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電子と魔法のカケハシ  作者: ゼニ平
第1章
2/6

ボーイ・ミーツ・ホワイトアリス

 1

 テレビで東京が映ると基本的に栄えている駅前だったりお洒落なスポットだったりが多いが、別に東京の全部が全部あんなにお洒落だったり都会なイメージなわけではない。

 山の手線の内側でも、駅から数分歩いていけば裏路地があり、そこにはあんまりテレビでは映せないような建物や薄暗い通りがあったりするのだ。

 「あっれー……この辺だと思うんだけどな……」

 そんな路地に制服を着て学生鞄と剣道の竹刀袋を背負った、いかにも学校の部活帰りの高校生である自分はまったく似つかわしくなく、正直いたたまれないキモチになっているのだが目的の建物がこの辺にあるのだから仕方ない。

 客引きらしき黒服のお兄さんの睨むような視線を感じながら、いかにも道に迷ってますよというアピールをしつつスマホの地図と睨めっこをしていた。

 その路地を20分ほど行ったり来たりして、ようやく目的地のお店を発見した。

 と言っても別にいかがわしい店では無い。簡素な表札に「WHITE ALICE」と書かれたバーである。

 「まあ、この歳でバーに入ることになるとは思ってなかったけどな」

 そんな独り言を言っていると、ふと誰かに見られているような気がしたので、慌ててドアを開けて中に入った。

 中は薄暗く、全体的にこじんまりとしていて、小さなテーブルが3,4個とカウンターがあるだけだった。まだ営業中ではなかったようで、部屋の中には誰もいなかった。

 「あのー、まだ営業中じゃないですよ?」

 ……と思ったら右の足元から声が聞こえてきた。

 慌てて下を見ると、小さな女の子が雑巾で床を掃除しているようだった。

 小学生ぐらいの女の子だろうか。頭には布を被っているしエプロンをしてゴム手袋をしているからなんだか給食当番か、もしくは掃除のおばちゃんみたいだが。

 おまけにぶっとい眼鏡をしているせいでどんな顔をしているかいまいち良くわからない。

 「うち、19時からなんであと1時間ぐらいしてから来てもらえると」

  俺が黙っていると少女はそんなことを言ってきた。

 「いや、俺高校生だから19時に来てもダメだと思うんだけど」

 「あ、うちはお食事も出してるんであんまり遅くならなければ大丈夫ですよ。未成年にはお酒は出せませんけど。オムライスとか美味しいって近所で評判なんですよ」

 そう言われるとちょっと気になってきた。が、あいにく俺の用事は酒を飲むことでもオムライスを食べることでもない。

 「アリスにティーパーティの招待状を届けに来た」

 俺がその言葉を言うと、少女はぽかんとした顔をしてじっと俺を見つめてきた。

 まぁ、少女が完全武装しているせいか実際の顔はほとんど見えないが。驚いている様子は伝わってくる。

 「そう言えばわかるかな?」

 しばらく俺の顔をしげしげと見つめていた少女だったが、

 「……ちょっと、座って待っていてくださいねー」

 そう言うとトコトコと部屋の奥の方へ走って行って見えなくなった。

 一人取り残された俺はとりあえず少女の言うようにカウンター席に座って待っていることにした。なんせ未成年なのでバーなんて初めてだったから置いてある酒のボトルなんかを物珍しそうに眺めていた。

 しばらくすると、奥から一人の男の人が出てきてカウンターの向かい側の俺の前に立った。白い髯を生やした大柄な老人で、なんだか白い熊みたいな人だった。顔の造形から、少なくとも日本人ではなさそうだった。

