尋問
「さて、菱木くん。楽にしてくれ」
部屋から出されてもう一つの部屋に案内というか連行され、目の前の貧相な中年男にテーブルの一角に座るように促された。
この部屋も粗末な作りで、どこかの田舎の居間を連想させるが、窓や縁側なども土壁で塞がれている。
欄間から光を取り入れてるので薄暗いが顔形は判別できる程度には明るい。
俺がキョロキョロしているのを見て中年男が薄く笑う。
「どうした? 逃げようとしてるのだったら無駄だぞ」
「いや、状況がまるで分からなくて…… 俺が逃げようとしてたら何なんだ? 監禁してるってことなのか」
相手と俺との意識のズレが酷い気がする。全くもって方向性が見えない。
「……まあいい。私の名前は趙建峰。趙《ザオ》と呼んでくれ」
「ザオさんですか。夏木さんはどうしてるんですか?」
「ナツキ? ああ、夏のことか。あれは今、別のことをやっている」
あれ? シャオって誰?
夏木を中国語読みするとシャオなのか?
言葉の意味を考えていると趙が呼びかけてきた。
「菱木くんはなぜここにいるのか」
「なぜって…… まあ、遭難したって言うのが一番適してるような」
「では遭難する前はどこに何をする予定だったのか」
これはどこまで言っていいものやら。
一応、俺は運転手といえども秘密保持契約を結んでいたし、現在会社がどうなっているかもわからないが、それは遵守したほうがいいのかどうか。
「うーん。そうですね…… 山の中を車の運転してたら急にビカっと光って、気付いたら何やら違う世界の様になってて、それから……」
趙がいきなり机をダンッと叩いたかと思うと、貧相な顔の目尻を急に吊り上げて俺を指差した。
「適当なことを言うな! お前は日本軍の兵士だろ! こちらは分かっているのだぞ、シラを切っても良いことはないぞ。さあ、正直に言うことだ」
このおっさん怖いわ。急に切れるってどういうこと?
夏木さんが事情説明してたんじゃないのか?
「日本軍って…… 自衛隊のことですかね?」
「自衛隊ぃ? 何を100年も前の話をしてるんだ。そんな芝居をしなくてもさっさと話せば楽な暮らしをさせてやるぞ?」
「話すって言っても…… 抽象的すぎて何を話せば良いのかわからないので具体的に質問して下さいよ」
趙も質問の仕方がマズイと思ったのか、改めてペンと粗末なメモ帳のようなモノを取り出して質問し始めた。
「まず、名前年齢と出身地、及び所属機関を言え」
「……菱木弘、24才。MHIGD社の運転手です」
「MHIGD社? 何だそれは?」
「えっと…… Mitsuyoshi Heavy Industries General Dynamicsの略だそうです」
「そこは何をやっておる」
趙は俺の話す内容が想像の埒外にあったようで、少し戸惑った様子を示している。
「さあ。俺は運転手で細かいことは知りませんよ。なんかの研究機関だって話です」
「嘘をつくな! 運転手がなぜあのような机器人を動かしていたのか。昨今の運転手はあのようなモノを運転するのが運転手なのか」
「ジーチーレンって?」
「ロボットのことだ!」
「あぁ。あれはロボットじゃなくてパワードスーツですよ」
そうそう。TAHSをロボットっていうと夏木さんが怒るからね。
しかし、夏木さんはこんなことも話してないのか社内の機密にあたるからかな?
