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狩猟

 

「これ、なに?」


 夏木さんは悟ったような目つきでロッキーカップを見つめていた。


「エノコログサのお粥とカエルとザリガニの味噌汁ですが……」


 今日の献立を説明した。カエルも手羽先の皮を剥いだような見た目だし、ザリガニはエビだから問題ないだろう。

 ザリガニは捕まえてから空のペットボトルに水を張り入れておいた。泥を吐かさないとどうしても臭くなってしまう。一昼夜置いておきたいところだが食料が不足気味の現在では備蓄は難しい。

 カエルは焚き火の煙で燻してある。一夜干しの様な感じになっていた。これでカエルの細胞が破壊されて良い出汁が出る。その出汁で味噌汁を作ると美味い。旅館で食べるエビ汁を彷彿とさせる。アレよりもカエルが入っている分、濃厚さがある。癖も無いので上品な味わいである。そこに薬味として野蒜(のびる)を投入するとアクセントがついて乙である。


 エノコログサのお粥は…… まあ、しようがない。背に腹は変えられない。タンパク質やビタミンC、繊維質は採取できるが、炭水化物は持っているもののみだ。節約しないといけない。

 しかしエノコログサである。味は無い。無いが口の中で立派に主張する。つぶつぶが口の中に残る。有り体に言えばマズイ。雑穀類で食べれるものってその辺に生えてないのだろうか。


 夏木さんが恐る恐る味噌汁に口をつけた。カエルの姿形が無い分、昆虫類よりは手をだす気になったのか。


「……お、美味しいじゃない」

「気に入ってもらえて光栄です」


 俺は肩を竦める。気に入ったのか無言で食べ始めた。




「絶対にこっちに来ないでよ!」


 夏木さんが温泉を掘った場所から叫んでくる。

 俺はペットボトルを細工しながら大声で言い返す。


「分かってますから、さっさと入って下さいよ!」


 ――面倒な女だ。


 ため息をつくと、ペットボトルの上部を切り取り、それを逆さまに突っ込む。ペットボトルの下部には食べられなかったザリガニの頭を入れてある。それを紐で括り、切断した方を上流方向に向け、沢に放り込む。


「きゃー! ちょっ、なんかいるわ!」


 遠くから叫び声が聞こえてきた。俺はビックリして急いで現場に急行するが、あと一息というところで、バリバリバリと銃声が連続で響いた。


「うぉ!」


 思わず伏せると、空に向けての威嚇だったのか、木の枝がバサバサっと俺の頭に降り注いだ。


「来ないでって言ったでしょ!」

「いや、でも」

「も、問題ないわ。ちょっと驚いただけ。念の為にTAHSを自動運転にして近づくと牽制するようにしてるのよ」


 伏せた顔を上げると、TAHSが仁王立ちで俺の前にM2重機関銃を構えている。牽制でM2をぶっ放すのは辞めて欲しい。

 背後では月明かりでうっすらと夏木さんの白い肌が見えた。



 翌日は狩りをすることにした。

 恐らくT市市役所周辺までは約30km。川沿いで道がそれ程悪くなければ、早朝にでて日没までには辿り着くと考えられる。

 だが、食料が心許ないし、充電もしなくてはならない。


「俺は狩りをします。夏木さんはどうします?」

「……メンテナンス?」

「TAHSのですか? ……まあ良いですが、食べられそうなものと薪は集めてくれますか? あと銃は危険生物を視認した以外に発砲しないで下さいね」

「わ、わかったわよ」


 夏木さん操る2号機がM2を構えて、たまに俺に銃口を向けている。本当に分かっているのか。識別コードに味方設定になってないんじゃないか? あのミミズよりフレンドリーファイヤーが恐ろしい。



 狩りの標的は鹿だ。この辺には鹿と思われる影がレーダーに頻繁に引っかかる。しかし、TAHSを着たまま追っても逃げられるだけだ。まず、うるさい。静音性はあると言ってもどうしても機械的な音を発している。それに、移動する時に藪や枯れ枝を引っ掛けて音がしてしまう。


 俺は食痕がある獣道陣取る。あまり離れるとTHASのレーダー区域を離れてしまう。一号機は夏木さんがメンテナンスしているので、端末だけは持ってきた。あの巨大ミミズの脅威は忘れられないし、生態が分からないので最大限の注意を払っておかないといけない。その点はTAHSのレーダーは信頼できると思う。過信は禁物だが。


