音の正体
「……ちょっと起きて。ねえ起きてよ」
体が揺さぶられて、目が覚めると夏木さんが俺を揺らしていた。
「なんですか?」
俺は目を擦りながら外を覗く。まだ日が登る前だ。とても寒い。
「なんか音が聞こえない?」
夏木さんは心細いのか寝袋をヒシっと握りしめている。
俺は耳を澄ますと遠くからこするような、引きずるような音が聞こえてきた。
ツェルトから出て、SUREFIREのLEDハンドライトを取り出した。
1000lmの驚異的な照度を誇るこのライトは真っ暗な闇をレーザービームの様に照らしだした。だが、辺りには雑草が生い茂るだけで何も見当たらない。
ゆっくりと周囲をライトで照らしていくと拭いに褐色の何かが見えた。
「なんだ?」
そこにライトを照らす。
「うわっ、なにあれ。気持ちわりっ」
巨大なミミズのようなモノがウネウネと這いずりまわっている。思わず後退る。その音を拾ったのか巨大なミミズはこちらに方向を変えて向かってきた。
「おいっ! こっちにやってきたぞ!」
「……あれって。 ……まさか」
夏木さんを見ると驚愕した表情をしてブツブツと小さな声で何かを言っている。
巨大ミミズはその体に似合わずかなりのスピードで進んでくる。
俺はバックパックの側面につけていたナイフを鞘ごと取り出し腰につけた。そのナイフは又鬼山刀と言い、長さ8寸(約24cm)で鋼の鍛造してある包丁のお化けのようなナイフだ。
巨大ミミズは4m手前で止まり、長細い体の先端もちあげこちらにピタッと照準を定めるように向けてきた。
嫌な予感がして、フリーズして再起動していない夏木さんを片腕に抱きその場から離れる。その瞬間、ミミズは粘液状の網のようなものを吐き出してきた。
「アブね」
間一髪のところで粘膜の網から逃れたが、ツェルトが潰れてしまった。あの様子だとベトベトになってそうだ。
「夏木さん! あれ何だと思う?」
未だに、”あなたの知らない世界”に行ったまま戻ってこない夏木さんを正気に戻すために耳元で怒鳴る。夏木さんはビクッとして俺の顔を見た。夏木さんは血の気が引いた顔色をしている。光の加減なのか。まあ、あんな化け物をみたら当然かも知れないが。
俺はミミズを注視しながら注意深く動く。素早いがさすがに這いずりまわるだけなので人間の足には敵わないようだ。
「さ、さあ。気持ち悪い生物ね」
夏木さんもミミズを見ながら顔を引きつらせている。ミミズはこちらを盛んにこちらを追ってくる。辺りは真っ暗で足元が悪い。ライトは俺が持っている一本しか無いので上手く動けない。
ミミズを改めてよく見るとウネウネと曲がりくねっているので正確には分からないが長さは4mはあり、胴体は平べったくフィットチーネの様になっている。その太いところは幅20cmはあるだろうか。
「ちくしょう! 追ってくんな!」
俺は足元に転がっている石も投げたが、ライトで照らしながらなので腰が入らずに当たらずそれてしまった。
突然、ミミズは急停止し、落ちた石に粘液状の網だか触手だかを広げてかぶせた。もしかしてと思い、石を近くに投げると落ちた場所に反応を示し、触手を伸ばしていく。
「……夏木さん。ここを離れるぞ。あのロボットは直ぐに動かせるか?」
俺は声を落とし、注意深くミミズの様子を見ながら夏木さんに視線を走らせる。
「ロ、ロボットじゃないわ! ……10分は掛かるわ。気球を回収しないと動けないわ」
「大きな声を出すな。切り離せないのか?」
「バカ言わないで。切り離したら充電できなくなるでしょ? 自衛隊と合流の目処が立ってないのにそんなこと出来ないわ」
ヒソヒソと話しながら、ミミズを誘導するように石を投げる。少しずつ俺達と、ロボットを置いてあるビバークポイントからミミズが離れていく。
「それもそうかな。あのミミズは振動に反応するようだ。そっとロボットに近づいて離脱する準備をしてくれ」
夏木さんは頷くと足音を忍ばせながらロボットに近づいていく。ロボットまでは15mはある。俺達は静かに歩き出す。もどかしいさと恐怖心がないまぜになり足元が疎かになるので、どうしても音がなってしまう。
俺はひょいひょいと石を投げて撹乱しているが段々と近づいてくる。
「夏木さん。あのロボットまで走って内蔵ライトをつけてくれ。それまでは俺が照らしてやる。つけたら俺が注意を引く。準備が出来たら合図をしてくれ。良いか? よし、3、2、1行け」
夏木さんは転びそうになりながらロボットに取り付いて、内蔵ライトを点灯させた。一部だけではあるが、かなり明るくなった。
後ろを振り返ると猛烈な勢いでミミズが近寄ってきた。俺は派手な音を立てながら走って逃げる。急な方向転換をしたり後ろに回りこんでやろうとしても、ミミズは的確にこちらの位置を掴んで向かってくる。
「……10分って長いな。まだ終わらないのか? 疲れてきたな」
ぜいぜいと息を荒げながら遠くに見える夏木さんの姿にチラッと視線を走らす。ロボットを触りながら何かをしている。
なぜかゆっくりとロボットが倒れていく。
「え? あいつ何やってんの?」
俺は思わず棒立ちになって夏木さんを見た。ドスンと凄い音がしてロボットが仰向けに倒れた。それに反応してミミズが方向転換をしてそっちに向かっていく。
ロボットが倒れた光景を見入っていて反応が遅れてしまう。
「おい! こっちだよ。そっちに行くな!」