 「注文は?」

 面倒そうな顔をした男は日本語で素っ気無く尋ねてきた。

 「いや、俺は別に飲みにきたわけじゃないんだけど」

 「店に来たのなら何か注文していくのが礼儀じゃないか?」

 それはそうかもしれない。ここは言うとおりにしよう。俺は精一杯格好つけた渋い声で、

 「じゃあ一番強いのを」

 せっかくなので昔テレビで見たバーでのかっこいい注文の仕方を真似してみた。

 男はため息をつきながらも、カウンターの中で何かごそごそやると俺の前に黒っぽい飲み物が入ったグラスを出してくれた。

 これが人生初の酒か……慎重に飲まないとな……。

 気合を入れて、グラスを掴むと、一気にあおる。

 うん、思ったより甘いな。これなら全然飲めそうだ。っていうか、なんだかえらく飲み慣れた味がする気がする……。

 「って、これコーラじゃん!!」

 間違いなく、純度100%のコカ・コーラだった。そりゃ飲み慣れた味がするはずだ。そんな俺に男はあきれた顔をして、

 「未成年に酒なんか出せるか。ばれたらこっちが逮捕されちまうんだぞ」

 と言い放った。まぁ、そりゃ当然か。すまなかった。

 「それで、うちに何の用だ?」

 俺はこほんと咳払いをして、

 「ホワイトアリスへ仕事の依頼に来た」

 そう話を切り出した。


 ホワイトアリス。ここ数年世間を騒がせている超一流のハッカーだ。と言っても他のハッカーとはレベルが違う。回線が通じてる所なら覗けない情報は無いと言われているほどだ。つい先日も、とある有名企業の最新ゲームのデータが丸々流出したという事件があったが、ホワイアリスが犯人だと言われている。そんなことが度々あったため、様々な企業や機関が正体を知りたがっているそうだ。 

「あんたは符丁を知っていたから話ぐらいは聞くが……ホワイトアリスにどんな依頼をする気だ? ここに来るってことは、ネット上でのやり取りじゃダメだってことだったんだろう?」

 通常、ホワイトアリスに依頼する時は、インターネット上のどこかの掲示板に書き込んで行われる。本人が気に入った依頼なら稀に受けてくれるらしいが大概は無視されているそうだ。

 「ああ。ホワイトアリス本人に出向いて貰わないといけない。なんせターゲットは回線の繋がっていない物だからな」

 さすがにどんな凄腕のハッカーでも、スタンドアローンのコンピューターに対して外からハッキングすることはできない。直接回線を繋げるしかないのだ。

 「一体何をさせる気なんだ?」

 男は若干眉をひそめて問いかけてきた。確かに話を聞く限りだと危険な仕事だと思われても無理は無い。それに、直接出向いてもらう以上、顔を見せて貰う事にもなるしな。

 「開けてもらいたい物があるんだ」

 「開けてもらいたい物?」

 俺はまだ残っていたコーラを一気に飲み干して、

 「掛橋弦間の隠し金庫」

 そう、できるだけ淡々と告げた。

 今までほとんど無表情を貫いてきた男の顔が、初めて驚きで大きく歪んだ。


 2

 掛橋弦間。2年前に亡くなった、カケハシカンパニーの創設者だ。カケハシカンパニーとはインターネットを中心にゲームや広告、メディアなどあらゆる分野で活躍する超大手企業だ。創設当初の数十年前は小さな会社だったが、今では年商数千億の巨大な企業で、世界進出もしている。掛橋弦間が亡くなった後は、息子の掛橋相馬が跡を継いでいる。

 「数週間前に、掛橋弦間の生前の自宅から隠し金庫が発見されたんだが、これが超厳重な電子ロックのパスワードが架かっていて誰も中身に手を出せない状況なんだ。彼の遺書や財産が隠されている可能性もあるから、力づくで開けるのもはばかられている。遺族はやっきになってパスワードのメモが無いか探しているけど、現状見つかってはいない。ついに色々なハッカーに解錠を試させ始めたんだけど誰も成功はしていない」

 「それで、ホワイトアリスか」

 男は俺の前のグラスを取ると冷蔵庫から新しいコーラを出して注いでくれた。

 「ああ。最強のハッカーならなんとかしてくれるんじゃないかと思ってね」

 再びコーラを飲み始めたところで、奥のほうからさっきの女の子が出てきた。きっと掃除の続きでもするんだろう。

 「あんたは、カケハシの人間なのか?」

 男は当然の疑問を尋ねてきた。確かにこの話はかなり内密な話で、カケハシの人間でも無いと知りえない情報だろう。

 「いいや、俺はただの高校生だよ。ちょっとしたツテがあるだけ」

 正確には俺の姉……のような存在がカケハシの人間なのだ。そもそもこの件をホワイトアリスに依頼するように言いつけてきたのも、この店のことを教えてくれたのも彼女だった。

