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接吻

 パチパチと焚き火が爆ぜる。

 夏木さんが、岩を背もたれにしたマットにしなだれかかるように座っている。

 日があるうちに夕食を作る準備を夏木さんは見つめている。


「ねえ。なんでいつも鍋の底に泥を塗ってるの?」

「これ? 煤を落としやすくするため」

「ふーん。貴方、こんな事ばっかり知ってるのね」


  俺は肩を竦める。

 当初持っていた米は尽きてしまったので、調味料以外には自力調達したものだけだ。


 ムカゴは塩茹でにする。

 岩場に生えていた多肉植物のスベリヒユと桑の葉をサッとゆでてザク切りにして醤油をかける。

 そして本日のメインディッシュのスズメ蛾の幼虫を取り出す。

 袋の中でうにうにと動くさまはとても食欲が湧くものではない。俺は蛾が嫌いなのだ。他の虫はそれほど思わないのだが、蛾だけは苦手なのだ。幼虫も同じだ。毛虫よりはとっつきやすいがなんとも気持ちが悪い。カミキリムシの幼虫とかと何が違うかと問われても困るのだが。


 鍋に油を引いて幼虫を放り込んでいく。

 それを見た夏木さんは嫌そうに見てくる。


「また変なの持ってきて…… それも食べる気?」


この生活にも少し慣れてきたのか、前よりかは拒絶反応は薄くなってきた。


「う、うん。そうだな。食えるものは食っておかないと……」


カミキリムシの成虫も足と硬い上翅(じょうし)と苦い頭を取り除きスズメ蛾の幼虫と一緒に炒めていく。

 スズメ蛾の幼虫がパンパンに膨らんで焦げ目がつくと鍋を火から下ろす。


「さて、今日のディナーが出来上がりましたよ」


 ムカゴの塩ゆではまあスナック感覚で食べられる。スベリヒユもヌメリがある食感は悪く無い。桑の葉が若干硬いがまあ許容範囲だ。

 いよいよメインディッシュのスズメ蛾の幼虫だ。

 成虫をイメージすると寒気がしてくる。が、我慢して一口かじる。

 中からトロッとした内臓が出てきて口の中に広がってくる。


「うまっ」


 美味い。ビックリする。テッポウムシより美味い。パリッとした皮が弾けると強い身の味が迸る。


「なんだろうな。この味は……」


 枝豆のような香りとジュワッとした濃厚な味わい。なかなかこんなの味わえない。


「夏木さんも食ってみなよ。美味いよ」


 夏木さんはこの世の終わりのような顔をしているが、美味しそうな匂いに釣られたのか、空腹には勝てないのか、端っこに口をつけた。中身が弾け飛ぶ。

 その途端、目を丸くする。


「ん……これ、美味しいわね」

「美味いよね、俺もここまで美味いとは思わんかった」

「ちょっと、食べたこと無かったの? もしかして食べられるか判らないものを食べさせようとしてたの?」

「いやいや。食べれるらしいってことは知ってるよ。中国では養殖して売ってるって聞いたことがあるし」

「聞いたことがあるって……」


 夏木さんは覚めた目で俺を見るが手と口は止まらないようだ。

 しっかりとカミキリムシも食べている。パリパリとした食感は美味しい。たまに歯に詰まるのが玉にキズだが。


「菱木くんは彼女とかいないの?」

「……それは俺を口説いているんですか? それとも挑発してるんですか?」

「何いってるの? 違うわよ。ただの世間話よ」


 食事が済み片付けると、ヨモギ茶を煮だし飲んでいた。辺りも暗くなっている。

 夏木さんにはメディカルセットに入っていた痛み止めを飲ませたので大分調子も良くなってきたみたいだ。


「まあ、いませんね。少なくとも過去形を使うべきなんじゃ?」

「私はね、いるのよ」

「……ふーん。もしかして社長だったりする?」


 夏木さんは吹き出す。


「ちょっと笑わせないでよ。腰に響くでしょ」

「だって仲良さそうだったし」

「まあ、悪くは無かったかな。でもそれは仕事上の関係よ。半ば秘書としての動きもしてたしね」


 その割には車の中でしなだれかかってたりしてたような……


「その……彼氏さんと会いたいと思ってるの?」

「うーん。希望は捨ててないわ」


 これは私には手を出すなよって牽制されてるのか?


「でも、最近はもう逢えないかもしれないとも思ってるの」


 夏木さんの顔に影が差す。


「これからどうしたら良いのかな? 菱木くんは不安にならないの?」


 ちょっと涙声になっている。腰を痛めて気が弱くなってきたのか。

 こんな世界で精神的に弱くなると体も弱くなってしまう。力づけたいと思うがどうすれば良いのか。むしろ慰めて欲しいのは俺の方だ。


「不安じゃないのかって言われれば不安ですよ。目が覚めたら自宅の天井になってれば良いなって思いますよ? でもね。ちょっと楽しんでるところもあるんですよ」

「……楽しんでる?」

「小さいころにロビンソン・クルーソーの小説とか読んで夢想したこと無いですか? 男の子だったら理解してくれると思いますけどサバイバルな世界に浸ってみたいって。もっとも、帰れる場所があるって思うから小説の主人公たちは頑張れたのかもしれないけど」

「その……ネガティブなこと言うのやめてよね。そこは元気づけるところでしょ」


 俺はその物言いにちょっと笑う。


「俺一人だったらもうとっくに野垂れ死んでるかもしれませんけど、夏木さんと一緒で良かったと思いますよ。美人だし。例えワガママで文句ばっかり言われててもね」

「何言ってるのよ!」


 夏木さんは枝をぶつけてきた。


「それ。それやめてくれ。夏木さんは頭良いんだろ? その直情径行気味な行動は謹んでくれ」

「貴方が変なこと言うからでしょ」


 風が吹いてきた。日が暮れて大分気温が下がってきて肌寒い。

 俺が寒いなら夏木さんはもっと寒いと思われる。膝上丈のタイトスカートだし。


「さて、そろそろ夏木さんはツェルトに入りますか。今日は俺が仮眠しながら番しますよ」


 夏木さんをお姫様抱っこする。


「……ちょっと」


 夏木さんは恥ずかしそうに俯く。もしかしたら腰が痛いだけなのかもしれないが。


「なんですか?」


 ツェルトは天井が低いので抱っこしながらだとキツイ。


「うぐぐ。重い」

「何言ってるのよ。そんなはず無いでしょ」

「俺体重知ってるしっ うわ、痛い、落ちる」


 夏木さんが無防備な俺の頭をぽかぽか叩きだす。

 思わずバランスを崩して抱っこしながら肘をつく。

 夏木さんの顔が近づき唇同士が軽く触れた。


「……変態」

「事故ですよ事故。暴れるほうが悪い」

「まあ良いわ。美女の口づけが今までの分の報酬ね」

「はぁ? どれだけの価値があるんだか。それにあんなの中学生でもそんなこと言わないぞ?」


 俺は夏木さんを下ろすと膝立ちする。


「ふふ。これでも感謝してるのよ」

「そうですか。じゃあ態度で表して欲しいもんですね」


 俺は顔を近づけ唇を重ねた。


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