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電子と魔法のカケハシ  作者: ゼニ平
第4章
5/6

世界の掛け橋となれ

 1

 ヘリの中で、リーシアは携帯端末を操作して、町の電気を復旧させていた。

 いつまでも町に迷惑をかけっぱなしにするわけにもいかないしな。

 今頃電気会社には大量にクレームが入ってるかと思うと、申し訳ない気持ちになった。ごめんなさい。悪いのはこの白ロリです。頼んだのは俺だけど。

 俺は横に座って作業をしているリーシアの方をチラッと見たが、その彼女はヘリの後ろに積み込まれたライカの方を気にしているようだった。

 ライカは、ラバー製の寝袋のような物に詰め込まれていた。

 手足は動かないし、これで電気を吸い取ることもできないから、もし起きたとしても安心だろうが、なんとなく間抜けな絵面だった。

 しかし、こんなものいつの間に用意したんだ。

 そう思って前に座っているマオ姉の方を見る。マオ姉は横にいる夜空先輩にアメリカの土産話をしていた。

 あの店のスイーツがうまかっただの、あの店の肉は硬かっただの言っていた。

 いや、食うことばっかりじゃねぇか。そんな暇あったら俺に連絡の一つぐらい寄越せばいいのに。

 と一人で不機嫌な顔をしていると、いつの間にかそんな俺を見てリーシアがニヤニヤしていた。

 むかついたのでデコピンを食らわせてやった。

 そんなこんなで20分ほど東京の夜の空を飛んだところで、ヘリは街中にある巨大なビルの屋上に着陸した。

 そこはカケハシの所有するビルのうちの一つだった。

 俺達はヘリを降りると、マオ姉の案内でエレベーターに乗って地下へと降りた。

 ちなみに未だ目を覚まさないライカはやっぱり夜空先輩がかついでいた。

 代わりますよと言おうと思ったのだが、夜空先輩があまりにもぱっぱと行ってしまうので言いそびれてしまったのだ。

 エレベーターを出て細長い廊下を進むと、ネームプレートが付けられていない扉があった。

 マオ姉がカードをリーダーに通すと、扉が開いた。

 扉の中は、まるで研究室のような、白い大きな部屋だった。

 マオ姉は俺達の方を振り返って、部屋を背に渾身のドヤ顔でこう言った。

 「カケハシカンパニー特別監査部、通称対魔研究室にようこそ!」

 姉さん、あんまりネーミングセンスは無いんだよなぁ。

 

 2

 「特別監査部? 対魔研究室? そんなの、この会社にあったんですか? 以前に調査した時は見つからなかったのに……」

 リーシアはカケハシについて調査していたからか、そんな疑問を口にした。

 「ここは他の部署とは完全に切り離されているわ。リーシアちゃんでも見つけられなくて当然よ」

 リーシアとは反対に豊満な胸を張るマオ姉。

 「まぁ、ここの説明の前に、先にそっちの子ね」

 と言って夜空先輩の肩に抱えられているライカを指差す。

 「あっちに医療スタッフがいるから、とりあえず診てもらいましょう。申し訳ないけど、しばらく拘束して薬で眠っていてもらうことになると思うけど」

 まぁ、確かにここでライカに暴れられても困るが。

 リーシアは心配そうな目で連れて行かれるライカを見ていた。

 「大丈夫、手荒に扱ったりはしないから。あの子を傷つけるような事はしないわ」

 そんな彼女にマオ姉は安心させるように優しく声をかけていた。

 ライカを医療スタッフに預けた後、俺達は広めの会議室のような所に通された。

 マオ姉が部屋の前の方に立ち、俺達は周りの椅子に座った。

 「さて、まずこの部署についての説明ね。特別監査部はその名の通り、カケハシ内部を監査する特別組織よ。その存在は極秘で、カケハシ内部でも極僅かしか知る者はいないわ。私達は数年前、カケハシ内部と、こちらの世界に来た魔法使い達の組織との繋がりを見つけて、調査していたの」

 「繋がりって、具体的には?」

 「こちらからは資金の援助と活動場所の提供とかね。代わりに魔法使いを派遣してもらって、色々悪さをしていたみたいね。私の調べた限りでは、ライバル会社の役員を暗殺したり、工場を魔法で爆破したりとか……まぁ無茶苦茶やってるわね」

 「ははぁ、悪いことをする人がいるものですねー」

 魔法でハッキングしているリーシアが言ってもあんまり説得力は無いが。

 「そうやって不当な手段で利益を上げている人たちがいる。私達は、そういった人達の正体を突き止めて、やめさせるのが目的なの」

 「不当な手段を目的を果てしても、やがてその報いを受ける時がくるだろう」

 夜空先輩がかっこいいことを言っている。

 っていうか夜空先輩、かなり自然な流れで着いてきたけど、大丈夫なのか?

 「夜空はうちでバイトをやってるのよ」

 「うむ」

 まじかよ。知らなかった。

 っていうか、俺も姉さんのために色々活動してるんだが、その対価など貰ったこと無い気がする。

 「え? 姉のために弟が奉仕するのは当然でしょ?」

 そうきょとんとした顔で言われると、何も言い返せなくなる。

 「体のいい労働力ですね」

 うるせぇ。リーシアが茶々を入れてきたのでチョップでお返しする。

 まともに一撃を食らって頭を押さえるリーシアは放っておいて、俺は気になっていた事を質問した。

 「姉さん。リーシアやライカもそうだけど、魔法使い達がどうやってこっちの世界に来てるかはわかってるのか?」

 「いい質問ね。偉いぞタクミ」

 子ども扱いされてる気はするが、姉さんに褒められて悪い気はしない。

 「タクミさん、顔がにやけてますよ」

 やかましいわ。頭を押さえたままのリーシアがジト目でこちらを見てきたが無視を決め込む。

 「魔法世界と私達の世界は、近く存在するけどお互いに認識することができない、そんな関係にあるの。でも10年毎に数分の間、2つの世界は繋がるようで、お互いの世界にある『門』を通じて、行き来ができるようになるの」

 「『門』、ですか?」

 その『門』を通ってきたはずのリーシアにもよくわかっていないようだった。

 「ええ、二つの世界が一時的に繋がる地点……それぞれの世界の出入り口を私達は『門』と呼んでいるわ」

 「ああ、私の世界の『異界の浜』がきっとそうですね。あそこには、この世界の物がたくさん流れ着いていましたから」

 向こうの世界の『門』については、リーシアには心当たりがあるようだった。

 「それで、こっちの世界の『門』の位置はわかっているのか?」

 マオ姉はうなずくと、

 「それなら、彼が知ってるわ」

 「カレ?」

 姉さんの口からカレという単語を聞きたくないんだが。ただでさえ姉さんに言い寄ってくる男が多くて普段からやきもきしてると言うのに。

 「違いますタクミさん。そうじゃないです」

 リーシアは俺達が入ってきた扉の方を指差して驚いた顔をしていた。

 「ザック?」

 「無事で何よりだ。リーシア」

 見ると、見覚えのある白い髯を生やした大柄な老人が立っていた。

 リーシアと一緒に生活してる、バー『WHITE ALICE』のマスターだった。


 3

 「あの子……ライカに襲われたと聞いて驚いたぞ。よく無事だったな」

 彼は素っ気無いながらもどこか優しさを感じさせる声でリーシアに声をかけていた。リーシアも椅子から立ち上がると、嬉しそうな顔でマスターの元に駆け寄っていった。

 「ええ、まぁ私の活躍と、タクミさんの貢献のおかげでなんとかなりました」

 と、そんな事をのたまりやがった。こいつ、本当にあの時にぶった斬っておけばよかったかもしれない。

 そんなふてぶてしいリーシアと対照的にマスターは俺の方に頭を下げてきた。

 「改めて名乗ろう。俺はザック・グランビー。リーシアの親代わりをしている。この子を助けてくれてありがとう。タクミ」

 「ああ、いえ……俺も見捨てるか迷ったんで気にしないでください」

 そんな風に素直にお礼を言われると、俺もたじろいでしまう。

 「酷い!! そんな事思ってたなんて!!」

 うるさいぞ白ロリ。

 マスターはそんな生意気なリーシアの頭にぽんと手を乗せると、

 「この子も本当は君に感謝していると思うが、素直じゃないんでな。すまない」

 本当に感謝してるのか?