 「そんなわけで、ホワイトアリスにこの件を伝えてもらいたいんだが……」

 「その必要はないですよ」

 突然、後ろからそんな声が聞こえてきて思わず振り向いた。

 「いいでしょう。師匠もよく言ってましたからね。面白そうな事にとはとにかく首を突っ込めと。なので喜んでお引き受けしましょう」

 そこには雪のような真っ白な髪と肌をした少女が立っていた。


 3

 「誰も開けることができない隠し金庫ですか。なんだかワクワクしますね。師匠譲りのハッカー魂がビンビンくすぐられるというものですよ」

 ワクワクした顔をしてこちらを見ていたのは、真っ白な長い髪と肌に真っ赤な目が印象的な、小学生のような身長をした少女だった。腰に手を当てて、平らな胸を張って興奮したような顔で堂々と立っていた。首元にはスカーフを巻いていて、皮の手袋をしている。帽子は被ってないがガールスカウトみたいな格好だな。

 「あれ? 君さっき掃除してた子だよね?」

 先ほどは全身掃除のおばちゃんスタイルで完全武装されていたため一瞬わからなかったが、そのサイズ感と声には覚えがあった。

 「ええ、開店前の店の掃除は私の役目なのですよ」

 「そっか。小さいうちから店の手伝いをするなんて偉いんだね。それはいいとして……」

 俺はカウンターの男の方を振り返って尋ねた。

 「それで、ホワイトアリスはどこにいるんだ?」

 「ここ!! ここにいますよ!! 私がホワイトアリスです!! 話の流れでわかりませんか!?」

 背中から少女の罵声が聞こえてくるが振り返らなかった。生憎俺は遊びに来たのでは無いのだ。小学生のハッカーごっこに付き合っている余裕は無い。

 「いや、そもそも誰が小学生ですか!? 私これでも17歳ですよ!?」

 いやさすがにそれは無いわ。俺より30cmぐらい低いから、およそ身長140cmぐらいしかないのに俺と同い年というのはさすがに無理がありすぎるぞ。せめて中学生ぐらいならまだ誤魔化せるかもしれないが。

 「ほっといてくださいよ! まったく失礼な人ですね! 八剣匠さん!」

 ……ん? あれ、俺名乗ったっけ?

 「八剣匠さん、庭園高校の二年生で剣道部所属。誕生日は8月1日。血液型はAB型。両親は既に死別していて親戚の家で暮らしている。成績は中の上って所みたいですねー。もうちょっと英語を伸ばせれば上位に食い込めそうですね」

 俺の個人情報がダダ漏れしてる!? 学校の成績まで!?

 慌てて振り返ると少女が写真に撮っておきたいぐらいのドヤ顔をしていた。

 うわ、ちょっとむかつく。

 「あなたの制服から学校を調べて、学校のデータベースにアクセスしたらそれぐらいの情報は簡単に見つかりましたよ。なんなら区役所にあるあなたの個人情報も全て言ってみましょうか?」

 ……どうやら本物らしい。そう認めざるを得なかった。

 「ふふん。回線が通じてる所なら、私に覗けない情報はありませんので」

 でもそのドヤ顔はやめて欲しい。ぶん殴りたくなる。

 「リーシア・エーレンベルクです。よろしくお願いしますね、タクミさん」

 そう言って手袋をつけた小さな手を差し出してきたのだった。


 4

 掛橋弦間の家は都心から少し離れた所にあって、電車で1時間ほど揺られて(リーシアの白い髪は物凄く目立ってた)到着したそこは、家というよりは屋敷と言った方がよさそうな大きな建物だった。

