閑話 昔、昔の話をしようか
安倍一門から、"件の一族"なんて呼ばれている本条一族。
昔、昔、まだ安倍晴明が生きていた頃は本条一族もまた陰陽師を輩出していて朝廷との関わりがそこそこあった。
けれど、その時代の一族の者は今よりもずっとずっと寿命が長くて、老けにくかったから、ある程度年を重ねたら、死亡工作をして隠居するのが常だった。
そのことを知っていた外部の人間は、安倍晴明と蘆屋道満のみ。
安倍晴明は自分の血に人でないモノの血が混じっていたこともあり、死亡工作なんて物騒なことをする一族の者に対しても好意的だった。
安倍の家とは、安倍晴明が没してから、何世代か後まで交流があったことが確認されている。蘆屋の家とも同様だ。
では、なぜ彼らとの交流が途絶えたのか?
それは、彼らの相棒が妖であったことが関係してくる。
陰陽師で妖を使役し、妖退治の時の相棒にするというのはよくある話だ。
事実、一族出身の陰陽師でも妖を使役する人間がいた。
けれど、ある時を境にそれが物理的に不可能になった。
突然、"破魔の力"が変質した。
その頃、一族の男たちにも破魔の力があり、それを使って妖退治を有利に進めることが多々あった。
どこぞの半神が言っていた、妖や霊をちょっと退かせる力だ。
それが突然、変質した。
ある日、一族の男が町を歩いていて気づいた。"弱い妖や霊が見当たらない"ことに。
それが自分の持つ破魔の力で粉砕され、霧散させられた結果だと知るのにそう時間はかからなかった。
男は、自身が屋敷に引きこもっている間、手の者に事の次第を探らせた。
どうやら、一族の持つ破魔の力が必要以上に強まったようだ。原因不明だが。
このままでは、自身の相棒や同僚の相棒に害が及ぶのではないか?
そうしているうちに相棒は、とうとう男に近づけなくなった。
"これ以上近づいたら死んでしまう"相棒は言った。
無駄な殺生を防ぐために一族の男たちは妖との契約を破棄し、自身の破魔の力を封じることを即決した。
それに伴い、一族は陰陽寮(朝廷にあるエリート陰陽師が集まる機関)から一斉に退いた。さすがに辞める理由を話すことはできなかった。下手に話して、力を悪用されてはかなわなかったから。それから、同僚や上司の記憶を改竄して一族の者は陰陽寮に最初からいなかったことにした。追っ手がかけられたら、面倒だった。同僚や上司の中では彼らは別の人になっている。
ただ、この時に一部の記録の改竄が出来ず、妙な形で名が残り、変なあだ名が一族につけられるとは誰も思わなかった。
一族の男たちが陰陽師を辞めた後、巫女たちの総力を上げての調査で破魔の力が変質した理由が徐々に明らかになった。
最初に分かったことは一族の者たちに対して加護という名の呪いがかけられていたということ。
"妖から害されないように。むしろ、妖を消せるように。"
オブラートに包むと加護の内容はそうなる。けど、実際には、妖に対する呪詛を加護に仕立て直して一族にかけてあった。
妖は数も種族もそれなりに多く、妖という大きな枠に呪詛をかけてもそんなに効果が出ない。というか、意味がない。
加護をかけた存在は、妖に対する恨みつらみが強く、妖に滅んでほしいと思っているようだった。
一族に破魔の力があることを知っていてなおかつ、それを利用し、妖を滅ぼしたいと考えたその存在は、正攻法で頼んでも断られると分かっていたのだろう。
加護で破魔の力を引き上げて妖を事故で消すことにしたようだ。
実際は、それに巻き込まれる形で霊も消されてしまっていたが。
結局のところ、一族は早々に陰陽寮から退き、妖退治をやめてしまったから、加護を与えた存在の思惑通りにことは進まなかったけど。
加護というからには、これを与えた存在は神だろうとは予想がついた。
けれど、どこの神かはまだ分からなかった。
この頃、戦が相次ぎ、土地が打ち捨てられ、土地神の信仰力の低下を招いていた。
土地神の信仰力がゼロになった時、その存在は消滅するか、堕ち神になるかのどちらかになる。
元が妖ならだいたい堕ち神になると言われている。堕ち神は邪神とも言い換えることができる。まぁ、いずれにせよ、討伐対象だ。
討伐するのは、他の神か一族になるけど、だいたい一族の方にお鉢が回ってくる。なんだかんだで戦闘能力がずば抜けてるのが原因だ。
さすがに安倍一門でも堕ち神の相手は手に余るだろうというのが一族の見解だった。
話が逸れてしまったが、土地神の堕ち神化を防ぐために一族は動いていたということだ。
土地神の信仰力が落ちてしまった場所に一族の者を移住させて信仰力がゼロになるのを阻止する。それだけで土地神は存在し続けていられると一族は知っていた。
そのお礼で氏子にしてもらうこともしばしばだ。そんなこんなで本当に何柱の神の氏子になっているのかを把握しきれていなかった。
ちなみに普通なら、一人の人間に対して一柱の神がつくのが原則だ。
一族の者みたいに何柱もの神の氏子になるというのはほとんどない。
それはともかく、一族の者を氏子とした神の中に加護を与えた存在がいるだろうと考え、巫女たちは懸命に探した。
結果として、加護を与えた神はすでに消滅していた。おそらく、呪詛の代償が大きすぎたのだろうと考えられた。
加護だけが残っているのが、腑に落ちないけど、元が呪詛だということもあり、残っても不思議じゃないと結論を出した。
一族の者は、この大きすぎる破魔の力と折り合いをつけるしかないのだと割り切ることにしたのだった。
後々に加護を与えた神が珍しく人と番って子をなしていたことが判明した。
