釈明
「さて、夏木さん。釈明をしてもらおうか」
俺は夏木さんに銃口を向けた。
「釈明ってなに?」
「そりゃ、薬を盛ったりしてるだろ? いくら頭の悪い俺でも分かるわ」
眼下では戦闘が繰り広げられている。村を攻める勢力と村を守る勢力とがぶつかり合っている。俺がいる場所は木々に阻まれて向こうから視認することは難しいと思う。TAHSに搭載されているようなレーダーがあれば別だが。
視線を戦場と夏木さんに交互に見比べる。
夏木さんは憮然とした表情をしている。
「……あれは違うわ」
「違うと言うと? 睡眠薬を盛ったことは否定しないんだな!」
「それは…… 貴方が暴れたりしたら貴方の身が危ないと思って」
「はぁ? 俺が話しの通じない男だったりしたか? 見境なく行動してるのはあんたの方だろ」
TAHSはお互いに脱いでいる。今日は暑い。TAHSの充電もそろそろ無くなってきている。空調を付けないで着ていると、どうしても排熱で熱くなってしまう。そして夏木さんのTAHSはどこにあるかしらない。どこかに隠してあるのだろうか。
「さて、あんたの知っていることを全て喋ってもらおうか」
「……貴方が知ってることと大差ないわよ」
俺は銃口を空に向けて銃のトリガーを引く。誰かに見つかるかもしれないがお構い無しだ。そして改めて夏木さんに銃口を向けた。
「俺は本気だ。ここまでコケにされて黙ってるほどお人好しじゃない。……あんたは敵か、味方かどっちだ?」
「味方に決まってるわ」
「だったらなぜ俺を陥れる。村に行った時に見せたものはなんだ」
「……意外とよく見てるのね。良いわ。教えてあげる。ただ私も全て分かってるるわけじゃないのよ」
夏木さんは観念したように肩の力を抜き、ため息をついた。
「まず、この世界は恐らく元の世界から70年後の日本ね。何かの影響でこの世界に飛ばされた。で、あの村にいたのは中国共産党の一派で東海省って言ってたわね」
夏木さんは胸ポケットから何かを取り出して俺に放り投げてきた。
「それは私のもう一つの身分証」
そこには、夏木さんの顔写真と【夏美玲】の氏名と中国語で色々と書かれていたが【中国人民解放军总参谋部第二部分】の部分は朧気ながらにしか分からない。
「参謀部?」
「そうね。まあ、この世界だと私の立場も微妙よね」
夏木さんがそこまで言うと、突然、俺は押し倒されて喉元にナイフを突きつけられていた。
「私の秘密を話す以上、貴方が裏切ったら。殺すわよ」
ナイフを持った夏木さんが能面な顔つきで俺の目を見ている。その目に真剣さを感じた。
ナイフに徐々に力が入っていく。
死の恐怖を感じる。巨大ミミズや銃撃戦の只中にいた時とは違う恐怖だ。
何が違うか分からないが人が人をリアルに殺す恐怖と言えばいいのか。
「……分かった。俺を裏切らない限り夏木さんを裏切らない」
夏木さんはナイフに力を入れるのを止めた。そして少し考え、納得したのかナイフを引いた。
俺は突きつけられていた場所に手を当てるとヌルっとした感触が伝わってきた。見ると血が出ていた。
「ちょっと、やり、過ぎなんじゃ、ないか?」
緊張から喉が乾いて言葉が上手く出てこない。
夏木さんはナイフをタイトスカートに手を差入れて太ももにあるホルダーらしきところに納めていた。
「何見てるのよ。変態!」
いつも通りに言っているが、あの顔つきと脅すときの低い声を思い出すとあれは擬態だと思ってしまう。
夏木さんはニコッと笑った。
「私はご覧のとおり中国のスパイね。今の日本がこんなんなってるとは思いも寄らなかったけど」
俺は言葉がでない。顔つきがコロコロと変わるとどれが本当の夏木さんだか分からない。
「あの村にいって現状はなんとなくだけど分かってきたわ。 ……さっき70年後の日本って言ってたわね。つまり西暦2090年ね。その70年間に色々あって、日本の半分が中国に占領された。だけどその中国共産党もバラバラになったらしくていまは東海省が半独立している状態ね」
「……日本はどうなってる?」
「日本は東北地方と関東の一部を領土としているみたい」
「えっと、北海道とか他の地域は?」
さっきまで持っていた銃を手にしようとすると夏木さんの鋭い目が飛んでくる。思わず手を引っ込めると良い子みたいな目をして笑みを向けてくる。
……怖い。色々な意味で。女性恐怖症になりそう。
夏木さんは戸惑う俺を置いてけぼりにして話を進めた。
「北海道はロシアが侵攻して実効支配、関東の空白地帯は虫に食われてるわ」
「ん? 虫食い状態ってこと?」
「言葉のまま。貴方の言う巨大ミミズに占拠されている状態。上手く追い出せないようよ」
この辺はS県とG県、I県の県境。関東はほとんど巨大ミミズに殺られてるってことなのか。あのザオって中国人は巨大ミミズをヒモムシって言ってたぞ?
そのことを思い出し、夏木さんの顔を見た。
「巨大ミミズはヒモムシを生体兵器として生み出された生物よ。あれはもとはうちの会社が生み出したものだけどね」
「うちの会社とは?」
「貴方と私が勤めてた会社よ。MHIGD社」
そこまで話をしていると、村の周辺でドンパチやっていた銃声がぱたっとやんだ。
「終わったようね」
夏木さんは俺の銃を構えるとスコープを覗き込んだ。
俺も眼下の村を見ると、広場に集められた人達とそれを取り囲む人達が見えた。つまりあそこにいた中国人グループが負けたってことか。
「あいつらは誰なんだ?」
思わず抽象的な言葉が出てしまう。
「仕掛けてきたのは日本軍ってことみたいよ」
「日本軍…… だったら保護してもらおうよ」
夏木さんは俺を流し目で見ると立ち上がった。
「私のTAHSを取りに戻るわよ」
「どこにあるんだ?」
夏木さんはニコッと笑う。
「あの村。さあ、派手に行くわよ!」