 「おー立派なお家ですねぇ。この国に来てからこんな立派なお家を見たのは初めてですよ」

 「この国? やっぱりリーシアは日本生まれじゃ無いんだな」

 見た目は完全に小学生だが、同い年という気安さもあって俺は既に呼び捨てで呼んでいた。質問された少女はしまったという顔をして、

 「え、ええ。まぁ。と言っても日本に来たのはもう10年も前なのでこっちにいる方が長いんですけどね」

 「ふーん。ちなみに生まれはどこの国なんだ?」

 自然な流れでそう聞いたのだが、どうやらあまり触れられたくないことだったらしく、誤魔化すように、

 「ま、まぁいいじゃないですか。私の個人情報なんて。セクハラで訴えますよ? そんな事より、さあ行きますよー!!」

 と言って屋敷の正門の方に突撃して行った。そしてガードマンの人に止められていた。

 「俺の個人情報は知り尽くしているくせに……」

 いまいち納得はできなかったが、仕方なく取り押さえられてる彼女の助けに向かったのだった。

 「お前、この家に何の用だ?」

 「ハッキングしに来ました!」

 ガードマンとリーシアはそんなやり取りをしていたものだから、彼女は完全に取り押さえられていて警察を呼ばれそうになっていた。

 彼女、天才ハッカーだと思っていたけど実はただのバカなんじゃないだろうか。      

 ため息を付きながら俺はガードマンに近寄って行って姉の使いであることを説明すると、あっさり通して貰えた。やはり姉の影響力は絶大らしい。

 「正直に答えたのになんで警察呼ばれないといけないんでしょうね? まったく失礼な人ですよ!」

 「正直に答えたからじゃないかな」

 そんな他愛の無いやり取りをしながら家の人に案内してもらい、3階にある掛橋弦間の書斎に到着した。掛橋弦間の書斎は、大企業の社長だった人物の部屋とは思えない庶民的な部屋で、本棚と大量の本が置いてある以外は特に変わり栄えしない部屋だった。そんな部屋の中央に問題の金庫が置いてあり、その周りには人が集まっていた。3,4人の人たちが金庫に張り付いて作業をしていて、その周りで2人の男が話をしていた。