 T俺は獣道に生えている藪にもたれ掛かるように座り、いつでも打てるように銃を構えておく。身を晒した状態だが、鹿は案外目が悪い。木に隠れながら狙うと、どうしても体のシルエットが浮き彫りになってしまい、鹿に発見されてしまう。なので、藪と同化するように座っていたほうが見つかりにくい。


 銃はMK16で5.56x45mm NATO弾を装備している。あまり大きい弾だと威力が強すぎて肉が飛び散って挽肉になってしまう。本当は散弾銃とかがいいのだが贅沢はいえない。もってて良かった猟銃免許。問題は銃のメンテナンスが出来るかどうかだ。銃口に泥が詰まってしまったりするので分解清掃出来るといいのだが、軍事用の銃は触ったことがない。


 思考があちこちに飛びながらレーダーを見たり、周辺の気配を探ったりしていると変化があった。レーダーに映った影の一群がこちらに向かってくる。

 風向きも下手なので気取られることは無いと思う。

 銃の安全装置を外しゆっくりと構えると、前方の木々が微かに揺れる。

 鹿が姿を表した。ヘッドショットをした方が色々と都合がいいのだが、銃にも慣れていないので胸部のバイタルエリアを狙う。


 ――待てよ? 正面から撃つとこの銃弾だと抜けちゃう?


 銃弾が胸部正面から抜けると内蔵をぶち破ってしまう可能性がある。そうすると解体のときに大変だ。正直、この銃弾の威力が良く分からない。

 狩猟仲間のミリオタさんに聞いたことがあるが、5.56mmの口径だと人に当たっても致命傷にならない場合もあるらしい。獲物までは50mちょいなので銃弾の威力は殆ど落ちないと思うが……


 ――うーむ、わからん


 先頭の鹿は何かを感じ取ったのか立ち止まり、耳を盛んに動かしている。

 今撃つべきか、撃たざるべきか。


 鹿は逃げ出そうとしたのか、横へと向きを変えた。その瞬間を見逃さず引き金を引いた。

 銃声が響くと鹿の群れは散り散りに逃げたが、一匹は前足の付け根に銃痕を残して倒れていた。

 駆け寄るとまだピクピクとしている。山刀を取り出し胸の正面の肋骨の間に刃を突き立て大動脈を切った。まだ、心臓は動いていて、ドクドクと血が流れ出てくる。

 俺は鹿の後ろ足に細挽きを巻きつけて背負うように引っ張って夏木さんのところに戻った。



 夏木さんはしゃがみながらゴソゴソと何かをやっていた。

 獲物を引きずるように背負い近付くと何故か二号機が銃を構えてくる。


「ちょっと! 夏木さん!」

「ああ、戻ったの」


 夏木さんが端末を操作すると二号機が銃を下げた。


「なんで銃を向けるようになってるの?」

「だって、危ないじゃない」

「おかしいでしょ。唯一の味方でしょ? 仲間でしょ?」

「……昨日覗こうとしたしね。あくまでも暫定的に一緒にいるだけですから」


 ウザい。凄くウザいです。

 もう一人で行動しようかなと思うぐらいです。


「なによ。それ」


 夏木さんが獲物を指差したが、俺は無言で解体を始めた。



 鹿を解体する前に鹿の肛門に泥を一握り突っ込んでおく。内容物を出さないようにするためだ。

 前足を木に吊るしぶら下げる。腹を二つに割ると、内臓がドロっと出てくる。食道と気管を切り、胸骨を外し肋骨から肺を剥がしていく。心臓と肝臓を取り出す。結腸を肛門から扱くようにして泥を

奥に送り、肛門近くで腸を切ると内臓が取り出せる。


 何故か夏木さんが熱心に見ている。また、「きもーい」とかうるさくするのか。

 俺の視線を感じたのか言い訳するように喋ってきた。


「す、凄いわね。気持ち悪いのかと思ってたけど…… なんか、こう、尊い感じがするわね」

「……へぇ」


 俺はちょっと夏木さんを見なおした。動物の命を奪って食べる行為を俺は神聖な行為の様に感じている。血塗れになっても全然気にならないし、トラウマになるようなこともない。当然、可哀想だとも思わない。ただただ感謝の念を抱くのみだ。