 リーシアはつーんと向こうを向いてしまっているが。

 「素直じゃないのはタクミも一緒なので、気にしないでください。ザックさん」

 姉さんがそんなやり取りをしてる俺達の間に入ってきた。

 俺は姉さんに対してはだいぶ素直に愛情を表現していると思うんだが。

 「タクミ。リーシアちゃん。彼は、私達の協力者なのよ」

 「協力者?」

 俺とリーシアが同時に声を上げて驚いてマスターの方を見る。

 「リーシアは知っていると思うが、俺も向こうの世界からやってきた」

 それはそうだろうな。この流れで、実はただの外国人でした、なんて事はありえないだろう。

 「俺はもう何十年も前にこの世界にやってきた。俺たちも向こうの世界では居場所の無い存在だったからな。こっちの世界で俺たちを必要としてれくる人がいるなら、喜んで住んでいた世界を捨てたさ。当時は俺たち……お前達の言う魔法使いの集団、通称『ギルド』だが……『ギルド』とカケハシは互いに協力しあっていた。魔法を利用して密偵や護衛なんかをしていたよ。そうだったのに……」

 マスターは言葉を区切ると、はき捨てるように言った。

 「今のあいつらは『ギルド』の魔法使い達をただの道具としか考えちゃいない。しまいには、魔法を増幅させるためだとか言って、子供たちを人体実験に使う始末だ」

 「人体実験?」

 穏やかじゃない単語だ。

 「危険な薬を投薬したり、脳をいじったり……まともな人間のやることじゃない。そのせいで、心が壊れてしまう子もいたそうだ」

 少なくとも、聞いてて気持ちのいい話ではないな。

 魔法はこの世界にない能力だから、色々研究が必要なんだろうが、そんな非人道的な事が行われているとは思ってなかった。

 「じゃあ、ライちゃんの様子がおかしかったのも……」

 リーシアの話では、あの子は元々優しくて活発で可愛い女の子だったそうだ。

 今のあの子とは似ても似つかないが、そんな実験の被害者だったということなら納得ができる。

 待てよ。じゃあ、リーシアが小学生並の身長しか無いのもまさか……。

 「それは関係無いです」

 無いのか。だが、マスターは苦々しそうに頷いて、

 「リーシアは、そうなる直前だった。魔法の使えない魔法使いだから、あいつらにしてみれば、格好の実験材料だった」

 いなくなっても問題無いし、運よく実験が成功したらそれは良し、ってことか。

 「そうなる前に俺が連れ出した。おかげでこの子は守れたが……結局他の子供達が犠牲になっただけだった」

マスターは、他の子達を救えなかった事を悔いているような、そんな辛そうな声だった。

 「それで、姉さんに協力を?」

 「ゲンマ……掛橋弦間はこっちの世界の数少ない俺の友人だったからな。孫娘のマオちゃんの話は聞いていたんだ。彼女から協力を求められたら、聞かないわけにはいかないさ」

 マオ姉のお祖父さんで、カケハシカンパニーの創始者が、この人と友達だったとは。人の縁という物はわからないもんだ。

 「数ヶ月前、祖父の遺品を整理していたら、ザックさんの店の住所が書かれたメモが見つかってね。それであの店を訪ねてみたのよ」

 「ははぁ。私の所にタクミさんを寄越したのはそういう経緯でしたか」

 リーシアが納得したように声を上げた。マオ姉も頷いて、

 「ええ。祖父の金庫のこと、あなたならきっと何とかしてくれると思ってね」

 「リーシアの力のこと、知ってたのか?」

 ホワイトアリスの噂はネットでちょっと調べれば出てくるから、リーシア=ホワイトアリスだとマスターから聞いたのなら、確かに重要な依頼をしてもおかしくはないだろう。

 「ええ。それに私も彼女に依頼したし」

 「え? いつですか?」

 依頼されたらしいリーシアには覚えがないようだ。

 「私が直接依頼したわけじゃなくて、代役を立てて依頼したからね。わからなくても当然よ。ほら、これ見てよ」

 と言ってスマホの画面を俺に見せてきた。これは確か姉が最近はまってるソシャゲだったと思うが。でっかい羽のついたイケメンが画面に映っていた。

 「リーシアちゃんのおかげで、欲しかったSSRルシフェルが出たのよ!!」

 「あんただったんかい!!」

 あーあの依頼マオさんだったんですかーとリーシアののん気な声をバックに、そんなロクでもない依頼をした姉にお説教をする羽目になった。


 4

 「えーんタクミがいじめるー。どうせガチャの確率なんて運営が操作してるに決まってるんだから、別にいいと思わない?」

 「よしよし」

 と姉は夜空先輩に泣き付いて百合百合していた。

 ちなみに、ガチャの確率は操作しているのがバレたら大変な返金騒ぎになって下手すりゃ会社が潰れるから、運営からしてもかなりリスクの高いことなのでそんな事やっていないマトモな会社の方が多いと思うぞ。たぶん。

 それに姉さんがやってるソシャゲ、カケハシが出してるゲームじゃなかったか?

