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落下

「キャー」


 休憩してると夏木さんの悲鳴が遠くから聞こえてきた。


「どうした!? どこにいる?」


 俺達は絶賛道に迷い、山中にいた。

 平地はミミズの襲撃が多いと感じて山づてにT都に向かうことにた。何かの痕跡があるかもしれないと思ってだ。GPSは使えないのでコンパスとデータに残された大まかな地図を元に歩いて行くのだが、地形が大きく変わっているところが多数あり良く分からない場所に出てきた。

 山を登り切ったところでTAHSを脱いで休憩してたら、夏木さんが用を足しにいった。分かりきっているが一応注意を促す。


「遠くに行かないようにしてくれ。危ないからな」

「分かってるわよ。覗かないでよね」

「……俺にそんな趣味は無い」

「どーだか」


 仲が悪そうに聞こえるが、最近は打ち解けてきた。これで夏木さんが猫撫で声とか出されたら突き飛ばすちゃうかもしらん。

 そんなんで、夏木さんが藪の中に消えていった。いつも視線の届く先にいるように言っているのだがこればっかりはしようがない。俺も踏ん張っている情けない顔を晒す趣味はないし。


 夏木さんが消えた方に走って行くと姿が見えない。藪の枝葉が折れた方に進んでいくといきなり地面が消えた。


「うぉ!」


 瞬間的に近くの木を掴んだので無事だったが相当焦った。半身が外に放り出され、足元を見ると崖になっていて崩れた足元の土がザザーッと流れていく。

 慌てて体制を立て直し崖下を覗く。状況的に落下している可能性が高い。


「夏木さん! 大丈夫か!?」


 崖の途中の岩棚に横たわっている夏木さんがいた。


「おい! 返事しろ!」


 ピクリともしない。


 ――頭でも打ったか?


 上から観察すると酷い怪我は無いみたいだ。すぐに落下する恐れもなさそうなのでTAHSと道具を取りに戻る。

 道具は沢登りのときに使うハーネス、20mザイル、スリング(ナイロン製のO状の帯)とカラビラなどの金具が入ったロープバッグを持っていく。


 TAHSに乗り込みながら下を見るが未だに夏木さんに動きがない。TAHSのセンサーには生体反応があるので生きていると思われる。失神しているみたいだ。


 ――どうするか。下に降りないと助けられんか……


 ザイルを垂らしハーネスを巻きカラビラと8環(えいとかん)垂直降下(ラペリング)する。

 夏木さんの傍に降り立つと、仔細に様子を見る。

 すりむき傷は手や顔についてるがツナギを着てるため目立つ怪我は無いようだ。ただそのツナギの股間の辺りが濡れているのはいただけない。



「夏木さん。大丈夫ですか」


 肩を優しく叩く。

 夏木さんは(まぶた)を震わすとゆっくりと目を開けた。


「……ん、痛っ!」

「どうしました? どこが痛いんですか」

「こ、腰よ…… あれ? どうして……あれ?」


 錯乱してるみたいだ。突然落ちて前後の記憶が飛んじゃったのかな。


 夏木さんはむくっと上半身を起こすとお尻を押さえて痛がる。


「えっ! ……ちょっと向こう行ってて!」

「行きたいのはやまやま何ですが……状況判ってます? 夏木さんは崖から転落したんですよ」


 俺は崖の上を指した。

 夏木さんは手で股間を隠しながら上を見る。

 俺はため息をついた。


「動けそうですか? 取り敢えず立ち上がってみてください」


 手を伸ばすが、受け取らない。


「自分で動けるわよ。 ……っ」


 立ち上がろうとするが力なくその場で崩れ落ちる。腰を打って動けないのか。


 ――しようがない。引っ張り上げるか。


 自分がつけているハーネスを外し、夏木さんにつけようとする。


 ――あぁ。俺の大事なハーネスちゃんが濡れてしまう……


「ちょっとやめて! 自分でつけれるわ」

「……そうですか。腰で吊るすようになるのでちょっと痛いかもしれないですよ?」


 俺はハーネスを手渡すが、俺に隠れるような心理が働き、腰も痛く自由に動けないようだ。

 腰を曲げるもの痛いようでハーネスのレッグループにも足を通せないようだ。


 つくづく面倒を掛ける女だな。


「おら、貸してみろ」

「ちょっとやめてよ」


 声に張りがない。痛いのか、恥ずかしいのか、崖から落ちた恐怖心なのか。


「動くなよ。危ないから」

「……ねえ。やだやだ」


 なんだよ。ちょっと弱々しいじゃないか。


 強引にハーネスを奪い取ると足に通していく。夏木さんはあまり抵抗をしない。痛くて出来ないのか。チラッと顔を見ると手で顔を覆っている。


 ――隠す場所を間違ってないかい?


 まあ、大人しくなって楽にからいいが。

 鼻がグズってるが気にしない。気にするのは手が汚れないようにすることだ。


「……っ! 痛い」


 俺がグッとハーネスのベルトを締めると夏木さんは悲鳴をあげた。このまま引っ張りあげるのは厳しいか。腰骨が折れてたらどうしようもないが……

 上半身も固定しないと腰に負担が掛かり過ぎるのと痛みで手を離しても大丈夫なように上半身にスリングでチェストハーネスを作り、カラビラで連結させる。パッと見ると亀甲縛りのようになっている。


 ――ちょっとそそる。胸がデカいから立体感が浮き出るし。


 まあ、不謹慎かなとも思うがこればっかりはどうしようもない。おまけにもう半月は出していない。寝る時には狭いツェルトで肩身を寄せあっているのでプライベートな空間は無いし。


 ハーネスを渡してしまったので、俺はスリングとカラビラで簡易ハーネスを作る。ザイルに8環とプルージックを掛け安全を確保しながらロッククライミングの要領でえっちらおっちら登っていく。80度ぐらいの傾斜なのとホールドもそこそこあるので登りやすい。

 だが、問題は吊り上げる方だ。腰が痛くて踏ん張れないと体をガリガリと削りながら引っ張るようになってしまう。


「夏木さん、行くよ! せーのっ!」


 崖の上で、木にロープを回しTAHSで様子を見ながら引っ張る。


「ぐっ……い、痛い。無理。やめ、止めてっ」


 崖下を覗くと泣いている。


 駄目か。ちょっと手荒にしすぎたか?

 俺が一番ラクで安全な方法だったのに。


 TAHSで下に行くとなると重量の問題で無理っぽい。

 しかたない。背負うか。色々嫌だな。

 ザイルとカラビナで引き上げシステムを構築してTAHSに託す。引っ張るだけの簡単なお仕事だったら自動運転でもなんとかなるだろ。


 再度崖下に降り背負おうとする。


「ちょ、ちょっと痛い。乱暴にしないで」

「少し我慢してください。落ちちゃいますよ?」


 夏木さんは動けないので俺が同じように寝っ転がり、足を絡ませて手を取り引き起こす様に背負う。

 密着するように俺と夏木さんを連結する。背中がじんわり湿ってくる。


「夏木さん。体重は?」

「こんな時に何言ってるのよ……」


 腰が痛いのかかすれるような声をしてる。


「いや。わりと真面目に。ザイルの耐久重量が心配なので」

「えっと……42kg?」

「……随分余裕がありますね。ふざけないでくださいよ」

「48kgよ」


 夏木さんは俺より少し低いぐらいだから170cmちょいで48kgは痩せてると思うぞ。

 このザイルの耐荷重量が150kgだか変な衝撃がなければ大丈夫かな?


 TAHSにザイルの引っ張る命令を送ると体がゆっくりと上がっていった。

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