 「なんだね君達は? 子供がなぜこんな所にいる!?」

 周りで話していた方のうちの一人が俺達に気付いて声をかけてきた。その男を見て俺は思わずげんなりしてしまった。その様子に気付いたリーシアがこちらを見て尋ねてきた。

 「この人、知っている人なんですか?」

 「ああ。……あんまり会いたくない人なんだよな……」

 と後半は小声で返し、男に向き直る。

 「宗田さん、ですよね。カケハシの技術部門責任者の」

 「ああ、そうだ。それで、君達は一体何なんだ?」

 宗田誠。年齢は50歳過ぎと言ったところか。技術部門の責任者だが、確か本職の技術者ではなく、管理業がメインだったはずだ。

 俺の姉とは折り合いが悪くていつも言い争いをしている。おかげで俺も何度かこの人を見かけているのだが、この人は俺のことなど覚えていないようだった。

 部外者はとっとと帰れと言いたげな態度にげんなりしたが、それに怯まずに名乗った。

 「掛橋真桜の使いで来ました、八剣匠です。こっちはリーシア・エーレンベルクです」

 姉の名を聞いたとたん、宗田の顔が苦虫を噛み潰したかのようにゆがんだ。

 「まったくあのお嬢様は……こんな子供を使いに寄越すなど。ここは子供の遊び場では無いのだぞ」

 そう吐き捨てるように言うと、こちらに向き直った。

 「それで、真桜様の用件は?」

 「その金庫、俺達にも調べさせてください。姉……真桜から許可は貰っています」

 「子供がこの金庫を開けるだと?」

 フン、と鼻で笑われた。腹立つな。

 「我々技術部門が総力を挙げて解析に取り組んでいるのだ。子供の出る幕では無いぞ」

 「まぁまぁ、いいじゃありませんか」

 と、金庫の側で話を聞いていた男が間に入ってきた。30代半ばといったところだろうか。いかにも技術者といった出で立ちで、メガネをかけた人のよさそうな顔をしている。

 「真桜様の命令と言うなら無視し辛いですし……我々もずっと付きっ切りですのでそろそろ休憩したいところです」

 「でもチーフ! そんな子供に下手にいじくられて、もし壊れでもしたらどうするんですか!?」

 別の技術者が文句を言ってきたが、チーフと呼ばれた人は

 「この金庫のシステムが、子供に壊せるような物かい? あの掛橋弦間様が使った物だぞ?」

 と、少し怖い顔をして言った。文句を言った技術者は、不満そうに

 「しかし……そんな子供にパスワードなどわかりっこないですよ!」 

 「だったら、我々には特に問題ないはずだろう?」

 そしてこちらを振り返って、

 「渡和馬だ。技術部門のチーフだよ」

 と笑って自己紹介してきた。

 「俺は八剣匠です。こっちのちっこいのはリーシアです」

 俺も自己紹介したが、渡さんはそれを聞いて驚いた顔をして、

 「八剣? ひょっとして、八剣鋼児さんの……?」

 「ああ、それは父です」

 父は3年前までカケハシの技術部門に所属していたから、渡さんも知っていたらしい。

 「そうか……君のお父さんにはお世話になったものだよ」

 と、渡さんと世間話をしていると、放置されて苛立った様子の宗田が、

 「……仕方ない。30分だけだぞ。ただし、壊すんじゃないぞ!」

 そう言ってどこかに電話をかけながら部屋から出て行った。

 「やれやれ……部長も上から何としても金庫を開けろって言われてるもんだからカリカリしててね。気を悪くしたなら申し訳ない」

 「いや、あの人いつもあんな感じだったと思いますけど……」

 宗田は姉が好き勝手しているのを良く思っていない役員の一人なので、会うたびに小言を言っている印象がある。

 「ははは……否定しきれないのが辛い所だね」

 この人も普段から苦労させられているらしい。力無く笑っていた。

 「それで、君はあの金庫をどうやって攻略するつもりなんだい?」

 「いえ、俺じゃなくこっちの子が……」

 と、横を見たがリーシアはいなかった。

 「ははー。ヒント無しで数字じゃなくて文字列でしかも文字数不明!? しかも1日に入力できる回数も限られているんですか!? なかなか無茶を言いますねー」

 声をした方を見ると、金庫の横で技術者達に話を聞いているようだった。俺も金庫の方に近寄ってみた。金庫は黒く、リーシアぐらいのサイズの人間ならすっぽり入ってしまうぐらい大きかった。表面にキーボードが埋め込まれていて、なぜか端子があって端末と繋げられるようになっているようだった。

 「どうだ? 天才ロリもさすがに厳しいか?」

 少し茶化すように言ってみたが、彼女は平然と

 「いいえ? 私が直接回線を繋いでわからないことなんてないですよ」

 と自身満々に答えて、携帯端末を取りだして金庫に直接ケーブルを繋いでいた。

 「でもロリって言わないでください」

 ただしそこだけは怒られた。

 「その子が、この金庫を調べるのかい?」

 渡さんがリーシアと俺を交互に見ながら驚いたように尋ねてきた。

 「ええ。自称17歳で自称天才の自称ハッカーの自称彼女がです」

 「随分自称が多いんだね……」

 ちょっと多かったかもしれない。また怒られるかと思って彼女の方を見たが、金庫に手を当てて何かぶつぶつ言いながら端末の画面をじっと集中して見ていた。

 「あの金庫、そんなに厄介なんですか?」

 ハッキングのことなどまったくわからない俺は手持ち無沙汰だったので、渡さんに質問してみた。姉から誰も開けられないとは聞いていたが、リーシアほど機械には強くないので正直よくわっていなかったのだ。

 「ああ。彼女も言ってたけど、ヒントも無しに文字数不明の文字列パスワードだからね。総当りするにしても何日かかるかわからない。それなのに1日に10回までしか入力ができないときている。なぜか接続端子があるからそこからどうにか情報を引き出そうとしているんだけど、これもうまくいってなくてね」