 と、そこへ慌てた様子の職員が勢い良く扉を開けて部屋に入ってきた。

 「部長大変です!! この建物が囲まれてます!!」

 「囲まれてる!?」

 さっきまでいじけていたマオ姉はばっと立ち上がると慌てて部屋を飛び出して行った。残された俺達は顔を見合わせると、マオ姉に続いて部屋を出た。

 走るマオ姉の後をついていき、大部屋の奥の方の扉に入ると、そこは壁一面にモニターが置かれている部屋だった。

 数人の職員の人たちがモニターの前にいたが、みんな慌てているようだった。

 「ここは監視室だな。4棟あるカケハシ所有のビル内のあらゆる場所やその周りの様子が見られる部屋だ」

 ありがたいことに夜空先輩が解説してくれた。

 マオ姉が凝視しているモニターを見ると、黒いローブを着た十数人ほどの怪しい連中が映っていた。

 この映像の場所、どう見てもこのビルの周りじゃないか。

 「どうしてあいつら、このビルの周りに集まっているんだ?」

 「もし私達を狙ったものじゃないんだとしたら、逆に何があるかしらね」

 マオ姉も焦っているのか、俺に対しても冷ややかな対応だ。

 「あとを付けられていたんですかね?」 

 「ヘリを付けている怪しい奴はいなかったと思う。いたら私が気付く」

 リーシアが疑問を投げかけたが、夜空先輩はきっぱり否定した。

 まずヘリを付けるってのは想像しにくいが、魔法使いならあり得るのかもしれない。ライカもまるで俺達の居場所がわかるみたいに、大ジャンプして付きまとっていたし……。

 「そういやリーシア。なんでライカは俺達の場所がわかるみたいに追いかけることができたんだ?」

 その言葉にはっとしたマスターが、

 「マーカーだ」

 慌ててリーシアの体に向けて手を掲げる。

 ぶつぶつと呪文を唱えると、リーシアの右手の部分が光だした。

 「うわっ!! なんですかこれ!?」

 マスターはリーシアの右手を取ると、手袋を脱がせた。

 「こいつだ。こいつにマーカーが仕掛けられていたんだ」

 忌々しげに手袋を睨むマスターに、マオ姉が尋ねる。

 「マーカー……要するに発信機みたいなものですね?」

 そいつがリーシアの手袋に着けられていたから、俺達の居場所がまるわかりだってことだったのか。

 「やられたわね。連中、地下のこのフロアに乗り込んでくるつもりみたいよ」

 モニターには、次々とビルの内部に進入してくる黒ローブ達が映っていた。

 それを見て舌打ちをするマオ姉。

 「マオ姉、どうする!?」

 さすがにあの人数の魔法使いがここに来たらまずいだろう。焦ってマオ姉に問いかけるが、マオ姉は厳しい顔をして黙ったままだ。

 「私が時間を稼ごう。マオ達は裏口から逃げるといい」

 そんな俺達に、格好いい声をかける人物がいた。

 「その手袋が発信機ならば、それさえなければ、奴らはお前達の居場所はわからないはずだろう?」

 澄ました顔をしている夜空先輩だった。

 たしかに、マーカーがここにある限り、俺達が逃げてもどこにいるかわからないだろうが……。

 そんな夜空先輩に、マオ姉はやれやれといった顔をし、

 「……頼もうとしてたんだけど、先に言われちゃったか。行けるわね?」

 「私が大会で優勝するよりは簡単だ」

 幼馴染は二人は目を合わせてにやりと笑っていた。

 やだこの先輩、かっこいい。この人なら、確かになんとかしてくれるだろう。

 じゃあ、ここは先輩に任せて逃げようかと思ったが、リーシアが突然声を上げた。

 「あ、そうだライちゃんが……!!」

 確かに、あの子を置いていったら、どうなるかわかったもんじゃない。

 今のままなら俺達を殺そうとはしてこないかもしれないが、また連中に薬とかを飲まされたらどうなるかはわからない。

 「心配するな。この部屋には誰も入れさせない。安心して行ってこい」

 なんなのこの先輩。かっこよすぎるでしょ。惚れちまったらどうするんだ。

 「その時はどう断るかじっくり考えてやろう」

 「そうよダメよ。夜空は私のものなんだから」

 夜空先輩は冷たいし、マオ姉は百合展開とかこれ以上はいいです。

 「バカな事を言ってないで、早く行くぞ!!」

 マスターに怒られて、俺達はマオ姉の案内で裏口の方に急いだ。

 表のエレベーターは使えないので非常階段を走って上っていたが、走りながらリーシアが俺に声をかけてきた。 

 「タクミさん。星川夜空さんって、剣道の大会で1度も優勝したことが無いぐらの腕なんですよね? それなのに、魔法使いの相手なんて大丈夫なんですか?」

 「大丈夫だろ」

 俺はあっさりと答える。

 俺はあの人の本気を知ってるからな。あの人が本気を出したら、高校どころか大人でもあの人に敵う剣士はそうはいない。

 「あの人が大会で優勝できないのは……あの人の本気のスタイルが、高校剣道で認められてないだけだからな」


 5

 マオ達も、職員達も全員逃げられたようだ。

 部屋にはライカとかいう魔法使いの少女が眠ったままで残されているだけだ。あのリーシアという小さな少女と約束しなかったとしても、魔法使いの数人程度に遅れを取るわけにはいかない。

 私は自分の竹刀袋から、愛用の刀達を取り出す。

 この刀もタクミの刀もこの対魔研究室で造られた物だ。

 通常の刀にミスリルをコーティングしているため魔法を弾く事ができるそうだ。

 マオに、対魔研究室の実働部隊として働かないかと話をされた時は何の話かさっぱりわからなかったが、私はあっさりOKした。

 マオとは幼馴染だけあって、長い付き合いだ。そのマオが私に真剣にお願いをすることなど滅多になかったからな。

 中学の時にいきなり後輩を弟にしたのは未だによくわからないが、その弟、タクミも真剣にマオの事を考えているのは私と一緒だったから、すぐに打ち解けることができた。

 あの二人のことは、私が守らなければならない。

 そのために、私は父から剣を学んだのだから。

 そのために、私は常に最強を目指さなければならない。

 「よし」

 私は気合を入れて、部屋から廊下に出る。

 そこには既に10人ほどの魔法使い達が集まっていた。

 魔法使い達は、私が出てきたことに驚いた様子だったが、それぞれが杖を構えて詠唱の準備に入っている。

 「命がおしければ逃げた方が身のためだぞ。私は手加減が得意ではない。というか、手加減などしたことが無いから、仕方がわからない」

 私はいつだって、真剣だ。

 右手に小刀、左手に大刀を構え、私は行く。

 「星川二刀流剣術、星川夜空。お前達を、夜空に煌く星にしてやろう!!」

 マオが考えてくれたセリフだが、言ってみてわかった。恥ずかしすぎる。

 私はそれを誤魔化すように、飛んでくる炎や氷、雷を二本の刀で捌きながら、一番手前にいた魔法使いに全力で斬りかかった。


 6

 裏口から俺達は、マオ姉の案内で地下の駐車場に向かった。ホテルの駐車場かと思うような巨大な駐車場で、社用車のライトバンに乗り込んだ。

 俺達はもちろん免許など持っていないので、運転はマスターが担当してくれた。

 「それで、どこへ行けばいい?」

 「『門』へお願いします!」

 「わかった」

 そう言って車は発進した。

 ビルの裏から出て、周囲に魔法使いがいないことを確認すると、俺はマオ姉に疑問を投げかけた。

 「姉さん、どうして『門』へ?」

 「リーシアの持っている鍵を使うのよ」

 「ほえ?」

 いきなり自分の名前を呼ばれたリーシアは驚いて変な声を出していた。

 リーシアは鍵を取り出すと、

 「この鍵、マオさんは何に使う物かわかってるんですか?」

 マオ姉は頷いて、

 「その鍵は、『門』を制御するための部屋の鍵なのよ。そこで『門』を完全に閉めてしまって、もう魔法使いがこれ以上この世界に来れなくするのが私達の役目よ」

 『門』を制御する部屋、だって?

