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飛ばされた君と俺

 目を開けるとツェルトから透けて空が明るくなってきたことが分かった。

 いまいち熟睡せずに起きてしまった。


「うっせーな。何も夜中にやらなくても良いのに。効率悪いし」


 夏木さんが夜が明ける前からガチャガチャとTAHS一号機の修理をしていた。

 目が覚めてしまうと、もう寝れそうにない。仕方なくツェルトかは這い出して挨拶をする。


「おはよう」

「……」


 夏木さんは俺をチラッと見るだけで作業に没頭している。あまりちょっかいを出してもしようがない。レーダーを一瞥する。怪しい影はないので危険性は低いみたいだ。MK16を持って散歩がてら食料調達でもするか。


 川べりを歩く。

 土手に10cmぐらいの穴がぽつぽつと開いている。


 ――アレはなんだ?


 不用意に近づいて巨大ミミズが出てきたら目も当てられないので、MK16を構えて傍に生えていた木にもたれ掛かるようにしゃがみこんで様子を見る。30分は待っただろうか。昨日見た小ぶりなカピバラに似た動物が現れた。

 昨日付けていなかったスコープを覗く。カピバラよりマヌケな顔をしている。アレはなんだっけ……

 害獣駆除のパンフレットに載ってたっけ?


 そうそう、ヌートリアだ。

 帰化動物で繁殖しているらしい。けど、西日本でしか繁殖していないはずだけど北関東まで生息地域を広げたのか。


 スコープを取り付け、上陸していて全体像がはっきりしているので命中するかもしれない。

 銃を木につけて振れないよう依託射撃の体勢に構える。これだけで格段に命中率が上がる。

 呼吸を細く吐きながら良いポイントにヌートリアが来るまで待つ。


 ――ココ!


 呼吸を止めてトリガーを引く。高い射撃音が一発なると、ヌートリアの首元に穴が空いた。


「ッシャ!」


 喜びを表に出してしまう。獲物にヒットした瞬間の手応えは何者にも代え難い。おまけに食料が底を尽きそうな危機感もそれを手伝って、クレバーでデキる男を演出し難く、どうしても子供っぽくなってしまう。


「40cmちょいか」


 獲物の尻尾を持ち上げるとずっしりと重い。首を掻き切り、絶命させ血を抜く。

 もう少し肉が欲しいところだが、周辺の巣穴に潜ってるやつは警戒して当分出てこないと思われる。


「罠が作れると良いんだけどな……」


 残念ながら小動物が捕獲出来るだけの罠を作れる自信がない。小動物といえどもかなり力が強いのでシッカリしたものを作らないと逃げられてしまう。道具も材料も無いので簡単には作れないだろう。


 腹から裂き、内臓を処理して皮を剥ぐ。ヌートリアの皮は上質らしく、それを利用するために昔に輸入繁殖したみたいだが逃げられて野生化したらしい。だが、必要ないので勿体無いが捨ててしまう。

 皮下脂肪に臭いは少ない。タヌキとかの雑食性の動物なんかは酷く臭いのだが悪い臭いはしない。


 食事の時間まで焚き火の上に櫓を組み煙で燻しておく。熟成させたいが冷蔵庫もないし、この環境の中で食あたりでもしたら命の危険があるので無謀なことはしない。


 ペットボトルを加工した捕獲器にヌートリアの内臓の一部を入れて葦原の少し水に浸ったところに設置する。これで夕食は蟹パーティーを開けるはずだ。


 後はビタミンの補給か……

 それよりも米が欲しい。炭水化物の欠乏による目眩がしてきた。炭水化物中毒者には米が食べれないと腹が落ち着かない。常にお腹が減ってる気がする。

 我慢して野草を採取する。河原には食べれる雑草が多く茂っている。

 オオバコ、ナズナ、ハルジオン、ハコベ。軽く湯がくと水にさらしておく。これらはそれほどアクが多くはないがさらしておいた方が苦味やエグみが抜けて口当たりが良くなる。


「夏木さん、終わった?」


 TAHSを横倒しにして左足を色々いじっていたが、今は元通りに直っているように見える。

 今日は少し気温が高く、河原での直射日光にさらされていて暑かったのだろう。ツナギの上半身を脱いで腰に留めている。Tシャツを着ているが二の腕がぽよぽよと震えていて美味しそう。


 ――あれ? 俺は何を考えてるんだ?


