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森の中を歩きながら、リイム王女と話をした。
エルフの国には、今のところエルフしか住んでいないこと。
行商人や一部の王族のみ、たまに出入りしていること。
人間との共存計画は、リイム王女の結婚から一気に進めるのではなく、しばらくはその夫だけで徐々に進めていくこと。
エルフの国がある森は、普通の人間には到達できないこと。
「・・・そういえば、エルフの国はここから遠いのですか?」
「この森を抜け、馬車で1日ほどだな」
「・・・結構あるんですね」
「その分、クルトと二人きりでいられるから、私は嬉しいがな」
人間との共存のために、人間の男と結婚する。
普通なら考えられないことだ。
他の種族が混在して生きるのは、争いを生むものだ。
同じ種族同士でも対立は起こるのに。
そして、そのキーとなる結婚を、自分から宣言し、僕を相手に選んだ。
・・・普通なら、今までエルフだけで生活していたのだから、反対するだろうけど。
・・・相手が僕なら、ってことなのかな。
・・・自惚れすぎかな。
「む、どうした?考え事か」
「・・・いえ」
「森を抜けたところに、馬車を待たせてある。そこまで頑張って歩こう」
「・・・はい」
箱入り王子だから、体力がないって思われてるな。
自惚れていたことを見透かされてなかっただけ、良かったかな。
森を抜けると、箱型の馬車がいた。
傍らにはエルフの兵士と思われる男性と女性が一人ずつ。
リイム王女と僕が近づくと、一礼をし、馬車の扉を開いてくれた。
馬車の中
大きな馬車ではない、一人がけのソファが向き合わせに置いてある広さだ。
対面で座ったが、膝が当たってしまいそうだ。
ほどなくして、兵士の二人が馬を歩かせ、進み始めた。
それほど揺れはなく、ゆっくりと進んでいるみたいだ。
「狭くて申し訳ないな」
「・・・いえ、馬車に乗るのは初めてなもので、感激しています」
「そうか、そうだろうな。だがな、馬は自分で操った方がおもしろいぞ。風を切って走る感覚というのは、中々のものだ」
「・・・そうなのですか」
リイム王女はニコニコと、僕に笑顔を向けてくれる。
僕も微笑みそうになるが、そもそも微笑むということがどうやったらできるのかわからないので、きっと無表情になってる。
それでもリイム王女は、嫌がる素振りもなく僕に話しかけてくれる。
「実はな、さっきの二人は夫婦なのだ」
「・・・そうなんですか?」
「あぁ。二人ともすごく愛し合っているんだ。だから一時も離れたくないと、同じ仕事をしているのだろうな」
「・・・」
「もしクルトがエルフの国に行くと言ってくれなければ、帰りの馬車で私は一人。向こうは夫婦。やりきれない感情で、押しつぶされていたかもしれないな」
リイム王女は、きっと押しつぶされたりしない。
そんなに弱い人には見えない。
だけど、それほどまでに誰かに恋をするということは、人を弱くしてしまうのだろうか。
少し憂いをおびた表情になったリイム王女は、綺麗だった。
笑っていても、笑っていなくても、綺麗なのはすごいと思った。
人間の表情の違いで、こんなにも自分の心が変わるなんて、また新しい発見だった。
しばらくすると、また森の中に入ったようだった。
周りの景色から、そろそろ夕方だということが分かった。
それに気づいたリイム隊長が僕に話しかける。
「さすがに夜まで馬車を走らせることはしない。この森にはエルフの村がある。そこで一泊することになるが、良いか?」
「・・・はい」
「宿もあるし、旅をするエルフには貴重な中継点だ。大抵の森の中には、エルフの村は存在しているのだ。まぁ、普通の人間には絶対に辿り着けないのだがな」
「・・・なるほど」
森と共に生き、森と共に死す。
本に書かれていた通りのことだ。
エルフの村
30分ほど森の中を進んでいたと思ったら、村が見えてきた。
ただの森のようで、人間が入って来れないように魔法がかかっているらしい。
道筋を覚えたところで、結局はいつの間にか森の入り口付近まで戻されてしまう。
・・・すごい魔法だな。
馬車が止まり、扉が開く。
僕は先に降りて、リイム王女の手を取った。
リイム王女は嬉しそうに馬車を降り、そのまま僕の腕を組んできた。
「さすがだな、クルト。私のしてもらいたいことが分かったとは」
「・・・それは良かった」
「好きな男に女として扱われるほど、嬉しいことはない」
はしゃいでいる、という表現があっているのかな。
でも、子供のようなはしゃぎようではない。
あくまでも王女として、女性としての、だ。
なんだか、くすぐったいな。
兵士二人を先頭に歩いていき、宿と思われる建物の前にきた。
エルフの村といっても、別に人間の暮らしている家とそれほど変わっているわけではない。
ただ、リイム王女の姿を見かけると、住人は一礼をしていた。
・・・僕は人間だから、もしかしたら敵意を向けられるのではと思ったが、そんなことはなかった。
僕も目が合った住人には、軽く会釈をした。
宿に入ると、カウンターで先に宿に入っていた兵士二人が主人と思われるエルフと何やら話していた。
しばらくすると、兵士二人と主人が僕らの前に戻ってきた。
主人は「王女様に狭い宿で申し訳ないですが・・・」と言っていたが、リイム王女は「無駄に広くても意味がないであろう。逆に狭い方が人との距離が近くなる。私たちにはうってつけであろう?」と言った。
兵士二人は顔を赤くし、リイム王女は嬉しそうに僕と腕を組んだまま。
主人も、嬉しそうに部屋まで案内してくれた。
宿の部屋
兵士二人のペアと、僕とリイム王女のペアで2部屋らしい。
・・・ペア?