 「なんでそんな物がマオ姉のお祖父さんの金庫に入ってたんだ?」

 「ゲンマは、今の魔法使い達とカケハシの関係を嘆いていた。かつては、こちらの世界の人間と俺達の世界を繋ぐ掛け橋のような存在になりたい……そう言っていたんだが、今はまるで奴隷とその主人のようだ。ゲンマは何度もやめさせようとしていたのだが、もはやゲンマにも、今の社長のソウマにもどうにもできなかった」

 掛橋相馬。掛橋弦間の後をついて社長になった、マオ姉のお父さんだ。

 そんな人達でも、魔法使いとカケハシの関係をどうすることもできなかった。と言うのは、どういうことなんだろう。

 「今の役員は、ほとんどがお祖父様の時代から魔法使い達の力で甘い汁を吸って来た連中よ。もうお祖父様やお父様が何を言ったところで、その利益を手放すようなことはできなくなってしまっているのよ」

 会社は社長一人の意見でどうにかできるものじゃないって聞いたことがある。

 下手したら、無理やり社長の座を下ろされるかもしれないし、もっと言えば手駒の魔法使いに暗殺される恐れもあるだろう。マオ姉のお祖父さんもお父さんも、さぞ悔しかっただろうな。

 「だからゲンマは、『門』を制御するための鍵を後の世代に託したんだ。この鍵を、たった一人、あの金庫を開けられる人物に」

 自然と視線が一人に集まる。

 「……えっ? 私ですか?」

 本人は目をぱちくりさせていた。

 「……でも、どうしてリーシアなんだ?」

 そう、託すならマオ姉でも良かったはずだ。なんでよりにもよってこの大食らいで自己否定が強くてハッキング以外に取り得の無いポンコツ魔法使いの白ロリに託したんだ?

 「さすがに言いすぎですよ!!」

 リーシアが俺の頭をポカポカ殴ってきた。全然痛くねぇ。非力すぎんだろ。

 「マオはまだ若いがカケハシの人間だ。もし仮にマオが単独で事を起こしたら、マオはカケハシ内部から裏切り者扱いされ、もうカケハシにはいられなくなる。ゲンマはそれを心配していたんだ」

 そうか。だから、まったく他人のリーシアに託したわけか。

 「それだけじゃない。ゲンマは、リーシアの技術力を高く評価していたし、同時に、事故とはいえこちらの世界に連れてきた事を申し訳無くも思っていた。そして、今では奴らとも無関係だ。これ以上の適任はいないだろう」

 ……そう言われてみれば、そうかもしれない。でも、その口ぶりだと、弦間さんはリーシアのことを個人的に知っていたのか?

 「俺が教えた。それから、あいつはリーシアに直接連絡を取ったんだ」

 「え?」

 リーシアは驚いた顔をしていた。

 「掛橋弦間さん、ですよね? そんな人から連絡なんか来た覚えないですけど……?」

 マスターは運転中のため正面を見ているので顔はよく見えないが、なんとなく懐かしそうな、そして悲しそうな顔をしている気がした。

 「あいつは、お前に全てを託したと言っていたよ。ハッキングの技術も、その信念も。お前なら、きっと卒業試験をクリアできると言っていた」

 ……そういうことか。その言葉で、無関係の俺でもわかった。

 リーシアはしばらく呆然としていたが、泣きそうな顔になって、震える声で、

 「まさか……師匠が? 師匠が……掛橋弦間さんなんですか?」

 マスターは何も答えず、黙って運転を続けていた。

 沈黙が全てを物語っていた。


 7

 ビルを出てから30分ほど走ったところで、都内でも屈指の広さを誇る公園に到着し、車を停めて俺達は公園に足を踏み入れた。すでに深夜0時を回っているせいか、辺りには人の気配がまったく無い。

 リーシアはさっきからずっと黙ったままだった。

 師匠が既に亡くなっていたという事実には、やはりショックが大きかったらしい。

 マスターはそんな彼女には何も言わず、公園の中心に向かってドンドン進んで行った。

 「ここだ」

 俺達は公園の中心にある大きな噴水の前にたどり着いた。

 「噴水? ここが『門』なのか?」

 「正確には、『門』の入り口だな」

 マスターは噴水の傍の地面を指差した。目をこらして見ると、コンクリートの地面の中に、鍵穴のような形をした穴があった。

 「リーシア。鍵を」

 リーシアは黙って鍵を取り出し、その鍵を鍵穴に差し込んで回した。

 カチッと音がしたかと思うと、目の前のコンクリートの床がゆっくりと音を立ててスライドしだし、動きが止まったと思ったら下り階段が現れた。

 マスターがささっと下り階段を降りて行ったので、俺達も続く。

 中は照明が設置されていて、少し薄暗いが階段はしっかり見えた。

 だが、随分地下の方まで続いているらしい。

 「こんな仕掛けがあったなんて……これもお祖父様が?」

 「この公園ができる時に、ゲンマの父親が『門』を隠すために作った仕掛けだそうだ」

 ってことは、マオ姉の曾お祖父さんってことか。そんな昔からここは別の世界と繋がっていたのか。

 「『門』を管理するシステムをゲンマが作ったのが50年前。それまでは不定期に俺達の世界とこの世界は繋がっていた。物や人間が偶然別の世界にたどり着いてしまうことも多かったらしい……ついたぞ」

 長い階段が終わったと思ったら、開けた場所に到着した。

 学校の体育館ぐらいの広さの空間で、奥には壁一面に広がる巨大な丸い鏡のような物体があった。

 「あれが『門』だ。今はまだ繋がっていないがな」

 正直に言うと、『門』というからアーチのような形の物を想像していた。

 「繋がっていないってのは?」

 「さっきも言ったが、現在は10年に一度しかこの『門』は繋がらない。繋がっていない状態では、世界の行き来はできない。……ゲンマがそう設定したんだ」

 大きな鏡の前には巨大な機械があった。教会のパイプオルガンみたいなサイズで、鍵盤の代わりに巨大なキーボードとこれまた巨大なモニターが設置されていた。鏡のような『門』とは何本ものケーブルで繋がっていた。マスターはそれに近づくと、こちらを振り返った。

 「リーシア」

 呼ばれたリーシアは、ビクッとしてマスターの方を見た。

 「ゲンマは、この『門』の制御装置をお前に遺したんだ。これを使えば、自由に行き来することもできるし、もう行き来できなくすることもできる。……そう、お前が元の世界に帰ることもできる」

 「師匠……」

 リーシアは戸惑った目で俺の方を見てきた。どうすればいいか、迷っている。そんな表情だった。俺達がここに来たのは、魔法使い達がこの世界にもう来れなくするためだ。マオ姉のためにも、俺はここで、『門』を完全に閉じてくれと、そう言うべきだろう。

 「お前の好きにしろよ。リーシア」

 だがそれは、マオ姉の目的であって、リーシアの意志は関係無い。これはリーシアに託された物なのだ。もしリーシアが元の世界に帰りたいというなら、止めるようなことはしたくない。そう思った。

 マオ姉は驚いた顔で俺の方を見てきた。ごめん、マオ姉。

 しばらく考え込んでいたリーシアは、意を決したように、装置の方に走り寄って操作し始めた。

 「タクミ、あんた……」

 マオ姉が何とも言えない表情で話しかけてきた。俺がなんと言い訳しようかと考えていると、

 「……『門』の開閉頻度の制御メソッドがロックされています!!」

 リーシアの慌てた声が聞こえてきて、俺達も制御装置の方に近寄っていった。

 「現在はザックの言っていたように、10年毎に開かれるように設定されています。でも、その設定を変えることができないんです!! これじゃあ、閉じることも開くこともできません!! おまけに、次に『門』が開く時間まで、あと1時間ほどしかありません!!」

 なんてこった。そういえば、リーシアがこの世界に来たのは10年前と言っていたか。……確かにそろそろ『門』が開く時期だったのかもしれないが、間の悪い事だ。

 その時、突然モニターに何か文字が映し出された。

 『卒業試験』。そう書かれていた。

 