「うん。後は調整だけ」


 夏木さんはテスターを締まった。

 顔を見るとひどい顔をしている。クマができ目は落ち込み頬はコケてる。美人は得だ。そんな顔でも悲壮感を漂わせて男ににじり寄れば、ホモじゃないかぎり落とされそう。落とされる男もたいていアホっぽいと思うけど。


「飯食う?」


 俺は同情するのと働いた分の報酬として昼飯の提供を申し出た。


「……うん。ちょうだい」


 ん? なんかさっきから調子が狂うな。


 ヌートリアを鍋で少量炒めてみる。どんな味だか分からないので調理しようがない。

 塩コショウを振って食べてみた。

 臭くはない。それよりもいい匂いがする。ウサギより味は良い。ウサギはタンパクで臭みもコクも薄いがヌートリアは上品な味わいがある。熟成をさせていないので旨味はあまりないが柔らかく癖もない。やはり肉は草食に限るな。


 そのまま食べても美味いのでステーキにすることにした。筋に刃を入れて塩コショウを揉み込む。脂身が少ないのでオリーブオイルで炒める。片面を焼いているとプツプツと表面に血が浮かんでくるのでそれを合図に裏返す。

 きつね色に焼けたら一口大に切り、わさび醤油とショウガ醤油を作る。


 あとは水にさらしておいた野草の水を切る。ヌートリアを焼いて出た肉汁と油で軽く炒めて醤油をふりかけ、ヌートリアのステーキに添える。

 今日の昼飯の出来上がりだ。


 野草は……まあこんなもんだろう。オオバコは腹の中で膨れるから満腹感を期待できるし整腸作用もある。

 ヌートリアのステーキ。これは美味かった。俺的にはショウガ醤油の方が合ってると思うね。わさびは脂肪が多い動物のほうが合うと思うが、こいつは脂肪分が少なくさっぱりしている。牛には合うのだが。

 こいつはハーブを揉み込んで食べると美味いと思う。こんど捕れたらクレイジーソルトで味付けしてみるか。

 やはり二人で分けると1頭だけでは足りない。大量に捕獲したい。どうすれば良いのか。金網が切実に欲しいと思う。


「ちょっと物足りないな」


 俺が鍋を片付ける。


「そうかしら。美味しかったわよ。ワインが欲しくなるわね」


 淡々としている。昨日までの機能停止状態は何だったのか。どこか頭を打ったのか。


「ねえ。菱木くん」


 おぉ! 始めて名前を呼ばれたような気がする。今までは貴方以外に呼ばれてないぞ!


「菱木くん聞いてる?」


 感動に打ち震えていることを悟られないように応える。


「……何でしょう」

「あの……昨日はごめんなさい。どうかしてたわ。 ……ここがどこだか分からないけど、ここに飛ばされて私と貴方しかいないのよね。だから一緒に乗り切りましょう?」

「……」


 夏木さんが手を差し出してきた。仲直りの握手しましょうってことか。

 昨日の悪夢を思い出すとおいそれとは握れない。が、飛ばされた君と俺の二人きりしかいないことを考えると妥協して手を握るしかないのか。

 この世界で一人で生きるのは辛いと思う。俺は独りぼっちは嫌いじゃないがそれも帰れるところが、受け入れてくれる社会があるからだ。この先に何があるかわからない。何も無いかもしれない。


「……そうですね。飛ばされた同士で仲良くやりますか」


 俺は夏木さんの手を握る。夏木さんはニコッと笑うと手を包むように握り返してくれた。


 ――この笑顔に騙されてはいけない。ここでビシっと言っとかないと……


「ただ条件があります」

「ん? なに?」

「普段の行動時には俺の指示に従って下さい。決して勝手に動かないで下さい。良いですか?」


 夏木さんは俺と視線を合わせてきた。


「分かったわ。今後のことは二人で決める。行動時には貴方に従う。これでいい?」


 改めて二人で手を強く握った。

                              第一章・終

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