 「接続端子ですか」

 確かにさっきそんな物があって、リーシアが実際に携帯端末と繋いでいたが、俺は首をひねる。

 「しかしなんで金庫にそんな物が? パソコンや音楽プレイヤーじゃあるまいし」

 「たぶん元社長……弦間様のイタズラなんじゃないかと思うよ」

 渡さんは苦笑していた。

 「あの人は天才的な技術屋だったからね。あの金庫をプログラムしたのも彼なんだ。中の物が欲しかったらこの問題を解いてみろ……ってことなんじゃないかな」

 掛橋弦間。そんなイタズラ好きの小学生みたいな人物だったのか。姉のお祖父さんだという事は知っていたが、性格の方も姉と似ているようだ。

 「そうだね。よく僕達をからかって遊んでいたよ。困った人だったけど、彼は本当にすごい人だった。よく、『世界のカケハシとなれ』……そんな事を言っていたよ。実際に彼の活躍で、カケハシは世界でも通用する会社になってきている。そんな彼が我々に出したこの難問、必ず僕達が解いてみせるよ」

 そういう渡さんの目もまるで難しいパズルを前にした子供のようだった。しかし随分慕われてるんだな、マオ姉のお祖父さん。

 ふと、リーシアの方を気になって見てみると、作業の手が止まっているようだった。

 「どうした? もうギブか?」

 からかい混じりに声をかけたが、彼女はこちらに反応せず、金庫の方に手をあてながら、携帯端末の画面をじっと見つめていた。なんだか戸惑っているように見えた。

 「リーシア? 何かあったのか?」

 声をかけても反応が無かったので、俺はリーシアの肩を揺すってみた。

 「ん……ああ、タクミさんですか。どうかしましたか?」

 「いや、それはこっちのセリフだ。完全に固まってたけど、何か問題あったのか?」

 彼女は歯切れ悪そうに答えた。

 「問題と言いますか……いやーパスワードはわかったんですけどそれがなんと言いますか……」

 そうか、パスワードがわかったのか。って、え?

 「パスワードがわかっただって!?」

 と、側で聞いていた渡さんが突然大声を出して会話に入ってきた。リーシアは目を白黒させながら、

 「ええ、まぁ……でもこれ……」

 と難しい顔で答える。彼女にしては珍しく自信無さげだ。俺は助け舟を出すように、

 「パスワードがわかったなら、とりあえず入力してみたらどうだ? ……渡さん、いいですか?」

 険しい顔をしていた渡さんだったが、しばらく悩んだ末に

 「い、1回だけなら……」

 「だとさ」

 それを聞くと彼女は頷き、金庫のキーボードを操作して文字を入力しだした。

 部屋の中の全員が固唾を呑んで見守る中、最後にエンターキーを押した。その瞬間、ガチャリという音がした。

 「まったく、上は無茶ばかり言ってくるから困る……うん? 君達まだいたのかね? そろそろ諦めて帰ったらどう……」

 そのタイミングで宗田が帰ってきたが、部屋の中の異様な雰囲気に驚いて思わず黙ってしまった。そして部屋の中央に目をやると

 「金庫が……開いてる?」

 呆然とつぶやいた。


 5

 「あー中身はなんか封筒とか入ってますねー」

 「ちょ、ちょっと待て!! 一体これは!?」

 ごそごそと泥棒のように金庫の中身を漁ろうとするリーシアを見て、宗田は状況を説明するように渡さんに掴み掛かったが、渡さんは放心状態で、

 「ありえない……そんなはずない……」

 と呟いていた。なんだか申し訳なく感じる。

 「あーえっと、実はその白くてちっこいのが開けるのに成功してしまいまして。いやー申し訳ないです。本職の人の仕事を奪ってしまいまして。いやーさすがは真桜さんですね。あの人が言ってた人物を連れてきたらこんなに簡単に開いてしまうなんて」