 8

 「あのアホ師匠め……あの人本当に空気読めないんですから!! 今そんな場合じゃないでしょうに!!」

 リーシアはだいぶ恨みがましそうだった。いつ魔法使い達が来るかもわからないし、一人で戦っている夜空先輩のことも心配だ。そしてもうしばらくすると『門』が開いて魔法使い達が向こうの世界からこちらから来てしまう。そんな絶望的な現状なのだ。当然とも言えた。

 「なんとかならないのか?」

 「やってやりますよ!! ええ、回線さえ繋がっていれば、私に覗けない情報はありませんからね!!」

 いつものセリフをキレながら言い放ちつつ、リーシアは装置に向かって解析魔法を使い始めた。

 「ああ、もう!! 金庫の時よりもだいぶめんどくさい構成ですね……これじゃ時間が掛かって仕方ないですよ!!」

 文句を言いながら作業をするリーシア。今は、彼女を信じて任せるしかない。

 俺も、俺にしかできないことをしよう。俺は刀を抜き、リーシアが向いているとは反対の、入り口の方を向く。

 「タクミ?」

 マオ姉が驚いて声をかけてきたが、

 「下がってて」 

 俺は、俺達が降りてきた階段の方に向かって話しかけた。

 「ストーカーはもう飽きただろ? そろそろ出てこいよ」

 コツコツと、階段を下る足音がして、黒いローブ姿の人間が現れた。

 「魔法使い!?」

 そう、魔法使いなのだ。名前も姿も日本人のようだったから、気付かなかった。

 「まさかあなたが魔法使いだとは思わなかったよ……渡さん」

 魔法使い……渡さんはローブのフードを取って、その笑顔を見せた。

 「ははは……。まさか気付かれていたとは思わなかったよ」

 「あなた……技術部門の渡和馬さん? あなたが魔法使いなの!?」

 マオ姉が驚いた声を上げる。当然だな。まさか自分の会社の社員に、魔法使いが紛れ込んでるなど思いもしなかっただろう。

 渡さんはいつもの人の良さそうな笑顔のまま、問いかけてきた。

 「参考までに聞いておきたいな。どうしてわかったんだい?」

 「リーシアの手袋だよ。俺たちが昼食を食べた時に、あなたが床に落ちたリーシアの手袋を拾ってましたよね。あの時に、マーカーを着けたんじゃないですか?」

 あの時渡さんは、テーブルの下で何やらごそごそやっていた。魔法を使っていたとしても、俺達が気付く事は難しかっただろう。

 「それにストーカーをしていた時のあなたの格好……マスクに手袋をしてましたよね。リーシアと同じように、この世界で魔法使いは、その素性を隠すために口元と手を隠しますから」

 リーシアは口元はスカーフ、手は皮の手袋で隠している。

 それに比べると、マスクに手袋というのは、こそこそストーカーをしていた事もあって、そこまで不自然な格好では無いため、俺も見逃していた。

 そう、一つ一つは、気にするほどのことでは無かった。

 「片方だけなら、気にならなかったかもしれないですけど、2つもあったら疑わざるを得ないんですよ」

 「ははは。まったく、ライカを退けたことといい、僕の正体に気付いたことといい……君とリーシアさんを甘く見すぎていたようだよ。ただの高校生と、落ちこぼれの魔法使いだと聞いていたんだがね」

 まぁ、それはどっちも間違ってない。俺はただの高校生だし、リーシアは解析魔法しか使えない魔法使いだ。

 大人で、おまけに魔法使いの渡さんが侮ってしまうのは仕方ない。

 「本当に、まったく……僕の計画を全部ぶち壊しにしてくれて、参ってしまいますよ。だから、せめて……」

 渡さんは呪文を唱え始めて、両手の手のひらを合わせて、ドッジボールぐらいの大きさの火球を作り出した。

 俺たちは、思わず身構える。

「お前だけは……殺す!!」

 俺も、マオ姉もマスターも、火球が飛んで来るのはわかっていた。だが、リーシアはまだ制御装置の方に夢中で、渡さんが来たことにも気付いていないようだった。

 だから、リーシアの方に飛んでいった火球を、彼女は避けることは不可能だった。

 「ぐっ!!」

 「きゃあ!!」

 側にいたマスターが、リーシアの前に飛び出して庇ったことで、炎をまともに食らい、そのまま倒れた。さすがにリーシアも、間近でマスターが火傷を負って倒れたことには気づいて悲鳴を上げた。

 「ザ、ザック!! しっかりしてください!!」

 「手を止めるな!!」

 思わずマスターの元に駆け寄ろうとするリーシアだったが、彼はそれを制止した。

 「時間が無いんだろう!? 俺に構うな!!」

 「で、でも……」

 すると、マオ姉がマスターの所に駆け寄って行った。

 「ザックさんのことは私に任せて。あなたは装置の方を!!」

 リーシアは迷っていたが、改めて制御装置の方に向き直った。

 俺は渡さん……いや、渡の射線上に、リーシア達を庇うように立った。

 「なんで、リーシアを狙った?」

 「あいつが、あの金庫を開けて『鍵』を手にしたからだよ!!」

 俺の問いに対して、渡は激昂して答える。

 「あいつは、あの人の、弦間様の、金庫をあっさり破ってしまった!! あの人の遺志を継ぐのは、僕だったはずなのに!!」

 ……どういうことだ?

 「僕は、この世界に来て、日本人の名前を与えられ、カケハシ内部に技術者として潜入する任務を与えられた。その時、生前の弦間様には大変お世話になった……。僕のことを魔法使いと知っていながら、技術者として僕に様々なことを教えて頂いたんだ……。そして、この『門』の部屋に入るための『鍵』を隠した金庫のことを、ずっと前に、カケハシ内部に発見される遥か前に聞かせて頂いた。……自分の信念を受け継いだ者なら、きっと開けられるだろうと」

 渡も、リーシアと同じで掛橋弦間の関係者だったってわけか。

 「リーシアがあの金庫を開けられたのは、解析魔法を使っていたから……」

 そう言う俺の言葉を聞いて、渡は笑い出した。

 「僕も魔法使いなんだよ? 解析魔法なんてもちろん使える……使っても、僕には開けられなかったんだよ!!」

 後半は、ほとんど泣きながら叫んでいた。

 リーシアは、解析魔法と、師匠……掛橋弦間から受け継いだハッキング技術を使っていると言っていた。渡に足りないのは、その技術なんだろう。

 「あんな小娘が、弦間様の信念を受け継いでいるなんて認めない!! あの金庫を開けるのは、僕だったんだ!! そのために、邪魔者はみんな排除して、僕が技術部門で一番のエンジニアになったというのに!!」

 ……なんだって? 邪魔者はみんな排除した?

