銃撃
突然の光で眩惑したが、辺りの闇に目が慣れてくる。
雨音が更に激しくなったように聞こえた。
「……どうしたんですかね。それより岩田さんは!?」
俺が外に出ると、すぐに体がびしょぬれになるが気にせずに岩田さんの側に駆け寄る。
「岩田さん。どうしました?」
岩田を見ると肩から出血していた。
「えっ? い、岩田さん?」
――そうか。ジープに自衛隊員がいるから助けを呼ばなくちゃ
岩田さんをそのままにしてジープに近付くが何かが違う。
「あれ? 前が無い……」
ジープの前半分がスパッと切り取られたように何も無くなっていた。後部座席には誰も乗っていなかったので後ろ半分の車体と2本のタイヤしか残っていない。
わけが分からなく、呆然と立ち尽くしていると社長が傘を広げて、車から出てきた。
「おい、菱木! どうした!」
「……無いです。車半分が無いです。それに岩田さんが怪我をして」
「なにを言ってるん……」
社長が近寄ってきて俺の肩を掴むと絶句した。
「……どうなってるんだ?」
「分かりません。それより岩田さんは?」
岩田さんに近づき抱き起こすと、岩田さんが呻き声を出した。
「岩田さん、大丈夫ですか? どうしたんですか?」
「……う、撃たれたみたいだ」
「撃たれた?」
それっきり岩田さんが気絶してしまった。
――マズイな。確かに肩から血が大量に出ている。このままだと出血と雨で低体温症になるかもしれない
俺は岩田さんを抱えてベンツの助手席に連れ込んだ。
「夏木さん、邪魔だからどいて」
「邪魔ってなによ。ちょっと濡れるでしょ!」
夏木さんを無視して助手席を倒して、岩田さんを寝かせる。ハンカチ替わりに持っていた手拭いで肩口をギュッと押さえつけ止血を試みる。
「ちょ、ちょっと何してんのよ。どうしたのよ。」
「岩田さんが撃たれたみたいだ。夏木さん、この手拭いの上から押さえつけておいて。血が出てても気にしないでね」
「わ、私は嫌よ。き、気持ち悪い」
そんなとき呑気な声が聞こえた。トレーラーの運転手の佐古田だ。傘をさしながら後ろから声を掛けてきた。
「どうしたんすか? 濡れるっすよ。いや〜土砂崩れが凄いっすね。トレーラーのバッテリー上がっちゃって動けないっすよ。」
俺は毒気を抜かれて間抜けな顔で佐古田を見つめた。
俺が押さえているものを見て佐古田がびっくりした。
「ちょ、菱木さん。なにしてるっすか!」
「良かった。佐古田さん。岩田さんが撃たれたみたいなんだけど止血のためにここギュッと押さえつけててくれない」
「撃たれたってなんすか? ゴルゴっすか?次元すか? 敵はどこから」
「うるさい。さっさと交代してくれ」
ブツブツ言いながらも佐古田を押しやって止血を続けさせる。
「うわっ! 凄い出血っす! タオルは替えなくていいんすか?」
「そのままでいいから押さえつけててくれ」
「手が血でヌルヌルしてきたっす。手を洗ってきていいっすか?」
「……」
バカは放っておいてベンツのトランクルームを開けた。ここには俺の趣味の道具を入れておいた。今日の仕事が終われば納入した兵器の試験が終わる1週間はオフなので沢に入り、渓流釣りをしようと考えて社長には内緒で持ってきていたのだ。
――何が幸いするか分からんもんだね
道具を詰めたバックパックから軍用ポンチョを着るてヘッドライトをつける。それと救急セット、ナイフ、タオル、サバイバルシートタープを取り出し、運転席側に乗り込んだ。
「佐古田さん。応急処置するからそのまま押さえてて」
「お、おう。わかったっす」
俺はナイフで岩田さんの服を切り裂く。
「ちょっと貴方なにしてるのよ。服を切るなんてどうかしてるわよ」
後部座席に遠ざかるように小さくなってる夏木さんは手は出さない割には口を出してくる。俺が知る面倒臭いタイプ筆頭に上げられる。
岩田さんの上半身を裸にするとタオルで拭き、サバイバルシートを掛けてやる。こうすることで、体温の低下が防げるはずだ。まだ4月下旬で濡れたままだと寒いので、保温をしてあげないと命に関わるからね。
佐古田さんの手が血塗れになっている。ライトで照らすと大分出血も少なくなっているようだ。
「……太い血管ははそれたみたいだな。でも直ぐにでも病院に連れて行かないとマズイな」
車外で所在なげに傘をさして立ち尽くしている社長に振り返る。
「社長。病院に行かないと」
「あ、ああ。この土砂崩れだと前にも後ろにも進めないが……」
それと、この撃たれた様な傷。本当に銃で撃たれたのなら襲撃の筈だ。止血をしてるだけで30分は経っている。襲うならもうここに着いていてもおかしくないと思うのだが。
「社長。これって襲撃なんですかね」
「わからん。だが今日、我々がここを通ることは極一部の人間しか知らない筈なんだが…… それに襲撃だったら私がここに立ってたら真っ先に狙われていると思いが何も起こらないな」
「……そうですよね。でも、何かが起こったのは間違いないですよね」
「だが、助けを呼ぶにしても夜が明けるまで待機だ」
俺は日が昇るまで、岩田さんの手当を続けた。
社長と佐古田はトレーラーに乗り込み、雨宿りと仮眠をとってもらった。夏木さんは後部座席にふんぞり返り、うつらうつらしながら偶に目を覚まして俺を煩そうに見ていた。
夜が明けると雨はやみ、岩田さんも出血が止まった。手拭いはそのままにして、上から包帯でグルグル巻きにした。
岩田さんの額に手を当てると熱くなっていた。傷口から菌が入ったのか、雨に濡れて風邪を引いたのか。何れにしてもあまり良い状況ではなさそうだ。
社長と佐古田が目を覚ましたので俺は仮眠をとることにした。
※サバイバルシートタープ
ナイロン生地に断熱性の高いアルミ溶着シートを貼った保温性の高いサバイバルシートで、タープや敷物としても使えます。EVERNEW製
※ナイフ
数多あるナイフですが、作中に登場したのナイフはLEATHERMAN製CHARGE TTiのマルチツールに含まれているナイフです。かなり使いやすいのですがデメリットとしては、高価であるのと刺抜きが付いていない点です。アウトドアシーンでは刺抜きが無いと痛い思いをケースが意外とあります。
マルチツールは大きく分けるとVICTORINOXとLEATHERMANの2ブランドありますが、LEATHERMANは無骨でペンチが付いていて、このペンチがとても使いやすいです。
※バックパック
作中で表現されているバックパックは米軍の特殊部隊が使用しているとされているMYSTERY RANCHの3DAY ASSAULTです。3ジップアクセスとサイドと内部に施されているMOLLEシステムを採用されており荷崩れが起きにくく且つ使いやすいです。
※軍用ポンチョ
米軍が採用しているポンチョです。当然のことながら外套としての利用がメインですが、ツェルト、タープ、グランドシート、寝袋などにも使える多彩さがあります。