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ピアス

作者:僕。
これは僕の心象世界の修復の為のエゴです。
千切れた。


僕があの人のことを好きだと気づいたのは出会ってからだいぶ季節が過ぎてからだった。
無愛想で感情を表に出すことの少ない僕は、誰よりも朗らかな笑顔と柔和な雰囲気で周りの人を明るくするあの人の事を太陽だと勝手に思い込み、自分には少し眩しすぎるとさえ思っていた。それでも太陽に照らされた影は、眩しすぎる空を飛んでみたいと一瞬思ってはみたが、それは焼きあがる料理の五感を刺激する匂いで仕事に戻るのと同時に忘れ去られた。


月日は無慈悲に流れ、僕の年が1つ増えた頃、あの人との仕事をする機会が増えた。それと同時にあの人との会話も自然と増えていった。会話の内容は他愛のない話から仕事の話など、ありきたりな話がほとんどだが、不思議と僕は他の人には感じない好意をあの人に向けていっていたのだろう。
ある日、仕事が遅くまで残ってしまったせいであの人の終電がなくなってしまった。あの人の帰る家は仕事場から数時間かけて歩いても着かないので、仕方なく(とは言うものの僕は二人きりになれるチャンスだと心の中では喜んだのだが)、僕が車で送っていくことにした。僕は一回家に帰り、あの人の待つ仕事場まで車で向かうことにした。
家に着き、車の鍵を取ると、母親が「誰を乗せるの?」と聞いてきた。僕はなんて答えるか、自分の中で悩んだ。
僕の中であの人は明らかに他人ではない。他人と呼べるほど煩雑な気持ちで接する事なんて僕は許せないししたくない。ただ好きな人と呼べるほど僕はあの人に好きだという事を示せてない。
僕にとってのあの人はなんなんだろう。
あの人にとって僕はどんな人なんだろう。
母親の質問にも答える事なくそそくさと車を出した。
僕はあの人の待つ場所まで、自分の中で答えの出ない、言うなれば答えの出すことの出来ない質問に対しての重みと反比例するほどに軽やかに吐き出した煙で車内を充満させていった。

あの人を車に乗せ、無事家まで送り届けた後、僕はひたすらそのことに思考を巡らせていた。
夜の産業道路は昼間の騒々しい雰囲気を一切取り払った、まるで別の場所のような静けさと寂しさが僕と6mmの煙草の煙に充ちた車内を包み込んでいた。
僕が好きと言えば、僕の中での気持ちの整理は驚くほど簡単に、刹那的に終わる。
ただそれは僕のエゴでしかない。
そう思ったら口に出したい言葉も喉元でひっかかる。
そんな思いを忍ばせながら僕は家路に着いた。

あの人へのはっきりしない想いが僕の中で充満しきった。僕はついにあの人を2人きりで会うように誘った。
思いの外、とは言うもののどこか誘いに乗ってくれるという僕の希望的観測通り、あの人は乗ってくれた。


2人きりで夜の街に出れば、安モーテルのようなベッドの上に辿り着くのが男女というものだ(僕の強い偏見を含むが)。
初めて契りを交わしたあの夜に、あの人のあの瞳に見透かされて僕は好きだという自分の気持ちへの確信と同時にその胸中を言葉に変換させて伝えた。
ただ「付き合ってほしい」だなんて厚かましい望みはその言葉には乗せていなかった。
ただ好きでいたい。それだけだ。
そしてあの人もズルい人だった。
「私も好き」という言葉をその時に口にすることはなく、「ありがとう」「嬉しいよ」だなんて言葉でさらりと拒否の色を覗かせた。
それと同時に「ピアス、凄い似合ってるよね。」と僕の左耳のドロップピアスを夜の暗さにはしゃぐ無邪気な子供のように右手で弄って遊んでいた。
僕の両手であの人の身体を抱きながら、あの人は片手で僕のピアスを弄っている。
ただその姿を僕はとてもよく覚えているんだ。
闇に光る僕のピアスとあの人の右手。
目線を左に向ければあの人の綺麗に整った手が僕のピアスの揺れと一緒に動き、目線を前、および右に向ければ無邪気な表情を浮かべる顔と女性らしさの滲み出る身体がそこにあった。
僕はその全てが堪らなく好きだった。
そしてあの夜から僕はそのピアスを常に着けるようになった。



一線を超えた2人が距離を近づける速度は、秋が冬に変わる速度すら速い。

僕とあの人は、それ以来密会を行うようになった。(仕事場の人ということもあり公に言うような事でもないからこの表現を用いている)
そして数を、身体を重ねるごとにあの人の中に自分の中の好意が芽吹く色が鈍感な僕にも感じ取れた。
「好きだよ」と言えば「私も」
という答えが返ってくる喜びを僕はこの時ほどに強く感じたことはないだろう。
あの人の温度、色、香りの全てが僕を刺激して、虜にしていく。
僕が侵されていった、と同時にまたあの人も侵されていっていただろう。
それでも「付き合おう」の問いには僕の求める答えが来ることはなかった。
だからといって僕は熱が冷めることはなく、むしろあの人を強く求めるようになっていた。


街がクリスマス色に染まる頃、僕だけが馴染めず取り残されていく感覚だった。
あの人から「付き合うことはやっぱりできない。ごめんね。」という旨の連絡が来た。
僕としてはわかりきっていたことだし、そこまで求めてはいないけれども、あの人としては僕と会うことを辞め、距離を置くという意味だということはすぐにわかった。
そして毎日当然の如く交わしていた連絡も途絶え、一ヶ月もしない年の明け。

あの人に想い人が出来た。
その知らせをあの人からではなく、共通の知人から聞いた時に眩暈がした。
全てが重かった。体の中を駆け巡る血がドクドクと心臓から流れ出る。頭の中から全ての思考が放棄される。
それでいても何処か心の中ではこんな日が来ることをよそうしていたのかもしれない。
諦め、とまでは行かなくとも、太陽の照りつける空へと上り下界を見下ろす事は僕には叶わないのを知っていた気はする。
ただ、僕は空に手を伸ばすことが出来た。太陽の暖かさを、温もりを感じることが出来た。
それだけでも幸せなんだ。
あの人の幸せを願うだなんて柄にもない事を思えるようにしてくれたのは誰でもなく、あの人だったんだ。

僕はそう自分に言い聞かせ、仕事を終わらせ更衣室に重い足を運んだ。

着替えてる最中に左耳のドロップピアスが千切れ、足元に乾いた音だけをたてて落ちていった。

人が何かを悟る時なんて案外ちっぽけな事なのかもしれない。終わったんだ。ただそれだけだった。


何もかもが透明になっていった。
悔しさでもなく、憤りでもない。
僕ができる事は変わらない6mmの煙を溜息と同時に吐き出す事と、あの人のこれからが邪な何かに蝕まれることなくただただ太陽として照らし続けていく事を願うだけだった。

月に攫われるのは僕だ。太陽に照らされたのも僕だ。
千切れたのが僕だけでよかった。
紡がれたのがあの人でよかった。
駄文にも関わらず読んでいただきありがとうございます。

端折った部分が多いのは、人に読ませるという点より、僕の整理という点に重きを置いたからです。

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