 自分でも、血の気が引いていくのを感じた。

 「あんたまさか……自分より腕のある技術者を……」

 渡は狂ったような声をあげて笑っていた。

 「ああ!! 殺したよ!! 僕より技術力がある奴は、みんな!! そうしないと、僕以外の奴に金庫を開けられちゃうからね!!」

 ……俺は、この狂ったような笑い声を聞いた覚えがある。

 3年前、自宅から火が上がって、俺の両親は死んだ。その時、確かに見たのだ。

 両手から炎を出す魔法使いを。そして聞いたのだ。この声を。

 「お前が……父さんと母さんを?」

 渡はニタッと笑って。

 「ああ、殺したよ」


 9

 「うわあああああああああああああああ!!!」

 体が勝手に動いていた。俺は渡に向かって渾身の力を込めて刀を振り下ろす。

 が、簡単に受け止められた。渡は手から出した炎を剣のような形に変えていたのだ。

 「ははははははは!!! まさか、あの時殺し損ねた、八剣の息子に会うなんて思ってもみなかったよ!!」

 バンッと炎が弾けて俺の刀が弾かれる。

 俺は怯まずに何度も斬りつけるが、渡は炎の剣で俺の攻撃をほとんど動かずに、全て捌いてしまった。

 「お前の父親は、当時の技術部門のチーフだったよ!! サーバーの構築にかけては、天才的だった!! だから殺した!!」

 この男、完全に狂ってる。

 「他にも、データ解析が得意な奴、デバッグが得意な奴、みんな、僕の炎で燃やしてやったさ!! 僕が一番になるためにね!!」

 こんな奴に、父さんと母さんは……!!

 「あの日、お前がなんで生き残ったかわかるか? ……お前の父親と母親が、お前を僕の炎から守るために、必死に盾になったんだよ。おかげでお前を殺し損ねた。だが、そんな努力も無駄だったな!! 今、ここであの小娘と一緒にお前の両親の元に送ってやるよ!! ははははははははは!!!」

 そうか、どうして俺が無事だったかずっと謎だったが……父さんと母さんが、俺を守ってくれたのか。

 「うああああああああああああ!!」

 許せない。絶対に、コイツだけは!! 

 だが、俺の刀の一撃は、全て炎の剣に弾かれてしまう。

 面への攻撃は上に弾かれる。胴への攻撃は下へ弾かれる。

 ならばと突きを放ってみたが、後ろへ下がって避けられた。

 そんな俺の様子を見て渡はバカにしたように笑う。

 「ライカを倒したことで、魔法使いに勝てると勘違いしちゃったのかな? 僕はライカのような、子供とは違うんだよ!! 

 突然、炎の剣が大きく伸びた。

 渡がそれを大きく振ると、ビュンとまるで鞭のようにしなって俺にまとわりついてきた。

 「ライカは優秀だが、子供だから、まだまだ経験が足りないからね。強力な魔法を使うことはできるが……魔法は、ただ強力な物を使えばいいというわけじゃないんだよ!!」

 そして、炎の鞭は俺を中心に輪のようになって、一気に俺をしめつけてきた。

「ぐあああっ!!!」

 刀で目の前の炎を斬り、少しは魔法を弾くことができたが、輪の一箇所を斬っただけにすぎない。それ以外の部分はもろに炎を浴びてしまった。腕が焼け、肉が焦げるような嫌な臭いがした。

 「タクミ!! しっかりして!!」

 マオ姉の声が酷く遠く聞こえる。

 「はははははは!!! 大事なのは魔法をコントロールすることだ!! そうすれば小さな力でも、相手を倒す事ができる!! だがそろそろ、終わりにしようか!?」

 渡が両手を上に上げ、頭上に特大の炎の玉を作り出した。その熱気で、マオ姉も思わず顔を手で覆っていた。

 「僕の全力の炎で、お前達全員、焼き殺してやる!!!」

 今までの戦いではほとんど力を使っていなかったんだろう。全力の炎は余りにも強力で、近くにいるだけで肌が焼けるように熱く、汗が出てはすぐに蒸発してしまっているのがわかった。

 父さんも母さんも、こんな熱い思いをしたのだろうか。

 こんな、圧倒的な強者に生命を蹂躙されるような気持ちになったのだろうか。

 なんだか、全てがどうでもよくなって来た。

 そうだ、俺の体など、どうなってもいい。

 俺は火傷した両腕に構う事なく、刺し違えるつもりで、刀を構える。

 俺の、全身全霊を賭けた捨て身の一撃だ。あのどでかい炎に突っ込む気持ちで、あいつに絶対に一太刀浴びせてみせる。

 間違いなく俺の体はタダではすまないだろうが、関係無い。

 こいつさえ、こいつさえ倒せれば……!!

 「タクミさん!!」

 唐突にでかい声で名前を呼ばれて、はっと我に返る。

 リーシアは、熱気に煽られながらも、こちらを見ようともしてなかった。ずっと制御装置の方を向いて、何やら難しい顔をしていた。だが、そんな状態から俺に声を掛けてきた。

 「あなた、言ってたじゃないですか。両親の仇よりも、大事なことがあるって。マオさんに恩返しするんですよね? そんな事で恩返しになるんですか? 大したシスコンぷりですね!!」

 まったく、この女は。人が一世一代の覚悟を決めたというのに、それを全部台無しにしやがって。むかつく奴だ。

 だが、不思議と体が軽くなったのを感じる。俺は刀を構え直す。

 捨て身の一撃などでは無く、勝つための一撃を入れるために。

 俺も、後ろのリーシアの方は見ない。

 「リーシア!!」

 「何ですか!? 今忙しいんですけど!?」

 可愛げの無いやつだ。せっかく感謝してやろうと思ったが、やめた。

 「そっちもとっとと終わらせろ!! こっちも速攻で終わらせてやる!!」

 「わかってますよ!! いいからそっちも早く終わらせちゃってください!!」

 まったく、本当に素直じゃないよな。俺達は。

 俺達は、出会ったばかりだ。

 友達なんかじゃないし、もちろん恋人でもない。

 だが、何の関係も無い訳じゃない。

 「頼んだぞ、相棒」

 「わかってますよ、相棒」

 

 10

 「5人目!!」

 右の小刀で飛んできた炎をなぎ払いながら、左の大刀で斬り裂き、また一人廊下に魔法使いの体が転がった。

 「6人目、7人目!!」

 二人かがりで飛び掛ってきた奴らも、両の刀で十字に斬りつける。

 「はぁ、はぁ……8人目!!」

 杖を振りかざしてきた奴は、杖ごと横になぎ払って倒す。

 しかし、さすがにそろそろ息があがってきた。この戦いは私にとっても初めての実戦だったわけだが、一つ誤算があった。そもそも私がやって来たのは剣道だ。1対1の競技であって、1対多数を相手などした事がなかった。1対1なら問題は無いのだが、さすがに十数人を一度に相手にするのは普段の何倍もの集中力と体力を使う。