ただの人では神の子はなせないけど、眷属なら話は別だ。
その神は例によって伴侶を眷属にしたのだろう。
生まれた子は、半神にもなれない力のない子で、ある程度大きくなったら、人の世で生活するようになったようだ。
神は伴侶とともに子やその子孫のいく末を注意深く見守った。
けれど妖により、子の子孫が惨殺されてしまい、血筋が途絶えた。
神は怒ったが、どうしようもなかった。子の子孫の血筋が途絶えた頃、神が治めていた土地の住民は次々に居を移していた。
神の信仰力はどんどん落ちて子の子孫を守ることを、妖に報復することすらできなくなっていた。
そんな時、一族の者が神の元を訪れた。
一族の力を知り、それを利用して妖に一矢報いることのしたのではないかと推測される。
神はすでに亡く、確かめようもないけれど。
現代の、一族の間では、陰陽寮から退いたきっかけの出来事をその時の混乱具合になぞらえて"九百年前の大嵐"と呼んでいる。
その何百年か後にも嵐は吹き荒れた。嵐はなぜか、半神が日本を不在にしてる間に吹いていた。
九百年前の後は五百年前。
その時は、妖がいつになく増えていた。大量発生に近いかもしれない。原因が一族だったから、責任もって対処した。
八百年前になると一族は半神を確実に守るために百年ごとに妖に対して餌を撒くことを始めた。
無防備な麒麟は妖の絶好の餌になると、どこぞの巫女が言っていたが、麒麟まではいかなくてもそこそこ霊力がある人間なら、妖の絶好の餌になる。
その中でも、巫女の素質がある女性はもっと美味しい。一族の巫女なら、妖を粉砕してしまうところだけど、普通の巫女さんはそんなことできない。
巫女の素質がある一般女性なら、かなり無防備状態だから、狩り放題。
食べて良し、孕ませて良し。
巫女の素質がある女性から生まれた妖は力が強い傾向があるから、妖たちの間では固唾ものだ。
そんなことを知っている一族の者は、百年ごとに町から餌を選んできて、巫女の素質がある…一般的に言うと霊力がある女性の中にある力に干渉しては力を垂れ流し状態にもっていき、妖たちの餌にするというエグいことをしていた。
"五百年前の嵐"は、そんな餌に選んだ女性が妖と恋に落ちて子をたくさん産み、育てた結果、やたら力の強い妖が増えて、一族が見逃せないほどの人的被害を出した事件、あるいはその収拾作業を指す。
その女性は六百年前の生贄だったのだが、早々に死んだと思っていたから一族は把握してなかった。
結局、一族と親交があった家柄の巫女から餌(囮)を選び、妖を誘き寄せてまとめて駆除することになった。
駆除という言葉は悪いかもしれないけど、一族の者からしたらそう思わざるおえなかったようだ。
何しろ増えた妖は、脳筋ばかりで話にならず、実力行使で以って対処するしかなかったのだから。
それは、一方的な蹂躙で幕を閉じることになる。
返り血一つ浴びない一族の者たちの目の前には、ただただ血の海が広がるのみ。
結界が張ってあるからと死体処理にその場の隠蔽工作をダラダラやっていたのが間違いだったと気づいたのは、それが終わって結界を解除した時だ。
安倍一門の手の者に囲まれて、妖退治を見られていたのだと知ることになる。
そこからは、その場から逃げることしか考えられなかった、と言ったのは時の本条家当主で続けて、ちょっと勘が鈍ったのだ、とこぼした。
安倍一門から、マークされた一族はその後、今に至るまで徹底的に安倍一門を避けて、逃げ回った。
人でないモノだとバレるから?違う、違う。
安倍一門を避けた理由は、破魔の力や、ずば抜けた戦闘能力を妖退治に使われるのが嫌だったからだ。
あの家は、妖退治に使えるならなんでも利用するスタンスだ。
おまけに血の気が多い。
害にならない妖まで狩って回ってる。
交流が途絶えて数百年経つ間に安倍一門の考えはとことん物騒な方向に進化して一族とは相いれないモノになっていた。
今の安倍一門はだいぶ落ち着いたものだけど、マークされた頃は本当に色んな意味でヤバかったのだ。
"五百年前の嵐"が終われば、幕末まで平穏そのものだった。
本条家が分家を作ったのはだいたい九百~七百年前の間になるが、分家は時を経るごとに形を変えていくも、脈々と系譜を繋いだ。
幕末は、分家同士が戦に巻き込まれ対立した動乱期。
ある分家は公家で、ある分家は武家だった。
本条本家は、元が平安貴族だったこともあり、公家だった。
時の本条家当主は頭を抱えたが、不幸中の幸いでどちらの分家の評価も"毒にも薬にもならない家"だったから、とりあえず、武家の方を折りを見て戦から手を引かせた。まぁ、最悪、死亡工作して本家で引き取る予定だったけど、あっさり手を引くことができた。幕府派から、裏切り者とか言われるのを覚悟してだけど、なんにもなかった。忘れ去られるのはあっという間だった。
明治時代においては、本家も分家も官僚を輩出したり、商売したりしてなかなかに国に貢献していたようだ。
ただ、この頃から日本という国は地味に戦争を始めていて、割りかし軍人を多く輩出していた一族は徐々に数を減らし始めた。
一族がその体制を維持するのが難しくなるほど消耗しきってしまったのは、第二次大戦末期になる。
一族の男たちはもれなく戦場に向かった。
いや、例外が数人いた。
時の本条家当主でミヅキの祖父にあたる人が海軍省のトップの近くにいたため、戦場に立つことがなかったのだという。
その人の手足として動いていた、一族の男たちも終戦まで日本から出ることはなかった。
"彼らは、戦争を止められなかったのか?"