 うん、決して悪気は無いぞ。別に姉の悪口を言われたからってこの人に対して怒ってたりなんかしないぞ。

 「そんなわけないだろう!! あんな子供が、我々が開けられなかった物を簡単に開けてしまうなんて……!!」

 と、俺とリーシアを交互に睨んで吠える。

 「んー? なんでしょうこれ? 鍵?」

 「いや、お前は本当にちょっと待て」

 銀色の鍵を金庫から取り出して首を捻るリーシアの首根っこを捕まえて、金庫漁りをやめさせる。開けてくれとは言ったが、漁ってくれとは言ってないぞ。

 「そ、その鍵は!!」

 宗田は血相を変えてリーシアに掴みかかろうとしたが、俺はリーシアを掴んだまま後ろに下がって回避する。

 「その鍵を渡すんだ!!」

 「え、なんですか一体?」

 「いいから早く渡すんだ!!」

 宗田の異様な様子に俺もリーシアも戸惑っていたが、そこに、一人の人物が現れた。

 「失礼します。掛橋弦間様の金庫が開けられたと聞き、参りました。彼の弁護士をしていた者です」

 初老の男性だった。スーツをビシッと着こなしていていかにもやり手そうだ。

 「弁護士? 一体なんでしょうか? それに、どこでその話をお聞きになったんですか?」

 宗田が弁護士に食って掛かった。いかにも、部外者はすっこんでろ、と言いたそうだったが、弁護士の人は平然とした顔で、

 「あの金庫が開けられると私の所に連絡が来るようになっていましてね。中には彼の遺書と遺品が入っているはずです」

 「あーこれですねー」

 と、俺に首根っこを捕まれているリーシアが白い封筒を持ってぷらぷらと振る。

 弁護士の人は少し顔を引きつらせていたが、リーシアから封筒を受け取ると、中から紙を取り出した。おそらくあれが、掛橋弦間の遺書なんだろう。

 「読ませていただきますね」

 コホン、と弁護士の人は咳払いをして手紙を読み始める。俺たち全員は固唾を呑んで内容に耳を傾けていた。

 「『この金庫を開けた者に、鍵を譲渡する 掛橋弦間』……以上です」

 大層な仕掛けだった割には、えらく短い内容だな。

 「な、なんだと!?」

 鍵を欲しがっていた宗田は、愕然とした表情で叫んだ。

 「だ、ダメだ!! そんな無関係の子供にその鍵を渡すなど!!」

 「掛橋弦間様の遺言です。あなたはそれに逆らうのですか?」

 ぐっと宗田は言葉に詰まる。

 「し、しかし、それが本物の遺書なのかわからないのでは無いか!? 誰かが遺書の中身を入れ替えた可能性も……!!」

 弁護士の男は遺書をこちら側に見せてくれた。

 「ここに、彼の捺印があります。この印、弦間様が公式文書にのみ捺される特別な物であることは、カケハシの人間ならお分かりになるかと思いますが?」

 宗田は「しかし……」とまだ文句を言いたそうにしていたが、弁護士の男はそれには構わず、俺とリーシアの前に来ると、

 「あなたが、金庫の鍵を開けた人物ですね?」

 「あ、はい。リーシア・エーレンベルクです」

 ぺこっとお互いに頭を下げる。

 「ここに手を置いてください」

 と、タブレットを取り出してリーシアの方に向けた。

 リーシアは不思議そうにタブレットの上に手を載せると、ピーと音がした。

 タブレットの画面には、『認証完了』と表示されていた。

 弁護士は満足そうに頷くと、

 「金庫には指紋と顔の認証機能がありまして、金庫を開けることができた人間を記録する機能があります。その情報はこのタブレットに送られているのです。あなたは間違いなく彼の遺品を受け取る資格を得ています」

 「え、と。この鍵が掛橋弦間さんの遺品なんですか?」

 と、持っていた鍵を弁護士に見せる。

 「ええ、その鍵は彼が生前とても大事にしていたものです。あなたも、大事に持っていてください」

 「それはいいんですが……」

 と、リーシアは首をひね……ろうとしたが俺が未だに首根っこを掴んでいたのでうまく捻れなかった。

 「いい加減離してください」

 と、俺に抗議してきたので俺も素直に離してやる。別にわざとずっと掴んでいったわけじゃない。あまりの展開に俺も忘れていたのだ。

 改めてリーシアは首を捻って弁護士と、そして宗田の方を交互に見ながら、

 「で、この鍵……一体何の鍵なんですか?」

 残念ながら返事はどこからも貰えなくて、リーシアも俺も困惑するしかなかった。

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