閑話 彼女の悪い夢はまだ醒めない
なぜ、私が……と嘆き悲しむ、悲劇のヒロインのように泣くことしかできない自分が嫌だと思う。けれども、帰る方法がない状況下では行動のしようもなく、ただただ絶望感に打ちひしがれるしかできないのかと思っていた。その時まで。
私は、今生まれた故郷とは、別の世界にいるらしい。
あの日、パーティー会場で社長令嬢としての挨拶を終えて、お辞儀した後、足元に変な陣の様なものが浮かんでいると認識した瞬間には、もうこちらの世界に連れ去られていた。
……正妃として。
この人は何を言っているの?
目の前の男の顔を見ながら思う。金髪碧眼のその男は私が今いるこの場所の王であるらしい。顔の造形も悪くないと思う。むしろ私と同世代の女性なら、黄色い声を上げていそうなほど良いと言えるだろう。だけど、愛しい婚約者のいる私にとっては、とても煩わしいものだった。
帰る方法などないのだから、大人しく正妃になるように言われた。先に婚約期間を設けるとも。そんなの死んでもごめんだった。私の婚約者はただ一人、故郷にいるあの人だけなのだから。だから、
「……近寄らないで!今すぐ私から離れなさい!でないとこの首掻き切って死んでやるんだから!」
私は、男から剣を奪って首筋に当てて脅すことにした。本気だというように首に少し傷を付ける。血が伝うのを感じながら、ここを切り抜けて一刻も早く男から離れたいと強く思った。
男は、私の思った以上に動揺してくれて、元々用意してあったらしい部屋にとりあえずは籠城することができた。けれど、これもいつまで持つのかと考える。部屋に入る前に勝手に入って来たら、死んでやると改めて脅しをかけたけれどそう長くは持たない気がした。
なぜ、私が?と思う。それ以前になぜ相手のいる女性を召喚したのか。全く男の真意がわからなかった。
帰れないと言われた。帰る方法がないと。もう、あの人には二度と会えないのか。そう思うと目の前が真っ暗になった気がして涙が次々に溢れ出して止まらなくなった。
……帰りたい。あの人に会いたいの。もう一度。あんな男の妻になんてならたくないの。ねぇ、誰か助けて!助けてよ。
助けが来るはずがないと分かっていても助けを乞うことがやめられなかった。
そうやって泣いて叫んでいたら、いつのまにか寝ていた。
そして、私は夢を見た。誰かに手を引かれて走る夢を。
その人はどうやら、紺の制服を着ているらしい。
そこまで見て夢が終わった。
泣きすぎてヒリヒリする目元を撫でなから、体を起こした。
さっき見た夢は一体なんだったの?
何かの予兆?無視しても大丈夫かしら?
鈍くなった頭で考えても答えは出そうになかった。しばし、ボーとしていると窓の方からコツ、コツと音がした。
コツ、コツ、うるさいので窓の方を見ると鳥が一羽いるのが見えた。鳥は何か訴えるようにまたコツ、コツ窓をつつく。
どうやら、窓を開けてほしいようだった。
体を動かすのが億劫で仕方ないけど、私が窓を開けるまでずっと鳥は窓をつつき続けそうな気がしたので、鳥に近づいて窓を開けた。
その鳥はなかなか派手な色合いだった。よく見つからなかったとちょっと感心していると鳥が体を押し付けてきた。よく見たら、足に手紙のようなものが括り付けてあった。
なんだか、怖いけど読んでみることにした。なんというか、読んだ方がいい気がしたのだ。うちの家系は自分の勘を大事にする。私も例外じゃないのだ。
手紙の内容は、
"助けが向かうから、心細いだろうけど、待っていてほしい。こちらの時間で一週間くらい。君にはやけに長く感じるだろうけど頑張って!暇だったら、お得意の占いをしてみるといいよ。最後に、王との接触はできるだけ避けるように。アレは相当な節操なしだから、気をつけて"
……訳がわからない。でも、日本語で書いてあるから、味方から?……占いか。
どうやら手紙の主は私の実家の家業のことを言っているらしい。
陰陽師…映画では、よく妖と対峙している場面が見られるから、そっちが専門と思われがちだけど半分違う。彼らは帝の近い場所で天体を見て、暦を作り、占術をして予言する。そんなこともしていた。
だから、うちの家系は大昔から占いは得意だ。道具がないから、あまり精度の高いものはできないけれど、やってみる価値がありそうだった。私の勘もそう言っているし。
ものは試しだから、やってみようと備え付けのペンと紙を取り出して手を動かす。
その結果は
"待ち人、来たれり"
ほんの少しだけ希望が持てた気がした。