 「9人目……!!」

 9人目を突きで倒した所で、その後ろに隠れていた奴が強烈な風を起こしてきた。

 咄嗟に刀で防ごうとした。が、それが良くなかった。

 強風に煽られ、握力もそろそろ限界が来ていたのか左の大刀を手放してしまい、後方に飛ばされてしまった。

 「しまった……!!」

 振り返ると、後方にある研究室のドアの付近まで飛ばされてしまっていた。

 さすがに小刀だけでは攻撃を防ぐだけで精一杯だ。敵の方を向きながら、急いで後方に下がる。ドアの近くに落ちていた刀を拾おうとした。

 その隙を魔法使いが見逃すはずも無い。

 残りの3人ほどの魔法使い達が、私に向かって全力で魔法を撃ってこようとしていた。

 万事休すかと思ったその時、後ろのドアが開いた。

 「はあああああああああああああ!!!」

 誰かの声とともに、私のすぐ横を凄まじい光と音が駆け抜けて行った。

 一瞬目を閉じてしまった。目を開けると、既に立っている魔法使いはいなかった。

 あっけにとられながらも、立ち上がった。

 「はぁ、目覚ましにしてはうるさいですねぇ」

 聞いた事の無い声だったが、その声の正体はわかった。

 「……助かった。ありがとう」

 私は振り向いて、その少女にお礼を言った。

 「いーえ。あたしは寝ている所を起こされてむしゃくしゃしてただけなのでぇ」

 金髪ツインテールを振ってプイっとむこうを向いてしまった。

 そう、研究室にいたのは一人だけだ。学校でタクミとリーシアが戦った少女。確か、ライカと言ったか。

 「君はあいつらの仲間だったはずじゃないのか? どうして私を助けてくれたんだ?」

 「正直、もうあいつらの側にいる理由がありませんし。連れ戻されるのも面倒だったのでぇ。……今のあたしは、友達の傍にいたいと思ってますので」

 そうか、この子も私と同じなんだな。そう思うと、なんだか親近感を覚えてきた。

 タクミから聞いていた話だともっと狂った少女だったはずだが、だいぶ印象が違うように思える。この少女自身が何か変わったのか、飲まされていた薬とやらの効き目が切れたのか。それは私にはわからないことだったが。

 そういえば確か、この少女は拘束されていたはずだが。

 「? 拘束なんてされてませんでしたけどぉ?」

 どうやら職員達が逃げる前に拘束を解いていたらしい。誰の差し金かなど考えるまでもない。マオのやつめ。こうなる事を読んでいたのか?

 「そろそろ向こうも決着が着いた頃か?」


 11

 制御装置の内部プログラムは、同じ人が作っただけあって、あの金庫とよく似ていた。

 ただし、今回は金庫の時とは違い、パスワードを2つ要求されるシステムになっているので、以前よりも難易度がより高くなっている。

 解析魔法を使っている時は、まるで光の迷路の中を探索するような感覚だ。

 インターネットの海を探索する時は、URLがあるので、ある程度どこに何があるかわかるようになっている。しかし、コンピューターの中身を解析する時は、どこにどんな情報が置かれているかは、ある程度はテンプレートがあるものの、作った人のクセが一番出るのだ。

 あの金庫の開閉メソッドがあった所と同じ様な位置に、この『門』の制御装置の開閉メソッドもあるに違いない。

 金庫に比べるとコンピューターの大きさが桁違いなので、多少時間が掛かったものの、開閉メソッドに辿り着くことができた。しかし、今度は暗号化されたパスワードを解析しないといけない。

 この辺は普通のハッキング技術では難しいが、ここで解析魔法の本領発揮だ。魔法の前では暗号化など無意味で、暗号化される前のパスワードの一つを知ることができた。

 「(……当然だけど金庫のパスワードとは別の物、ですね)」

 さすがに卒業試験に前と同じパスワードを設定するような師匠では無い。

 次のパスワードを探すために、ふたたび光の迷路を駆け巡ることになる。

 こういった時、頼りになるのは経験と運だ。今までいくつものコンピューターの中を覗いてきたが、それぞれの構成には一定のパターンがある。それを頼りに根気よく解析していくしかないが、最終的に見つかるかはやはり運に頼る部分も多い。

 『電子の声を聞け』とはよく師匠が言っていた言葉だ。私は文字通り、魔法で電子の海を探索し、たった一粒の輝く砂粒を探す作業をしているわけだ。

 「(タクミさん、大丈夫かな……)」

 さっきはあんな事を言ったが、相手は本物の魔法使いだ。剣道をやってたり、対魔法使い用の刀を持っているとはいえ、タクミさんは普通の高校生なのだ。やられてしまっても何もおかしくはない。

 解析魔法を本気で使っている最中はあんまり周りで起きている事に意識を向けられない。特に、こんな複雑な機械を相手にしている時は、だ。さっきは一時的に魔法を中断して声をかけたが、今は何よりも早くパスワードを見つける方がいい。

 こっちの作業が終われば、戦いは終わるのだ。今は、彼を信じるしかない。

 まったく、あの人は不思議な人だ。長い間、私はただの役立たずだと思っていた。

 ロクに魔法も使えず、異世界でザックと師匠を除けばたった一人。自分は一体何のために生まれてきたのかと思っていた。

 でも、あの人は言ってくれた。『お前の力が必要だ』と。戸惑ったけど、それよりも何よりも、私は嬉しかったのだ。必要とされたことが。

 彼は、私の事を『相棒』だと言ってくれた。『相棒』とは、つまり対等な人間だと言うことだ。それだけ、信頼してくれているという事だ。その信頼を、私は裏切りたくない。 

 彼のためにも、早く解析を終らせないといけない。

 「(見つけた……!)」

 迷路の奥の奥の方で、ようやく2つ目のパスワードを発見した。

 これで戻れる……そう思った時だった。

 『久しぶりだな、ホワイトアリス』

 「!?」

 ふいに、声がした。いや、正確には声とは呼べないような物だ。

 どちらかといえば、メッセージを直接脳内に送り込まれたような、まるでテレパシーのような物だった。

 『ついに、ここまで来たんだな。喜ばしいことだ』

 まだ意識はコンピューターの中にある。こんな状況で声が聞こえた事など無かったので驚いたが、その声の主の正体には心当たりがあった。

 「師匠?」

 この、光に包まれた空間で声を出せるか不安だったが、なんとか自分の声らしき物を認識することができた。

 すると、目の前がいきなり光ったかと思うと、一匹の二足歩行で立つ、人間の子供ぐらいの大きさの……つまりリーシアと同じぐらいの大きさの黒い兎が現れた。

 『ああ、元気にしていたようだな」

 この姿は、師匠が好んでよく使っていた、彼のアバターだ。師匠のハンドルネーム、『ブラックラビット』に因んだ物である。

 「いや、なんですかこれ。なんで師匠がこのコンピューターに潜んでるんですか」

 『この制御装置の一番奥の奥、普通に解析しただけではわからないような位置に仕込んだ、私の記憶を持ったAIだよ。現実の私は、お前が知っている通り既に死んでいるからな』

 「……本当に、師匠が掛橋弦間さんなんですね」

 『ああ、そうだ。だが、この姿でいる時にその名前で呼ばれるのは少し恥ずかしいな』

 兎の姿をした師匠は苦笑いをする。

 「師匠、色々聞きたいころはあるんですけど、今はあんまり時間が無いんです。誰かさんのせいで、タクミさんは危ないし、新しい魔法使いがもうすぐ向こうの世界からこっちにきちゃうんです」

 『わかっている。お前には迷惑をかけたな、ホワイトアリス』

 皮肉たっぷりに言ったのに、そう素直に謝られてしまったらなんと返していいかわからなくなってしまう。

 『だが、一つだけ言わせてくれ。お前は私の信念をついで、私の思ったとおりの人間になってくれた。……魔法使いでありながら、この世界で、立派に生きてくれた。本当に、喜ばしいことだ。いつかお前が、2つの世界の掛け橋となってくれることを、私は本当に望んでいる』