部屋の中は、大きなベッドが一つと、ポットとティーカップと茶葉が入っているだろうと思われる小さな箱が載っているテーブル、椅子が二つという感じだった。
二人だったらそんなに狭くはないスペースではあるけど。
・・・ペア?
「中々良い部屋ではないか」
「・・・あの、リイム王女」
「どうした?クルト」
「・・・ベッドが一つしかないのですが」
「そうだな」
「・・・」
当たり前のように言い、荷物を傍らに置くリイム王女。
これ以上は突っ込んではいけない気がした。
なるようにしかならない、と決めたのは僕だろう。
落ち着け・・・落ち着け・・・
椅子に座ると、テーブルの上にあったポットでお茶を淹れてくれた。
「飲んでみろ、ここのお茶はおいしいぞ。この村はエルフの村の中でもお茶の名産地なんだ」
「・・・いただきます」
「うむ」
僕も席につくと、リイム王女がお茶を淹れてくれた。
王女がお茶。
いや、別に出来ないのが普通だとかは思ってないけど、これもリイム隊長の魅力として一つ覚えておこうと思った。
「王女自らお茶を淹れるなんて、おかしいか?」
「・・・いえ」
「これも花嫁修業の一つだ。王族で王女だからと一人じゃ何もできないなんておかしい、もし国に何かあって一人で生きていくことになっても困らないように、という父上の意向によるものだ」
「・・・」
「クルトのことを好きになるまでは意味がないと思っていたことだが、クルトを好きになってからは少しでもクルトが喜んでくれるようと考えるようになって、積極的に取り組んだのだ」
ふふ、と思い出すように自分の分のお茶を淹れながら言うリイム王女。
その動きは迷いもなく、毎日当たり前にやっている動きだった。
「もちろん料理もできるぞ。私の料理は城の中ではちょっとした噂になるぐらい美味らしい」
「・・・すごいです。噂になるということは、色々な人に振舞ったということですよね?」
「あぁ。身分なんて関係ない。騎士団の者たちや、側近、大臣など皆に振舞ったぞ。正直に感想を言えと言ったから、間違いないだろう。まぁ、最初は自分でもひどいと感じるものを作ってしまったが、やはり経験なんだろうな」
「・・・」
エルフの国の王族は、一般市民だろうが家族みたいなものだ思っている、とリイム王女は付け加えた。
人間の王族ではあり得ないことだと、感じてしまった。
下々の者に世話をさせるのが、王族。
それが下々の人間の仕事になるから。
なんでも自分でやってしまっては、国で城で働ける人が限られてしまうから、そういう理由もある。
・・・僕は世話をさせる人間なんてつかなかったし、自分でやるといっても自分のことだけ。
リイム王女は、自分「でも」できるんだ。
僕は負の思考に陥りそうになったため、お茶をすすった。
「・・・おいしい」
「そうであろう?良かった、口に合って」
「・・・リイム王女が淹れてくれたお茶だからかもしれません」
「ほう、ではこれからはクルトが喉が渇いたときには全て私が淹れてやろう」
嬉しそうにお茶を飲むリイム王女の姿も、とても様になっていた。
上品であり、素朴であり。
・・・きっとリイム王女の夫になったら、幸せになるんだろうなぁなどと僕は思ってしまった。
求婚されたのにね。
夜の食事は、部屋に運ばれてきた。
料理の説明を一つ一つ、リイム王女はしてくれた。
見たこともない料理だったが、匂いはどれも食を誘うもので、実際に食べてもおいしかった。
「一度クルトにしてみたかったことがあるんだ」
「・・・なんでしょうか」
「あーん、だ」
「・・・あーん、ですか」
すっと滑らかな手つきで、料理を箸で掴むと、僕の口の前に差し出す。
「ほら、口を開けるんだ」
「・・・」
「あーん」
「・・・あーん」
少し戸惑ったが、リイム王女の「あーん」で僕の口も開いてしまった。
恥ずかしいという感情を抱いたため、きっと顔が赤くなっていたと思う。
僕がそのまま食べると、リイム王女は嬉しそうだった。
もちろん、僕もリイム王女に食べさせてあげた。
いきなりやったものだから、リイム王女も驚いていたけど、すぐに可愛らしい小さな口を開けてくれた。
するのは恥ずかしくなかったが、されるのは少し恥ずかしいものだな。だが、すごく嬉しいものだな。
とリイム王女は言った。
するのも、恥ずかしいよ。
と思ったのは僕。