俺はミミズが離れていくのに気付き、ミミズに思わず声を掛けた。
「ちくしょう。こっちだって言ってんだろ!」
荒い音を立てながら駆け寄り、ミミズの尻尾? の部分に又鬼山刀を突き立てた。ダンプトラックのタイヤの様な固い感触が手に伝わってきた。
ミミズはそれを痛痒にも感じさせないように夏木さんに向かっていく。
「クソ、固いな。 お前の行動特性が理解できん。直ぐ後ろに俺という獲物がいるんだぞ?」
もう一度走り寄り、両手でしっかり持ち、振り上げて突き立てる。体重が乗った一撃を加えると、今度は貫通したようで地面のジャリッとした感触が伝わってくる。突き立てたままにすると、ミミズは一瞬動けなくなった体をウネらしこちらに頭? を向けてきた。
「準備が出来たわ!」
夏木さんが大声で合図をしてきた。又鬼山刀はそのままに、ミミズを迂回しロボットに向かった。
ミミズは体をクネらしまたも追ってきた。
「しつこいな」
俺はロボットに取り付くとそれを着込み、起動させる。
「さっきの何なんだよ」
「何って何よ」
俺が夏木さんにロボットが倒れた原因を聞くとただの不注意ですって。この子意外とドジっ子なのかしら。ただ20歳を超えたドジっ子なんて、不要な属性ではあるな。
振り返るとミミズはもうすぐそこまで来ており、パワードスーツを着込んだ夏木さんに照準を合わせたように首? を持ち上げていた。
「夏木さん避けろ!」
俺が叫ぶと同時にミミズは投網を打つように夏木さんを粘膜の網で包み込んだ。粘膜の網は包み込んでからもにょろにょろっと広がり続けて雁字搦めにしていこうとする。
「きゃ!」
夏木さんの声がインカム越しに聞こえた。
夏木さんはそこから脱出しようともがいているが束縛する力が強いせいか思うままに動きがとれないようだ。
「夏木さん大丈夫? このロボットには武器は無いの?」
「な、無いわよ! 早く助けてよ!」
夏木さんが叫ぶがミミズが口? を開けて触手ごと引張り頭から丸呑みする。
「ちょっと! 何とかして!」
夏木さんが慌てている。俺はミミズに抱きつき阻止しようとするが、体が滑り蠕動運動をしているので意味をなさない。ミミズの全身が強力な筋肉で殴っても蹴ってもダメージが通っている感じがしない。
みるみるうちに夏木さんの体が飲み込まれていき上半身が隠れてしまった。スーツがギシギシ鳴っているが、少しの間であれば耐えられそうだ
「夏木さん、生きてる? 暫く持ちそう?」
「貴方何言ってるの? 早く何とかしなさいよ」
俺はその場を離れ、さっきミミズに突き刺して手放した又鬼山刀を探す。
――急いでる時に限って探しものは見つからないんだよね
「ちょっと! マズイわ!」
インカム越しに計器のアラートが聴こえ、夏木さんが焦った声を出している。
又鬼山刀を見つけ出し、ミミズの傍らに立ち、大きく開けている口の横から割くように滑らす。スッと刃が入り、ミミズの体液に濡れてスーツの上半身が表れた。そのまま刃を走らせ、ミミズの腹を割いていくと、ミミズはのた打ち回り、次第に動きが緩慢になっていった。
ミミズの動きが完全に止まると、インカムからグズったような声が聞こえていた。
「夏木さんどうしたの? 大丈夫? ……泣いてるのか」
「……動けないのよ。様子を見てくれない?」
夏木さんは鼻を鳴らしながら、涙声で身動ぎしている。だが、ミミズからでた触手らしきものが体中をビッシリと覆い、動きを妨げている。
俺は山刀を振るい触手を切り、解きほぐしていく。
「夜明けか……」
気付くと辺りは明るくなり始めている。
腹を割かれたミミズの巨体とまだ所々白い触手を付着させた夏木さんのパワードスーツがこの世の光景とは思えずに吐きそうになる。
「うえっ、気持ち悪い……」
思わず嘔吐きそうになる。今後はフィットチーネを食べれなくなりそうだ。
「ちょっと! スーツの中で吐かないでよ。納品できなくなるでしょ」
「……あんた。粘膜だらけの姿で言われても説得力無いぜ」
周囲に散らばった私物を片付けながらこの後のことを考えるが、当面はミミズの体液や粘膜を洗いたい。
「さて、どうします?」
夏木さんは一生懸命に粘膜を剥ぎ取ろうと手を動かしていて俺と喋る余裕はなさそうだった。
※SUREFIREハンドライト
シュアファイア(Surefire)は、米国SureFire, LLCの製造するフラッシュライトのブランド。ムラの無い光、高出力、頑丈な構造を特徴としている。その信頼性と安定性から、アメリカでは軍や法執行機関などで採用されている他、各国の軍隊や警察の標準装備としても採用されている。主に懐中電灯型の製品と、銃に取り付けること主眼に開発されたウェポンライトを製造している。 Wikipediaより
ミリオタさんがこよなく愛するLEDライト。ライトは照らすものでは無く、目潰しするためをコンセプトに作られていて、民間人が扱える外道な兵器。強力無比な照射力を誇るが難点は特殊な電池。CR123Aと言う型番の糞高い値段の電池を購入する必要がある。最近は公式の充電池も発売され運用コストが下がりつつあります。
※又鬼山刀
阿仁マタギの狩猟刀で西根打刃物製作所が鍛造している山刀です。この作中で出てくるのは袋ナガサと言われる種類のものです。柄の部分が筒状になっていて、棒を差し込んで槍の様にして熊と戦うために作られています。




