睡眠
その晩は夏木さんがいると思われる小屋を監視して朝を迎えた。
特に騒ぎになるわけでもなく、あっけなく夜が明けた。
緊急事態に備えて退路を確保して武器や道具を分散して隠しておいたのだが、役に立たないのはいいことではあるな。
「ちょっと起きなさいよ!」
目を開けた。何時の間にか寝ていたらしい。目の前に夏木さんの顔がある。
「あぁ。夏木さん大丈夫だった?」
俺は慌ててTAHSを脱ぐ。寝不足が続くからちょっとしたことで寝てしまう。TAHSもそろそろ充電しないとマズイかな?
「貴方ねぇ。か弱き女の子を放っておいて寝てられるなんて呆れるわね」
「……連絡ぐらいよこしても良くないか?」
「ふふ。ごめんなさい。冗談よ。はい朝ごはん」
差し出されたモノを見た。湯気がたったお粥がある。お盆にのせられて。レンゲ付きで。
「おぉ……こ、これは……おかゆさんじゃないですか……!」
震えた手で器を受け取り、駆け込むように口に入れる。薄い中華粥のようで、鶏肉が少しと青ネギが散らされている。ごま油とショウガでで香りづけされていて食欲をそそる。
久しぶりの文明の味がする。
「旨いっ! 涙出そう」
夏木さんはここまで熱々のおかゆさんを手で持ってきてくれたのか。足場も悪いのに。
性格悪いと思ってたけど、ただのツンデレさんだった可能性は否めないな。いや、実にポイント高い。
あっという間に食べ終わってしまった。お粥の温かさが腹から全身に行き渡るようにぽかぽかとしてきた。お粥の糖分がエネルギー不足に陥っている体にチャージされていく感覚がわかる。細胞が活性化していく。
「夏木さん、ありがとう。美味しかった。これはあの村から頂いたの?」
「そうよ。しばらくの間、彼処で厄介になることにしたわ」
「えっ…… 勝手に決められても…… 大丈夫そうなのか?」
「話はついてるわ」
空になったお椀を見つめる。
色々と聞きたいこともある。少し引っかかるところも無きにしもあらずだが食べ物の誘惑には敵わない。
食べてホッとしたからかあくびが出てくる。
「じゃあ、少しお世話になるかな…… なんか眠くなってきたな」
「緊張が緩んだんじゃない? この辺はあの生物もあまり出ないらしいわ」
「ふーん。そうなんだ。 じゃあこのお椀を返しに……」
急激に意識が遠のく。
夏木さんの俺を呼ぶ声が聴こえる。近くに人影が映り、銃だろうか? 俺の肩を突っついてきて、訳の分からない言葉で夏木さんとはな……
目の前にはおふくろが用意してくれたご飯が並んでいる。きんぴらごぼう、肉じゃが、鯵の干物とわかめの酢の物。一見地味な献立だが、たまに切なくなるぐらいに食べたくなる。
「いただきまーす」
お茶碗をもち肉じゃがに箸をつけると口に運ぶ。味がしないが、食べた感触だけがある。
味わって食べたいと思っているのに果たせない。
おふくろも大分前に無くなったはずだけど……
あれ? 俺が作った飯だっけ?
手に持ってる枝から自分で削って作った箸を見つめる。
目の前にはイモムシがあり、夏木さんが嫌そうな顔をして摘んでいる。
食べる時には美味しそうに食べて欲しいな。それが作った人に対する礼儀じゃないのかと小一時間……
「えっ?」
ガバッと飛び起きた。
すえた臭いがするせんべい布団に寝かされていた。
「えーっと……」
記憶をたぐる。
村を見張ってたらウトウトして寝てしまったところを夏木さんに起こされて、お粥を持ってきてくれたからそれを食べて寝てしまったと……
俺は寝てばっかりだな。
待てよ。寝る前に夏木さんと誰かもう一人いた。
何があったんだ……?
外に出ようとするが扉があかない。部屋内を見渡すと田舎の小部屋っぽい感じがする。元々は畳が引いてあったと思われる段差があるが、今は敷かれていない。窓も板を打ち付けられてはめ殺しになっていて外が見えない。
「どうなってるんだ……」
扉をノックしてみる。
「すいませーん。どなたかいらっしゃいませんかー?」
扉はガタガタとなるが反応がない。人がいる気配がしない。思いっ切り扉を押し引きしても開かない。
「どうしたもんかな」
これはあれか。はめられたってやつなのか。
そもそも夏木さんはなんなんだ? 俺はただ単に中国に飛ばされたってだけなのか?
夏木さんの知り合いが中国にいて偶然…… って都合が良すぎるな。
辺りを見渡すが粗末なベッドにせんべい布団が乗っかっている。それ以外には何もない。
俺も服と靴以外の携帯品は全てない。TAHSの端末もないので夏木さんとも連絡がとれない。
「考えたくないが監禁されてるってことなんだよなー」
大人しくしておいたほうが良いのか、脱出するために藻掻くのが良いのか。
脱出出来たとしても良い未来が想像できない。銃で撃たれるか、餓死するか、ミミズの腹の中か。
方向性が分かるまで大人しくしていたほうが良いだろう。手遅れになるかもしれないが……
何をするにも体力を温存しておくべきだ。それでなくてもずっと安眠が出来なかったし。安心して眠れることは贅沢なことだと思って寝られる時に眠るべきだろう。
寝飽きるぐらいに寝ていたとき鍵がガチャガチャと鳴り、扉が開くと貧相な顔をした中年の男とその後ろにガタイの良い護衛らしき男が二人銃を持ち部屋に入ってきた。
その貧相な顔をした中年男が流暢な日本語で話しかけてきた。
「菱木弘くんと言ったかな? 少し話をしたい。付いて来てくれ」




