瞬空気が薄いのかと疑ったが、すぐに興奮しているからだと思い直す。
階段を降り、数メートルほどの廊下を進む。
この数メートルがまた遠い。引き返しそうになる自分を叱咤し、一歩一歩前へ。
取っ手らしき部分に触れ、扉を押した。
「……重っ!」
ぎぎぎ、と嫌な音が響いたが着実に扉は動いている。徐々に開いていく空間。そこから漏れ出た空気がさらに冷たくて一瞬身震いしたが、それも無視して全力で押し込んだ。
果たして、扉の先には。
「うわ」
狭い空間。
淡い光が室内を照らし、中心に鎮座した物体を浮かび上がらせている。
それは、氷付けになったとても美しい女性だった。