と時々、思い出したように一族の者、特にミヅキは考える。
それは、難しかっただろう、と答えを出すことが多い。
あの時代、戦争を煽った財閥という名の戦犯を食い止める力が一族になかった。
時の天皇に意見するだけの地位もなかった。
時の当主は、戦争を止めようとして一時期、閑職に追いやられた。
その間にどれだけの軍人が死んだことだろう。
元の地位に時の当主が戻ったのは、"硫黄島の戦い"の少し前。
ちょうど、島に送る人員の選出をしていた時だった。
当主はためらうことなく、一族の者を島に送ることを決めた。
"本土決戦"を阻止する……いや、阻止できずとも、出来うる限りの時間稼ぎをするため、天皇が戦争を終わらせる決定をするための時間を稼ぐため。
ここら辺の史実は、地球も並行世界もあまり変わらない。
一族が関わっているか、いないかの違いだ。
終戦直前まで、海軍省に詰めていた一族の男たちは、"日本で一番長い日"の前後に姿を消した。
終戦後の日本を考えた一部の人間が、戦後復興の為に必要な人員だと一族の男たちを逃したようだ。万が一にも、戦犯で捕まったり、処刑されてはかなわないとご丁寧に名簿からも名前を消す周到さで。
男たちの素性がどこからかもれていたのかもしれない。実家が財閥とまでいかずとも、そこそこ大きな店を持っていたり、ちょっと権力があることくらいは調べがついていたのでは、と言われている。
戦後復興に全力を尽くした当主は、"二度と戦争が起こらぬよう全力を尽くせ"と遺言を遺した。
本条家当主の遺言というのは、法的な拘束力があるのとは別の意味で特別だ。
言霊の塊のようなものだと一族の者は口々に言う。
それを守らずにはいられないのだと。
現在、幕末まで武家だった、一条家と六条家、九条家が政府組織の中枢に食い込み、お役所仕事に励む一方で政府に不穏な動きがないか、内側から見ている。
他の四つの分家は、商売やって着実に財を築いて、そういう権力を強めている。
四つの家の力をフルに使えば、なんとか財閥の一つや二つの動きを鈍らせることができるそうだ。
最後の二つの分家だが、一つは文芸に突出していて、芸能一家として名を馳せているようだ。
もう一つの分家は、本条家と分家のセキュリティを一手に引き受ける警備会社を営んでいる。
本条家の人間は、ジョーカー扱いだ。分家のようになにか役割があるわけではない。
本家の人間が自由に行動するとなにかが起こると言われている。だから、ミヅキも現当主のミヅキの兄もかなり好き勝手に行動している。
ミヅキが自衛隊に所属しているのは、自衛隊がノーマークだったというのもあるが、本人曰く、向いてる気がしたのだという。その割に、自衛隊の外で動くことも多いようだ。
兄の方は、好き勝手してるといいながら、分家が営んでいる会社を転々としてテコ入れをしたり、分家のトップにあれこれ指示を出したりしている。
本条一族の歴史的な何か・安倍一門との因縁を伝えたいために書いた説明回、これにて終了。
追伸
安倍一門が言ってた"件の一族"っていうのは、"強大な力を隠すために隠遁生活する妖退治専門のバケモノ集団"って意味だから、一族の者が聞いたら憤慨しちゃう系の話だったりする。
安倍一門も第二次大戦には参戦して活躍していたから、一族の男たちとどこかで会っていたんじゃないかとは、ミヅキたちの世代の者は考えている。
ついにストックが切れました。次回から不定期更新になります。すみません。