 「師匠……」

 『お前がこの先、どう行動しようと、お前の自由だ。お前はもう、立派な一人の魔法使いであり、一人のハッカーであり、一人の人間なのだから』

 意識だけのこの空間では涙など流せないが、現実の自分の目からは涙が流れているだろう。

 『……まぁ、胸はもうちょっと成長して欲しかったが』

 「やかましいですよ!! セクハラで訴えますよ!?」

 本当に、この人は……。せっかく良いことを言ってくれたのに、二言目には台無しにしてしまうのだから。この辺は死んだところで変わらないらしい。

 『さぁ行け。そして、渡和馬を止めてくれ。あいつを止められなかったのは、私の責任だ……。頼む」

 「はいはい。了解ですよ」

 別れが惜しかったが、それを誤魔化すように軽く答え、私は意識をコンピューターから切り離そうとする。

 『マオやザックにも、よろしくな、そしてホワイトアリス……リーシア。私の弟子でいてくれて、ありがとう』

 そんな言葉が聞こえた気がした。

 「こちらこそ、ありがとう、ですよ」

 意識が現実に戻ったリーシアは、涙を拭いながらそう答えたのだった。

 

 12

 「でりゃああああああああああ!!!」

 渡が飛ばして来た、巨大な炎の玉を刀で受け止める。さすがは対魔法使い用に作られたミスリルコーティングされた刀、何ともないぜ。

 ……刀はなんともないが、それを支えている俺の腕は火傷でボロボロになっているのだが。ライカの攻撃を受け止めた時も実は結構きつかったのだが、これは本格的にまずい。

 しばらく部活はできなさそうが、仕方ない。

 「腕ぐらい……くれてやらあああああ!!!」

 そのまま、渾身の力を込めて刀を振り下ろす。刀はゆっくりと炎を切り裂いていく。

 「まっけるかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 両腕が真っ黒になりながらも、ついに刀は炎の玉を突っ切った。炎を真っ二つにしてやったのだ。

 二つに割れた炎の玉はあらぬ方向へ飛んで行き、だんだん小さくなったと思うとそのまま消えてしまった。

 「バカな!? 僕の全力の炎だぞ!?」

 渡は大きく力を使ったため、ふらついていた。

 そして。

 「うりゃあああああああああああああああ!!!」

 そのまま、魔力を使い果たして膝をついていた渡に、刀を全力で投げた。正直もう腕は使い物にならないレベルの負傷なのだが、まさしく火事場の馬鹿力というやつだ。

 渡は驚いていたが、上体を反らしてかろうじて避けた。が。

 「ぐわっ!!」

 そのまま俺の飛び蹴りをモロに腹部に食らって倒れた。ついでに俺も着地に失敗して一緒に倒れた。ダブルノックダウンで、一応は決着だ。

 「確かに、槍投げの練習もしといた方がいいかもな……あと空手とかかな」

 そう、地面にうつ伏せになりながら呟いた。

 もう一ミリも動ける気がしない。 

 「タクミ、大丈夫!?」

 俺達が動かなくなったのを確認して、マオ姉がやってきてくれた。ちょっとうれしい。  

 マオ姉は俺の全身を細かく診てくれて、

 「……これ、両腕大火傷してる上に左腕は骨折してるんじゃない? 足も骨にひび入っているかも」

 と、顔をしかめていた。全力で重い刀を振り回したり投げ飛ばしたりしたのがまずかったようだ。ぶっちゃけ満身創痍というやつだ。

 「クソッ……よくもやってくれたな……!!」

 俺がそんな状態だと言うのに、渡がよろよろと立ち上がった。これはやばい。

 「もう、やめなさい! あなたも、もう体がボロボロじゃない!」

 渡も魔力を使い果たした上に俺の一撃を食らっていて、とても戦えるような状態じゃなさそうだが、それでも俺達に向かってこようとする。

 いよいよまずいかと思った、その時。

 ビーッ!! と背後から大きな機械音が響いた。

 驚いて後ろを振り向いたら、リーシアの手が止まっていた。

 「やったのか!?」

 「当然ですよ。私を誰だと思っているんですか」

 リーシアはこちらを向いて、無い胸を張って渾身のドヤ顔をしていた。

 普段ならムカつく顔だが、今だけは許してやる。

 「バカな……なぜ、あんな、魔法もロクに使えない役立たずの小娘が、弦間様のプログラムを解析できるんだ……!! 僕には、どうしてできないんだ……!!」

 渡は愕然としていた。そんな渡に対して、リーシアは、

 「私は役立たずなんかじゃありませんよ」

 と、堂々と言い放った。あいつ、今まであんなに自分のことを役立たずだって言っていたのに。

 「私の事を必要としてくれている人がいるので……私は役立たずなんかじゃありません。あなたが師匠のプログラムを解析できないのは、師匠の信念をわかってないからですよ」

 と堂々と言い放った。

 「最初の、師匠の部屋の金庫のパスワード。あれ、なんだったと思います?」

 怪訝な顔をする渡。そう言えば、リーシアが掛橋弦間のあのパスワードを解析した時、随分と怪訝な顔をしていたな。

 「『世界の掛け橋となれ』……師匠がよく言っていた言葉だったんですよ。あれ、私やカケハシに世界で活躍しろってことではなく、この世界と、私達の世界の、掛け橋になれって意味だったんですよ。……それなのにあなたは、師匠の残したものを継ぐ事しか考えてなかった。魔法を使って、タクミさんの両親や、多くの人を殺した。……掛け橋になんか、なれなかったんです。だから、あなたにはあの金庫を開けることはできなかった」

 それを聞いて、渡は膝をついてくず折れた。

 「そんな……弦間様……」

 そのまま放心状態のようになって、動かなくなった。

 

 13

 マオ姉は完全に動かなくなった渡を拘束していた。もう戦う意思はなさそうだが、用心に越したことは無い。

 マスターは火傷が酷いが、命に別状は無いようだ。

 「じゃあ、さっさと『門』を閉じちゃいますねー。今は10年に一度、自動で開くように設定されてるんで、とりあえず自動では開かないよう設定しますね」

 俺は黒焦げの両腕を庇いながら、リーシアの傍に行き、疑問を投げかける。

 「いいのか?」

 「何がです?」

 リーシアは振り返ってきょとんとした顔でこちらを見てきた。

 「この『門』で、お前は元の世界に、故郷に帰れるんだろ? 帰りたくないのか?」

 そう言うと、リーシアはすーっと目を細めて、

 「タクミさんは、私に帰って欲しいんですか?」

 と、えらく抑揚の無い声で言われた。何なんだ一体。

 「そんなことは言ってないだろ。俺はお前のことを思って言ってやったんだぞ」

 俺のその言葉にリーシアは若干不服そうな顔をしていたが、

 「私、10年もこっちにいますからねー。もうこっちにいる期間の方が長いんですよ。今更帰ろうとは思いませんよ。ザックもいますし、ライちゃんもいますし……まぁ、一応タクミさんもいますからね」

 そんな事を言われて、不覚にも少しドキッとしてしまった。

 俺も、少しは素直になって、こいつに何か言ってやろうかと思ったが。

 「あと、ゲームとかネットとか、こっちにいないとできないですしねー。今更ネットサーフィンもできない世界に行って生きて行ける気しませんよー」

 一瞬でそんな気は無くなった。

 「では、とっとと始めちゃいますか」

 と、制御装置を操作しようとリーシアがキーボードに手をつけた時、モニターに何やら文字が映し出された。

 それは、リーシアが解析して見つけた、制御装置のパスワードだった。

 『卒業 おめでとう』 

 そう書かれていた。

 「まったく、あの人は……。ありがとうございます、師匠」

 リーシアは、目から涙を零しながら、笑ってそう言ったのだった。

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