しかし、このザオってやつは上から目線でいちいちイラッとするね。ちょっと意地悪な返答をしたい気もするが後ろに控えてる護衛の銃が怖い。俺の一挙手一投足を視線で追われているのが分かると余計に怖い。
いきおい俺の動きも誤解されないようにゆっくりになる。
ザオの顔に険がたってきた。お互いの立場も良くわからないがこの人ってこういったことに向いてないんじゃないのかな。
「そんなことはどうでもいい。貴様の目的はなんだ?」
「質問されたところを悪いけど、ザオさんが言ってる意味が良く分からないんだよね。俺達は遭難して、家に帰りたい。それだけ」
「では、あのジー……パ、パワードスーツに乗ってたのはなぜだ?」
パワードスーツって言葉に何か恥ずかしい要素があるのか? ちょっとどもってて楽しい。
「それは、山の中で不便だったから丁度運んでたものを有効活用しただけ。あと変な巨大ミミズに襲われたからその対抗手段として」
「……ヒモムシのことか?」
「ヒモムシって言うのか。あの生物は」
「シャオも言っていた。あのヒモムシに襲われたので匿って欲しいと。生物兵器条約違反だとな。笑わせるわ」
何がおかしいのかザオが高笑いしている。
そのザオは俺がきょとんとした顔を見ているのを楽しそうに見てくる。
「ふん。貴様は本当になにも知らんようだな…… あれは」
突然遠くからダダダッと銃声が聞こえた。一つの銃声が聞こえたと思ったら連鎖的にどんどんと銃声が増えている。
その音を聞いたザオと護衛たちは虚空を見つめると、立ち上がり急ぐように俺を元の部屋に押し込めて出て行った。
――どうしたんだ?
外の様子を確認したいと思っても窓も塞がれているのでどうしようもない。
銃声は遠くからと近くのものと二種類あるようだ。
俺を取り残して世界が動いている。
少しは何が起こっているのか教えてほしい。どこかで読んだマンガのようにこれが夢だったらと思う。目が覚めて、朝食を食べたら「何かの夢を見た」という記憶しか残らないように。
壁は薄いようで銃声はかなりハッキリと聞こえる。
ヒュルヒュルと音がしたと思ったら近所で爆発音が聞こえ、家が震え、天井から埃が降ってくる。
断続的に爆発音が聞こえ、その度に家が揺れる。立っていられないぐらいの揺れを感じた時に生命の危機を覚える。
――ここにいたらマズイ
何かをぶつけて扉を壊すか。
部屋の中にはベッドしかない。ベッドをぶつけて……重くて振り回せない。
枕をぶつけてもぱふってなもんだ。
最後の手段で、体当たりをする。
二度三度と体当たりをすると丁番が緩んできた。肩が痛くなってきたが構っていられない。
遠くで響いていた銃声が先程より近づいてきた。
戦っている相手がなんであれ、銃撃戦の狭間にいたくはない。
ドアノブをやたらめったら蹴りつけると扉が壊れた。アメリカの映画のようにスマートに開かない。歪んで俺一人だけ通れる隙間が開いた程度だ。
そこをすり抜けるが、家の外にでるにも鍵が掛かっている始末だ。
先程座ってた椅子を持ってきて叩きつける。椅子がバラバラになる。もう一つ持ってきて叩きつける。今度は開いた。
外をそっと覗くとこの村の兵士達が木柵や建物の影に寄って銃撃戦をしている。不幸中の幸いなのか。見つからないように隠れつつ襲撃されている方向の逆を抜けけていく。
いくつかの家の傍を隠れるように進むと、板を打ち付けている窓の隙間から見慣れた機体が見えた。
――おや? もしかして
俺の乗っていたTAHSが収納されている。建物の入り口を見ると見張りが一人立っている。
――あいつ。なんとかならんかな
見張りは銃撃戦が気になる様子でハラハラとしてその成り行きを見守っている。
襲撃が更に近づいてきた。ここにも跳弾が飛んできて土埃が立っているのが見える。
見張りは焦れたのか何か小声でぶつぶつと独り言を呟くと銃を構えどこかに走っていった。
俺は機を逃さないようにドアノブを回す。
――開いてるぞ
音を立てないように開く。ただ、外でドンパチやってるので効果のほどは不明だ。
足音を忍ばして入って行くと見慣れた後ろ姿の人物がTAHSに取り付き作業をしていた。
「よう、夏木さん。精が出ますな」
夏木さんはビックリした顔をして振り向いた。
「菱木くん…… 大丈夫だった?」
「大丈夫だったとは?」
「そんなことよりここにいたら危ないわ。逃げましょう」
「……一緒に?」
「一緒に」
夏木さんは俺の言葉に頷く。
俺はTAHSを着ると夏木さんを横抱きにする。
銃弾が行き交うところを生身で走り回るわけにはいかないからな。
俺は村を一気に駆け抜け制止する暇を与えずに木柵を飛び越えそこを逃げ出した。
目指す先は退路を確保する時に隠した武器や道具を置いた場所だ。
夏木さんから事情を問いただすのはそこでも十分だ。