 背中の皮一枚をのこして鹿の首を切り裂き、前足と後ろ足の皮に切れ目を入れる。あとは頭をTAHSで力任せに引っ張るとバリバリっと皮が綺麗に剥がれていく。


「さてと、皮を(なめ)すつもりも時間も無いので内臓と一緒に埋めちゃいます」

「……レバーとかは食べられるって聞いたことがあるけど」

「ちょっと待って下さいね」


 レバーを薄く数枚切っていく。切断面を見ると、白いプツプツを発見した。


「うーん。焼いたほうが無難ですかね」

「そうなの?」

「理由は聞かないほうが良いですよ」



 鹿の肝臓は寄生虫がいることも多い。恐らく白いプツプツは肝蛭(かんてつ)だ。それにE型肝炎ウイルスに汚染されている場合もある。ちなみに脳みそも辞めておいたほうがいい。鹿プリオン病に罹っている可能性がある。前は日本にはいなかったらしいが、ここでは分からない。無意味な危険は冒さないほうが良い。


 俺は鹿の解体を進めた。背骨に沿っている筋肉(ロース)やもも肉を部位ごとに切り分けていく。肋骨(リブ)を根本から一本一本、山刀を当て峰を叩き切っていく。

 部位ごとに切り分けたモノを川で洗い、血を落としていく。紙おむつなどで包んで、冷蔵庫で一晩寝かしておくと綺麗に血抜きが出来るのだがそんな設備は当然ない。

 サラサラっと塩を振る。大量の塩が欲しい所ではあるが、節約して使わないといけないので辛い。これで血抜きと下味をつける。


 1頭を二人で食べるのはちょっと多い。5日は保つ量があるので保存食にする必要がある。木で(やぐら)を組み、そこに肉をぶら下げていく。その下で焚き火を起こした。細い柳があったので切り倒して焚き火に生木のままくべていく。周囲をフキの葉で煙が逃げないように覆っていく。


「これで一日様子を見ながら燻していきます。当分、肉には困りませんよ。今日は心臓とレバー、タン、あとは骨についた肉を焼いて食べましょう」


 それらは串に刺して焼いた。血抜きは十分とは言えないまでも、満足行く味わいだ。

 鹿は味の個体差が少ない。猪や熊や狸などの哺乳類は食べている餌によって当たり外れが大きい。肉食動物より草食動物の方が美味しい。

 夏木さんは口の周りを油で濡らしながら武者振り付いている。

 心臓とタンはコリコリとした歯触りで食感を楽しませてくれる。

 レバーは良く焼いて生姜と塩をゴマ油で溶いたタレにつける。少しの獣臭さはあるが独特な食感と深い味わいがある。


「私レバーは好きでは無かったけどこれは美味しいわね」


 夏木さんはもぐもぐと頬張っている。あの事実を言ったらどんな顔をすることやら。


「……何よ。私の顔になんかついてる?」


 口の周りを探っている。笑いそうになるが、ここで笑うと色々と都合が悪そうに思えたのでグッと耐えた。

肝蛭(かんてつ)

 肝蛭、巨大肝蛭の感染を原因とする。日本では日本産肝蛭(Fasciola sp.)が分布する。肝蛭とは厳密にはFasciola hepaticaを指すが、前記の3つを合わせた用語として用いられる事が多い。中間宿主はヒメモノアラガイあるいはコシガタモノアラガイであり、終宿主は反芻類、ブタ、ヒト。 (Wikipediaより)

 たまに肝臓でうにょうにょしてます。家畜は駆除剤を投与しているので問題ない(はず)です。


※鹿プリオン

 シカの脳みそがスポンジ状になってしまう奇病「慢性消耗性疾患(CWD)」。BSE(いわゆる狂牛病)や、人がかかるクロイツフェルト・ヤコブ病などと同じ種類のこの病気が、北アメリカのシカたちの間で流行している。 (エゾシカ協会ニューズレター13号から抜粋)

 アメリカの鹿ハンターさんが少数ですが何故かヤコブ病に侵されていてその関連性を疑われています。アメリカ大陸からベーリング海峡を渡り朝鮮半島ぐらいまでその勢力を伸ばしているようですが、日本では現在確認されていないようです。

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